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解決編(2)

 1度、状況を整理しておこう。

 被害者は給食室の業務用冷凍庫の中に入れられていた。その後、沸騰した鍋の中に入れられた。だから、死亡推定時刻が特定できなかったんだ。

 冷凍庫の使用は昨夜10時頃から今朝6時頃まで。

 つまり、被害者が殺されたのはこの時間帯だってことになる。冷凍庫の使用が被害者を入れるためだったとしたら、自ずと死亡推定時刻は昨夜10時頃に絞られる。


 いや、冷凍庫が作動してすぐに効果を発揮するわけじゃないことを考えると、10時から11時くらいが相当か。

 とにかく、こうなるとそもそも床野中学に来てなかった俺と未来が容疑者ではないことに疑いはない。となると、真犯人はこの学校の職員ってことになる。最も怪しいのは、給食室の職員だ。

 でも、一体誰が?

 ……それをはっきりさせるためにも、聞かなきゃならないことがあるな。全く、俺の力がこんな形で役に立つとはな。


「真」

「分かッてるよ。全員、昨夜のアリバイを聞かせてもらおォか」


 真は部下の刑事を集め、教職員にアリバイの確認を行った。時間にして10分程度。手帳を開きながら戻ってきた真は俺に向かって全員のアリバイを説明してくれた。

 結果として、確実なアリバイが無いのは校長先生と飯塚東吾、そして甲斐信三だけであった。


「さァて、アリバイがねェのはテメエらだけだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺と信三さんは我妻さんを殺す理由なんかないぞ!」

「うるせェ。そんなこといくらでも言えらァ。認めて欲しけりゃそれを証明するこッたな」


 真がそう言うと、飯塚は歯噛みしながら黙ってしまった。校長もアタフタしているし、甲斐に至っては額から汗を垂らしながら入り口の壁にもたれかかっている。

 まあ、自分が疑われてるんだから当然の反応か。

 でも、この3人の中に真犯人がいる。さっきまで未来に疑いを向けさせ、自分は疑われていないという安堵していたであろう人間が。


「真、俺も聞きたいことがある」

「あァ? 誰に対してだ?」


 はっきりさせなければならない『嘘』。そんなもの、1つしかない。


「甲斐さん、1つだけいいですか」


 俺に名前を呼ばれた甲斐は驚いたように飛び跳ねた。名前呼んだだけだぞ?


「な、なんだい。確かに僕にはアリバイが無いが……」

「そこじゃありません。俺が聞きたいのは、甲斐さんが吐いた嘘についてです」

「う、嘘……? 僕がいつ嘘を吐いたと!?」

「事件が起きた後、給食室で話した時ですよ。飯塚さんもそこにいましたね」


 飯塚に視線を向けると、彼は顎に手を当てて数秒考えた後、首を縦に振った。


「覚えてる。確か、信三さんがアンタを怒鳴って出て行った時だな。給食室でアリバイの確認を受けていた後だ」


 そう言えば、グラウンドで俺と真が言い争ってた時は周りに教職員はいなかったっけ。なるほど、給食室の職員は給食室で事情聴取を受けてたのか。

 とにかく。


「その時、甲斐さんは被害者――我妻さんが殺されたことに関して、『どれだけ悲しんでも悲しみきれない』と言いましたね」

「……ああ、当たり前だろ! 僕の大事な部下が殺されたんだぞ!!」

「あの言葉、嘘ですよね。なんなら、今も甲斐さんは嘘を吐いている」


 悲しいという嘘を吐いていたのならば、真実はその逆のはず。つまり、この人は被害者の死に関して悲しみを覚えていないことになる。


「どうして嘘だと言い切れる? 僕は本当に!」

「ならば何故、被害者の遺体を発見したとき冷静でいられたのですか」

「はぁ?」


 俺たちは鍋の中から遺体が発見されてから真が来るまでじっとしていた。そう、この甲斐と共に。本当に悲しんでいたのなら、いや、悲しむほど被害者と親しかったのなら、まずは遺体をどうにかしようと動くのが当然だろう。

 なのに、彼がとった行動はじっとしていること。それも、被害者を鍋の中に放置したまま。


「おかしいですよね。あの時涙を流すほど悲しんでいた甲斐さんが、何もしなかったなんて」

「……でも、それは気が動転していて!!」

「いいえ、もしそうだったら尚更じっとはしていられなかったはずです。本当の事を教えてください。甲斐さん、あなたは被害者の死を悲しんでなどいなかった……そうですよね」


 甲斐の顔色が段々と青くなっていく。

 ん? よく考えれば、この嘘が意味することってまさか!


