解決編(1)
真たちの後を追って、俺はグラウンドに来た。真は学校の来客用の正面入り口の近くに立っていた。その隣に、手錠をはめられた未来がいる。ずっと泣いていたのか、目が赤く腫れている。
「未来……」
まだ真犯人にたどり着いていない。だから、この場で真犯人を見つけなければならない。それが出来なければ、未来が本当に犯罪者にされてしまう。
真の近くまで行くと、正面玄関から甲斐や飯塚、さらには校長先生までもが出てきた。勢ぞろいだな。
校長は未来の両腕を見て驚いていたが、構わず真は話し始めた。
「剣、さッきも言ッたがこれが最後のチャンスだ。これは、テメエの幼馴染かつ未来の先輩としての情けだ。いいか……余計な話をするんだッたらその時点で未来を連れて行く。それだけは覚えとけ」
「真、お前だって分かってるんだろ。未来が犯人じゃないってことくらい!」
「はァ……何度も言わせるな。俺は刑事だ。捜査に私情は挟めねェ」
俺に調査を許してくれた辺り、思いっきり私情が入ってる気もするが。まあいい。とにかく、まずはあいつの推理を崩す。そこから真犯人へと繋がる道を探すんだ。
「先輩……私……」
未来がか細い声で呟き始めた。涙は枯れているはずなのに、今にも泣きそうな表情をしている。
「大丈夫だ。俺が必ず助ける」
俺の言葉が未来の支えになるかは分からないが、こう言うしかない。少し安心したような表情をしてくれたのが救いか。
「真、裏道を捜査したんだろ。どうだったんだ?」
「そォだな。目ぼしいものは見つからなかッた……強いて言えば、未来が運んだ鍋の車輪の跡が僅かに残ッてたぐれェか」
それは、特に有力な証拠にはならないだろう。何せ、未来があの裏道を使ったってのは俺も未来も認めてる事実だからな。
「……つーわけで、一応は前に話した推理と同じだ」
なんだ? 何で真は『嘘をついている』んだ? 本当は推理が変わってるってことなのか。
とにかく、前と同じ推理なら崩しやすいな。調査で見えてきた真実を突きつけるんだ。
「真、つまりお前は未来が裏道で被害者を殺害したって考えを変えるつもりはないんだな」
「あァ……」
「だとしたら、やっぱりお前の推理は間違ってる。これを見てくれ」
俺は携帯を取り出し、給食室の写真を見せた。
「これは、調理台の下の部分を写したものだ。ここにシミがあるだろ?」
「確かに。おい、鑑識に調べさせろ」
真は近くにいた部下の刑事に指示をだした。その刑事は走って給食室へと向かう。
「数分でこのシミの正体が分かるはずだァ。それまで、テメエの推理を聞かせてもらおォか」
「分かった」
何だろう。真の様子がおかしい。妙に落ち着いているというか、まるで俺がこの写真を出すことが分かっていたかのような……
「あと、この写真」
次に俺は甲斐の調理台を写した写真を見せた。
「包丁が1本足りないんだ。他の職員の包丁入れは全部詰まってたし、飯塚さんが言うには全員全部詰まっている状況だったみたいだ」
「ほォ、確かか?」
真は飯塚に視線を向けた。飯塚は頷いて肯定した。
「この2つから導き出せる結論は……殺害現場は裏道じゃなくて給食室だったってことだ」
「…………」
「つまり、だ。給食室が殺害現場である以上、未来に犯行は不可能。そして、犯行が行えたのは給食室の職員ってことになる!」
未来が給食室に入ったのは俺と一緒の時だけ。彼女が1人になれる場面が裏道を通ったときだけなのならば、裏道が殺害現場じゃない以上犯行は不可能だ。
それに、俺たちが給食室に入ったときには必ず誰か職員がいた。俺が共犯者として疑われることもない。
これなら、どんな屁理屈も通らない。未来が犯人である可能性は完全に消滅した!
「真、お前は可能性がゼロじゃなければいいって言ったよな。でも、これで未来が犯人の可能性はゼロになった。さあ、未来を解放してもらおうか」
「……まァ待てよ。鑑識の結果が出て、それがテメエの言う通りなら裏づけが出来る」
「ん、確かに……」
本当におかしいぞ。ここまでの推理は完璧なはずだ。それに、真の推理も完全に崩した。なのに、真は全く動じていないし、未来は不安そうな顔をしたまま俯いている。
嫌な感じだな……
<数分後>
さっきの刑事が手帳を開いたまま走って戻ってきた。どうやら、結果が出たらしい。
「どォだった?」
「実は……」
報告を聞いた真は刑事を下がらせ、得意気な表情を浮かべながら、
「あのシミは、どォやら被害者の血痕のよォだな。テメエの推理の裏づけが出来たわけだ」
「じゃあ――!」
「だが、逆に俺の推理も裏づけされたッてわけだ」
「真の推理?」
やっぱり、今の真の考えは別だったんだ。畜生、イヤラシイ真似してきやがって!
