調査編(2)
さて、これからどうするか。
真たちは殺人現場だと思われる給食室の裏道を捜査しているみたいだし、俺は別の所に行ってみようか。そうだな……まずは給食室だ。
給食室へ向かうと、飯塚と甲斐が話しているのが見えた。やはり、2人とも遠くから見ると怖いんだよなぁ。
「飯塚さん、甲斐さん……何と言っていいか……」
俺に反応したのは、甲斐のほうだった。彼はこめかみに青筋を浮かべながら、俺を怒鳴りつけた。
「本当に、とんでもないことをしてくれたな!! ったく、君たちに依頼なんかするんじゃなかった!! まさか、清二が殺されるなんて……畜生! どれだけ悲しんでも悲しみきれない!!」
「…………」
どういう、ことだ? 甲斐はエプロンを付けたまま、目から落ちる涙を袖で拭っていた。これだけ見れば、彼は部下が死んだことに対して深い悲しみを覚えているように見える。
だが……彼は『嘘をついている』。間違いない。だとしたら……何故? 何故こんな嘘を?
「とにかく、君たちの事はしっかりと訴えさせてもらう。覚悟しておけ!!」
そう叫んで、甲斐は給食室を出て行ってしまった。マズイな。一番先にあの人に話を聞きたかったんだが……。特に、あの嘘についてはな。
まあ、とはいえあの状態じゃロクに話が出来ないだろう。
「スマン。信三さん、かなりショックだったみたいだ。アンタに当たっても仕方ねぇのにな」
気の毒に思ったのか、飯塚が優しい声色で話しかけてくる。彼とは話が出来そうだ。
「いえ、大丈夫です。未来の無実は俺が証明しますから」
「……ああ、そう言えば信三さんがあの子が犯人だったっつってたな。でもまぁ……ううん……」
飯塚は突然額に手を当てて、俯いた。何か考え事をしているようだ。多分正しい表現は怪訝な顔なんだろうが、その表情は怖いの一言に尽きる。
「何か、引っかかることでもあるんですか?」
「ん……そもそもの話、アンタらは我妻さんのことを知らねぇはずだろ。つまり、あのお嬢ちゃんが我妻さんを殺す理由なんか無いはずだ」
そう言えば、真は『動機』については触れなかったな。いや、だからこそ『正当防衛の可能性』があるって言ったんだ。
そう、未来は何かしらの理由で被害者に襲われた。その際に抵抗し、逆に被害者を殺してしまった。
筋は通っている。でも、本当にそうか?
「逆、もありえるってことですよね」
「逆?」
「例えば、未来が正当防衛をしていたとして、何故被害者は未来を襲ったのか」
「……何か、ヤバイことをしていたのかもしれねぇな。それを見られてしまったとか」
ううん……やっぱり、裏道も調べるべきなのかな。いや、どうせ今は調べられない。聞けることを全て聞いておこう。
「ところで飯塚さん、被害者の死亡推定時刻に俺と未来以外は全員アリバイがあったって聞いたんですけど」
「ん、ああ。そりゃそうさ。だって、俺たちはイベントの準備をしていた。鍋を運んでいるアンタら以外は、全員給食室にいたんだからな。教員なら職員室。だけどそうか、そうなるとやっぱりアンタん所の助手が犯人になっちまうのか」
『嘘はついていない』。確かに、全員にアリバイがあるのだろう。でも、未来は犯人じゃない。なら、考えられるのは……外部犯? それか、今日出勤していない職員による犯行か?