「……ああそうだよ。僕は悲しんではいなかった」


 甲斐は観念したのか、俯きながら話し出す。なんか、第一印象がアレだったから違和感があるぞ。

 甲斐の言葉に驚いたのか、飯塚が眼を見開きながら甲斐に詰め寄った。


「信三さん……一体どういうことっすか!? あんなに我妻さんと仲良かったじゃないですか!!」

「すまない。実は先月に喧嘩をしてな。死んで欲しいくらいに思ってたんだ……」


 飯塚はショックを受け、ふらふらしながら甲斐から離れる。そして、額に手を当てながら搾り出したような声で尋ねた。


「まさか、まさか信三さん……!!」

「待て、それは違う!! 確かに死んで欲しいとは思ってたが、僕は殺してない!!」


 ……あ。

 甲斐の言葉を聞いた真が彼に近寄る。そして、呆れたような表情を浮かべながら、


「ふん、自分で自分の首を絞めやがッて。その言葉がテメエが犯人である可能性を高めるんだよ。可能性がゼロじゃねェならそれで十分。甲斐信三、テメエを逮捕す――」

「待て、真!」


 甲斐に無理矢理手錠をかけようとしていた真は俺の言葉に、動きを止めた。何故か甲斐は抵抗していなかった。連れて行くなら連れて行け……そう言っているかのように。


「言ったよな。真犯人を見つけるって。だったら、今の状態で逮捕するのは時期尚早だ」

「その言い方、テメエは犯人が分かッたッてことだなァ? いいだろォ……だが、時間は無ェぞ」

「大丈夫だ。すぐに証明してみせる」


 そう、あの人が犯人だと考えれば全て合点がいくんだ。

 未来をあそこまで傷つけた奴に何も仕返しをしないまま……というのも嫌だしな。ここで、この場で全てを吐かせる。恐らくそれが安堵感に浸っていた犯人が最も嫌うことのはずだから。


「神童君……僕を助けてくれるのかい?」


 甲斐が懇願するように言う。その表情は、少しだけ明るくなっている。

 だが。


「いいえ、俺は甲斐さんを助けたりしませんよ。寧ろ、俺はあなたを追い詰める。だって――」


 鼓動が早くなる。緊張しているのだろうか。まあ、それもそのはずだ。確かに俺は『神童なんでも相談所』をやってるが、殺人事件なんて初めての経験だし、人を追い詰めるなんてもってのほかだ。

 でも、言わなきゃならない。

 今も不安そうに見つめている未来のためにも。そして、殺された被害者のためにも。

 一呼吸。それだけして、俺は次の言葉を皆に聞こえるほどの大きさで叫んだ。



「甲斐信三、あなたが犯人なのだから!!」



 飯塚や校長をはじめ、この場にいた全員がざわつく。

 甲斐は突然怒りの表情を浮かべ、俺に詰め寄ってきた。


「ふざけるな! さっきも言っただろ、僕は殺してない!!」

「いいや、あんたは『嘘を吐いている』」

「嘘だと……だったらそれを証明してみろよ! 分かるんだろ、ほら、早く!!」


 俺の胸倉を思いっきり掴んできた甲斐を真が制してくれた。俺は喉を押さえて数回咳をして、なるべく冷静に話し始めた。


「さっき、飯塚さんが言ったことについて、ひっかかることがあるんだよ」


 もうあいつに敬語を使う必要は無い。このまま畳み掛ける!!