「裏道の捜査をさせてる間、俺は未来の話を聞いてたわけだが……意外なことが分かッたんだよ」
「意外なこと……?」
「未来はテメエと一緒に来る前に、1度この学校に来てたんだよ」
「なっ……何だって!?」
未来がここに来てた!? 聞いてないぞそんなこと!!
「本当なのか、未来!」
「……はい」
『嘘をついてない』だと……!?
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!!」
そうだ。思い出した! 今日の朝、俺が寝ている間か!
俺が起きたとき、未来は外に行ってたって言った。あの時か。でも、そうなると死亡推定時刻とのズレが生じないか?
「死亡推定時刻のことを考えてやがるな。それについては、こいつが証拠になる」
「これは……鑑識の証言書?」
真が渡してきた紙には、こう書いてあった。
『死体の状態が不自然であるため、死亡推定時刻については不正確の可能性有り』
紙の端には鑑識の人のものであろう署名がある。つまり、これは本当のことなのだろう。だとすれば、午後1時から午後2時の間っていう前提が崩れることになる。
「具体的には、2、3時間程度ズレるらしいぞ。要するに、だ。未来がここに来た時間帯に殺された可能性も有るんだよ」
「う……嘘だろ……でも、未来が給食室に入ったのなら、職員に会ってるはずだろ!?」
「いいや、残念ながらそれは有り得ねェんだよ。なァ、甲斐さんよォ」
真が視線を向けると、入り口のドアに体を預けて腕を組んだまま立っていた甲斐がいかつい顔で、
「そうだよ。僕たちは朝の10時頃から1時間程度、今日のイベントの打ち合わせがあったんだ。だから、その時間帯は給食室には誰もいなかったことになる。そこのお嬢ちゃんにも犯行は可能だったわけだ」
未来が否定してない辺り、恐らく彼女がここに来た時間帯は朝の10時頃か。
「被害者は今日は休みッていう連絡を入れてたらしいな。給食室にいたとしても問題はねェだろ。そこでたまたま未来と鉢合わせになッた。休みの連絡をしていたのに給食室に現れ、しかもそれが誰もいない時間帯だッたのなら、被害者は何か良からぬことをしてたんだろォな」
「そして、その現場を見てしまった未来に向かって甲斐さんの包丁で襲った……そう言いたいのか?」
「あァ。未来は幸運なことに、反撃に成功し被害者を殺してしまッた。どォだ、完璧だろ」
ぐっ……言い返せない。どうすればこの主張を崩せる!?
「最初から言ッてるよォに、未来には正当防衛の可能性が残ッてる。まァ、それが成立するかどうかは今後の態度にかかッてるがな。このまま余計な口を挟まず、罪を認めるのなら正当防衛として処理してやる」
「…………」
正当防衛になれば、処罰されることはない。でも、未来が人殺しだってことになってしまう。たとえ処罰されずとも、今後の生活に多大なる影響を与えるだろう。
それに、俺は知ってる。未来が被害者を殺してなんかいないってことを!
「先輩……私、被害者に会ってなんかいません。確かに朝、ここに来ましたけど、誰もいなかったからすぐに帰ったんです……」
『嘘をついていない』。でも、それだけじゃダメなんだ。未来に犯行が不可能だったことを証明するか、真犯人を見つけなければ真は納得してくれない!
俺は思わず頭を抱えた。考え込む俺に、真がさらに追い討ちをかけてくる。
「いィか。俺たちも暇じゃねェんだ。これ以上何もねェんだッたら、これで話は終わりだ。テメエの負けだよ、剣ィ」
何か。何かないのか! 未来の犯行が不可能だったことを示すもの……いや、その可能性を示すものでもいい!
未来の犯行が不可能だった可能性を示すには、何を出せばいい!?
凶器か? いや、それはさっきの真の推理で看破されてる。なら場所? それもダメだ。時間帯? でもそれは不正確だったから――不正確?
「待てよ真。結論を出すにはまだ早い!」
「あァ?」
「さっき、死亡推定時刻は不正確だったって言ってたよな。それも、死体の状況が不自然だったからって」
「そォらしいな。だから未来の犯行が裏付けられたんだろォが」
「いいや、これが未来の無実を証明するんだ!」
確信は無いが、俺は得意気に両腕を腰に当てて見せた。これでちょっとくらい真が動揺してくれたらいいんだが……
「どォやッて証明するつもりだ?」
「そもそも、だ。不自然ってどういうことなんだ?」
「鑑識が言うには、被害者は沸騰した鍋の中に入れられてたわけだから、何かしらの変化……例えば一部が溶けてるとかがないとおかしいんだとよ。だが、死体は全く変化がなかッたらしいんだ。そォまるで、冷凍されてたものを解凍しただけかのよォにな」
だから死亡推定時刻が不正確だったのか。
いや待てよ。『冷凍されてたものを解凍した』? だとしたら、あの場所の意味が変わってくる! これだ。見つけたぞ、この絶望的な状況の突破口を!!