頭が痛くなってきたな……。
「なあ、どうしてアンタは助手が犯人じゃねぇって言えるんだ?」
飯塚は俯く俺の顔を覗き込みながら尋ねてきた。
俺は自分の力のことを説明し、未来が『嘘をついていない』ことを伝えた。正直、信じてもらえるとは思えないが。
しかし、飯塚は否定しなかった。まあ、訝しげではあったけど。
「なるほどな。上司と部下の信頼関係……美しいもんだよ」
「ええ、まぁ……そういうことです。あ、そう言えば……さっき甲斐さんと何を話してたんですか?」
「ん? ああ、今後のことについてだよ。イベントは当然中止だし、なにせ鍋に死体が入ってたんだ。PTA辺りからの批判は免れられないからな」
「……電気泥棒といい、問題が山積みですね」
「まぁな。あ、そうだ……役に立つか分からねぇけど1つ情報をやるよ」
情報? やけに協力的なのが気になるけど、貰えるものは貰っておきたい。
「何ですか、その情報って」
「実はな、昨日もあのコンセントから電気が消費されてたらしいんだ。詳細は聞いてねぇけど、今までの電気泥棒と違って、事件性は低いらしい。ま、今回の事件には関係無いと思うが……一応な」
昨日も電気が使われていた?
いや、でも……昨日ならあまり事件には関係無さそうだな。とりあえず覚えておくか。
さて、今聞けるのはこのぐらいだろう。後は……給食室の中を調査してみよう。何か手がかりがあるかもしれない。それに、今なら警察より先に調べられるからな。
「飯塚さん、給食室の中を調べても?」
「え、でもここは事件とは関係無いんじゃねぇのか?」
「一応ですよ。それに、警察より先に調べられることなんて滅多にないでしょうし」
「確かにな。OKだ。だが、俺たちも出入りするからな。まだ仕事残ってるし」
「ありがとうございます」
俺は飯塚に頭を下げて、給食室の中に入る。事件直後でドタバタしているからか、中には人が全くいない。今ならしっかり調査できるぞ。
ちなみに、飯塚は俺と一緒に給食室に入り、手前の部屋の隅の調理台で作業を始めた。何をしているのかはよく見えない。
「まずは、奥の部屋からだな。未来が運んだのは奥の部屋にあった鍋だし、もしかしたら何か残ってるかも」
俺は奥の部屋に入り、中央にある大きな台の周辺の調査を始めた。
床に這い蹲ったり、台の角を見たり。うん、素人感まるだしだ。
「……ん、これは?」
俺が見つけたのは、調理台の下の部分の銀色の壁についているシミのようなものだ。よく見ると、点々と広がっている。
指で強くこすってみると、僅かにそのシミが付着した。その色は、赤だ。
「血なのか……? 待てよ、だとしたら話が変わってくるぞ」
俺は携帯のカメラを起動し、壁の写真を撮っておいた。これで、未来の疑いを晴らすことが出来るかもしれない。
いや、でもそれだけじゃダメなんだったな。犯人を見つけないと。
俺は立ち上がり、辺りを見渡した。やはりこの部屋は外からは見えづらい。こちらからも外は見えづらいのだから。
ん、そう言えばあの冷凍庫調べてなかったな。使われてないはずなのに、冷気が残ってたっけ。
「……やっぱり、少し冷たい」
冷凍庫を開けると、ほんの少しだけ残っていた冷気が俺の頬をなぞった。間違いない。この冷凍庫、最近使われたことがあるんだ。
そして、やはり底に血だまりが出来ている。おでんの具に魚が入っていたから、その血なんだろうけど。けど、おかしな問題が浮かんでくるよな。とりあえず、写真を撮っておくか。
ちなみに、血だまりに触ってみると冷たかった。凍ってはいないが、多分凍っていたんだろう。
「飯塚さん、確かこの学校の電気って管理されてるんでしたよね」
そう尋ねると、彼は包丁を研ぎながらこちらを見ずに、
「ああ、その通りだ。管理室に行きたいのか?」
「ええ。もしかしたら、昨日の電気泥棒が事件に関係しているかもしれません」
「まさに探偵みたいだな。管理室は、校長室の隣だ。まあ、管理室って呼んじゃいるが、本来は事務室なんだが」
「ありがとうございます!」
今の所順調だ。警察が未来の犯行だと決め付けてくれていたからここまで上手く行っているのかもしれないな。不謹慎だが、ありがたい。