「俺が言ったこと……?」


 飯塚が恐る恐る尋ねてくる。思えば、俺が閃くのはいつも彼の言葉からだったな。本当にありがたい。

 俺は飯塚の方を向き、腕を組みながら、


「飯塚さん、さっきこう言いましたよね。事件後、給食室で出会った時は事情聴取が終わった後だったと」

「ああ、教職員全員が職員室にってわけにはいかなかったから、俺たちは給食室でアリバイを確認されてた。それがどうかしたのか?」

「だとしたら、どうしても説明できないことがあるんです」


 あの時、俺や真以外は知らないはずの事実があった。

 真が配慮したのかは分からないが、あそこまで厳重に情報統制されていたのだ。やはり、あの場にいた人間以外が知っているはずが無い。


「飯塚さん、確かあなたは未来が容疑者として連れて行かれたことを知ってましたよね」

「そうだ。信三さんから聞いたんだよ。依頼した相談所の助手の嬢ちゃんが逮捕されたって」

「それがそもそもおかしいんですよ。何故、そのことを知っていたのか。さて、聞かせてもらおうか……甲斐信三!!」


 例えば校長先生。例えば職員室にいた教員たち。

 彼らは未来が連れて行かれたことを全く知らなかった。つまりあの事実は刑事か、あの時グラウンドに残っていた俺しか知らないことなんだ。


「真は案外私情を挟む刑事だ。未来のことは他言しないように部下に言っておいたんだろう」


 最初の言葉に、真の眉がピクリと動いたが、後半のことは認めた。


「あァ、捜査に支障がでちゃ困るからな。捜査情報は他言しねェよォにしてたんだよ。決して私情じゃねェ」


 うわ、怒ってる。


「とにかく、あんたが未来のことを知っているのはおかしいんだよ。じゃあ何故知っていたのか……それは、あんたこそが未来に罪を擦りつけようとした張本人だからだよ!」


 遺体が入っていた鍋を運ぶよう未来に指示したのは甲斐だ。だから、未来が連れて行かれることを知っていた。そう考えるのが当然だろう。


「あれは、ずっと君と一緒に行動してた嬢ちゃんがいなかったから……」

「いや、あんたが飯塚さんに話したのは俺が来る前だった。俺が未来と一緒に来たかどうかはまだ分からなかったはずだ」

「ぐっ……うううううううううううううううううう!!」

「血の付いたエプロンを渡したのもあんただったよな。恐らく、血の付いたほうを未来が着たからあの鍋を運ばせたんだろう。血の付いたエプロンを着て、遺体が入った鍋を運んだとなれば必ず警察はそいつを疑うからな」


 甲斐が恨めしそうにこちらを睨んでいる。だが、俺は唸り続ける甲斐に構わず話を続けた。


「校長先生、確か甲斐信三は優秀な人物だったんですよね」


 校長に視線を移すと、彼はぶんぶんと首を縦に振った。いやいや、慌てすぎだろ。


「甲斐君は私が招いた人物です。その……医学や生物学に長けていて……」

「十分です。ありがとうございます」


 俺は軽く頭を下げ、視線を戻した。甲斐の隣に立っている真は俺の意図に気付いていたらしい。ため息を吐きながら肩をすくめている。


「甲斐信三、あんたは知ってたんだ。死亡推定時刻をずらすにはどうすればいいのかを。さあ、ここまで来て言い逃れは出来ないぞ」

「……だがよう。僕には清二を殺す理由が無い!」


 先月の喧嘩。あれは嘘ではなかった。

 多分、それが動機のはずだ。でも、それだけじゃダメだ。ただの喧嘩だと言い張られればそこまで。

 考えろ。喧嘩とは一体どういうものだったと推測できる? 先月……あれ、先月って確か電気泥棒が起こった月じゃなかったか?

 おいおい……まさかこんな所で繋がってたのかよ、この2つの事件は!


「校長先生、もう1つ聞きたいことが」

「な、なんでしょうか」

「電気泥棒は先月ようやく発覚したんですよね」

「ええ、その通りです。学校の経営状況改善のために色々と模索していた時に、偶々見つけたのですよ。普段は使われていないコンセントから電気が消費されていると」

「もしかして、その発覚について我妻さんが関係していませんか?」

「……ああ、そう言えば! あの時我妻君が私に電気を確認した方が良いんじゃないかと言われたんですよ。度々不審な電気消費は報告されていましたが、全く気にしていませんでしたので……お恥ずかしい限りです」