「真、その鑑識さんをきちんと褒めてやれよ」
「何を言ッてやがる。正確な死亡推定時刻を割り出せなかッたんだから、寧ろ怒るべきだと思うがな」
「そこじゃない。『冷凍したものを』のくだりだよ」
「どォいうことだ」
俺は冷凍庫の中を写した写真を真に見せた。そう、底に血だまりが出来ている冷凍庫の中の写真を。
「……っ! これは、血じゃねェか!!」
「そうなんだよ。それに、この冷凍庫は最近使われた形跡がある」
俺は冷凍庫を開けたときに冷気を感じたことを説明し、そして校長先生に頼んで電気使用状況のデータを印刷してきてもらった。
「昨日、給食室で電気が使用されている。これがあの冷凍庫が使われたことを示してる!」
「確かになァ。だが、だとしても……あ? あァァァァァァァっ!?」
どうやら真も気付いたらしい。この冷凍庫の血だまりが意味することを。
「つまり、テメエはこォ言いてェわけだな。被害者はこの冷凍庫で冷凍されていたと!」
それを聞いた飯塚たちがどよめく。そして、さっきまで入り口の壁に体を預けていた甲斐が焦ったような様子で俺たちの方へ近づき、
「ちょっと待て! 人が冷凍されていただなんて……大体、それなら僕たちが気付くはずだろ!」
「いや、あの冷凍庫は全く使われていなかったんですよね。それならば、皆さんが開けようともしないのはごく自然なことです」
「そ、それに。我妻が冷凍庫に入れられてたとして、何が変わるんだ? お嬢ちゃんの犯行の可能性はまだ――」
彼の言葉を遮ったのは俺ではなく、真だった。真は額に手を当て、苦しそうな表情を浮かべながら搾り出すようにこう言った。
「無くなるんだよ。未来が犯人だッていう可能性がよォ……今度こそ、完全に!」
「ど、どういう……」
「うるせェ!! とにかく、鑑識に調べさせろ!!」
あまりの気迫に、いかつい顔の甲斐がビクッ! と体を震わせて黙りこんでしまった。真、恐るべし。
部下の刑事が再び給食室へ向かい、数分経って戻ってきた。彼の報告によれば、あの血だまりはやはり被害者のものであったようだ。
「死亡推定時刻をズラすために、死体に細工を施すことは少なくねェ。今回もそのパターンだッてことだな……つまり、被害者は殺害された後、犯人によッて冷凍庫に入れられた。そのせいで死亡推定時刻が不正確になッたんだ」
「そして、もし未来が殺したのならこの冷凍庫を使用することは出来なかった。何故なら、今日の午前にはもうあの冷凍庫は電源が入っていなかったのだから!!」
俺は電気使用状況のデータを甲斐に突きつけた。そう、あのコンセントから電気が使われていた時間帯は今日の午前6時頃まで。未来が訪れたときには既に冷凍庫は使われていなかった。
「使えないのなら、わざわざ未来が冷凍庫を開ける必要は無い。それに、あの血だまりはまだ冷たかった。だったら、あの血は冷凍庫が使われていた時間帯に溜まったものだと考えられる。これで、未来が犯人だという可能性は完全にゼロになった!!」
「むぐっ……」
黙りこんだ甲斐から視線を外し、俺は真の顔をしっかりと見つめる。そして、未来に向かって笑顔を向け、真を指差しながら叫んだ。
「お前の推理は崩れた! 未来は犯人なんかじゃない。お前の負けだ、真!!」
「……あん、だとォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
ああ、なんて気持ちいいんだ! 何かクセになりそう。
いやいや、まだだ。真犯人を見つけないと、この事件は解決とは言えない。ここまでじゃ、高校のときと同じだ。真が言ったように、目の前の人間を救うだけじゃ終われない。
それに、未来を苦しめた奴を許しておくわけにはいかないしな。
「真、ここからだ。真犯人を見つけるぞ」
「……言われなくても分かッてる。俺としても、ここで終わるわけにはいかねェからな」
崩れ落ちていた真に手を貸し、彼を立ち上がらせた。こいつ、筋肉がつきまくってて重い!
俺と真は周りの人間を見渡し、最後の推理を始めた。
必ず見つけてみせる。ここからが本当の戦いだ!