 恥ずかしいことなんかじゃない。寧ろ、その証言こそが甲斐を追い詰める最後の手だ。


「剣、一体どォいうことだァ?」

「この学校では1年前から電気泥棒が起こってたんだよ。発覚したのは先月だった」

「それがどォかしたのかよ」

「少し考えれば分かることだよ真。先月被害者と甲斐信三が喧嘩したことは本当のことだ。ここで重要なのは『先月』ってことだ」

「……電気泥棒か」

「そう、そして電気泥棒を気付かせたのは被害者の我妻清二だった。ならば、行き着く結論はたった1つしかないだろ」

「なるほどなァ。喧嘩の内容は電気泥棒についてだッた。それも、甲斐……テメエが電気泥棒だッたことがバレたことによるものッつーことだな」


 何らかの形で、電気泥棒をしていたことがバレた甲斐は被害者のことを恨んでいた。それが動機だったんだ。

 甲斐の顔から血の気が引いていくのが分かる。唇を噛み締め、血が滲んでいる。拳も難く握り締めたまま小刻みに震えている。

 そうだ、苦しめ。未来が味わった苦しみをその身で感じろ。


「甲斐信三、あんたが電気泥棒までして何がしたかったのかは分からない。でも、被害者はあんたが電気泥棒をしていたことに気付いてしまった」


 多分、殺害の動機は電気泥棒自体がバレたことではないはずだ。それだけなら殺人を犯すほどのデメリットは無い。


「電気泥棒よりもマズイものを見られてしまった。それも、あんたの人生に関わることだな。だから被害者を殺したんだ」

「……ははは、僕が? はは。あはははははははははははっ!! はははは……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 咆哮。

 甲斐はその場に崩れ落ちながら声が枯れるまで叫び続けた。その様子を俺は蔑む様に見下ろしていた。

 これが、未来を傷つけた甲斐への仕返しだ。俺も趣味が悪いな……。


「甲斐信三、あんたが犯人だ」


 俺は最早声が出なくなった甲斐を指差し、怒りを込め、そう告げた。












<数分後>

 俺は刑事に両脇を抱えられながら連行される甲斐の後ろ姿を入り口からじっと見つめていた。すると、真が近づいてきて、


「剣ィ、今回は礼を言うぜ。よく真犯人を見つけてくれた」

「なあ真、お前も本当は未来を信じてたんだろ? だから俺に調査の許可をくれたんだ。本当なら、最初の段階で逮捕しててもおかしくなかったはずだ」


 それに、真のことはよく知っている。何せ、俺は幼馴染だからな。こいつは正義感が強い。だからこそ、刑事になったんだ。

 真は左目を隠しかけてる前髪を弄りながら、照れくさそうに小声でこう言った。


「当たり前だろ……未来は俺たちの後輩で、テメエと一緒に行動してるんだからよ」

「真……まあ、せめて未来には謝っておけよ。あいつ、意外と根に持つタイプだからな」

「誰が根に持つタイプですか!」


 俺たちの会話を聞いていたのか、未来が頬を膨らませながらこちらに歩いてきた。そして、両手を腰に当て、真をジトッと見つめていた。


「真、ほれ早く」


 俺が真の腕を肘でグイグイと押すと、若干迷惑そうな顔をしながらも、彼は未来に向かって頭を下げた。


「未来、すまなかッた。許してくれ」

「ん、宜しい! 本当、怖かったんですからね三笠先輩!!」


 はは、怒られてら。真のこんな姿、部下の刑事さんたちには見せられないな。

 とにかく、未来に笑顔が戻ってよかった。やっぱり、女の子は笑顔が一番だ。




 その後、真は部下と共にパトカーで学校を去っていった。

 また、俺たちは校長先生や飯塚たちから謝罪の言葉や感謝の言葉、そして賞賛の言葉を浴びた。まあ、今回の事件に加えて電気泥棒についても解決してしまったからな……我ながらよくやったと思うよ。

 校長は今度イベントをする時は必ず招待してくれると言ってくれた。でも、イベントなんか出来るのか? 素朴な疑問はあるが、俺は校長に感謝し、給食室に置いていたリュックサックを取って事務所へと帰ったのであった。


 こうして、事件は幕を下ろした。

 ……そう言えば、このリュックサック1回も使わなかったな。折角スコップやら軍手やら色々持ってきてたのにな。

 まあとにかく、無事に2人で帰ることが出来て何よりだ。

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