俺は早歩きで事務室へと向かった。
生徒たちは教室で待機させられているのか、廊下には人っ子一人いない。途中にある職員室からは教師たちが話し合っている様子が聞こえてくるが……どうやら、未来が犯人にされていることは知らないようだ。
「ここか」
確かに、部屋のドアに張られているプレートには『事務室』と書いてある。
ん? 中から話し声が聞こえるぞ。
「失礼します」
中に入ると、校長先生が事務員らしき人物と会話していた。相変わらず頭頂部が眩しいな、この人は。
校長先生は俺に気付くと、驚いたような表情で、
「君は……神童君でしたかな。いやはや、折角来て頂いたのにこのような事態になってしまい、なんとお詫びしたらよいか……」
この人も未来のことは知らないのか。ありがたいけど、情報統制しすぎだろうよ。
頭を下げる校長先生をなだめ、俺は彼に話しかけた。
「ここで、電気の管理をされているんですよね」
「ええ。管理と言っても、その日の電気の使用量を記録するくらいですが……。でも、どこでどれくらいの量が使われたのか詳細に分かるので、助かっていますよ」
事務室にはデスクが並んでいる奥に、肩幅くらいの大きさのモニターが設置してあった。あれで管理をしているのだろう。
「あの、もし宜しければ昨日の電気使用状況を見せていただきたいのですが」
「ふむ? もしや、お聞きになられたのですかな。電気泥棒の件を」
「ええ……ダメでしょうか?」
「いえいえ、ダメなわけがございません。見られて困る情報ではありませんし、電気泥棒の解決に協力していただけるのならとてもありがたいことですから」
校長先生は事務員の1人にモニターを見せるよう指示をしてくれた。対応したのは初老の男性だ。他の事務員たちは忙しそうに作業をしている。
俺は彼らの邪魔をしないように注意しながらモニターへと近づいた。
「これが、電気使用量ですか……うわ、何ボルトかまで書いてある」
徹底的な管理だな。
初老の事務員が言うには、昨日使われた電気は恐らく冷凍庫であるらしい。そして、その場所はやはり給食室のあの場所。
一応先月までの電気泥棒があった部分も見せてもらったが、どれも昨日のものとは違う使用量だ。パソコン、ゲーム機……候補は多いが、その程度の使用量だろう。
「何か分かりましたかな?」
モニターを覗く俺に、校長先生が問いかける。いつの間に近づいてきてたんだこの人。
「これだけでは判断できませんが……昨日の件に関しては、冷凍庫であると断言できます」
「ほう。それは、何故?」
「先ほど冷凍庫を調べてきましたが、微かに冷気が残っていたんです。最近使用されたとしか考えられません」
「ふむ……しかし、冷凍庫が足りないということはないはずですぞ。去年のイベント時には使っておりませんでしたので」
去年は使ってなかった?
じゃあ、何で今年は使ったんだろう。魚が大きかったからか? いや、それにしても……。
一応、使用された時間帯は覚えておこう。えっと……昨日の夜10時頃から今日の朝6時頃までか。
「もう一度給食室に戻って調べてきます。ご協力ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。また何かありましたらよろしくお願い致します」
校長先生と初老の事務員にお辞儀をして、俺は給食室に戻った。
給食室には誰もいなかった。飯塚もどこかに行ったのだろう。まあ、調べるには都合がいいから問題はないんだけど。
「奥の部屋、他に何かてがかりは無いか……?」
そう思って探しては見るものの、特に目ぼしいものは無い。
ため息を吐きながら近くの調理台に手をついて一休みする。ここは確か、甲斐の調理台だっけ。おでんを運ぶときにここで料理してたし。
ふと視線を移すと、そこには包丁が数本置いてある包丁置き場があった。日によって使い分けているのだろうか。
よく見渡すと、他の調理台にも同じものが置いてある。調理人には、包丁への拘りがあるって聞くし、当たり前か。
「ん? 甲斐さんの包丁、1本足りないみたいだな」
他の調理台の置き場は包丁がマックスで詰まっているのに、この調理台だけ1本分の空きがある。
……一応、写真に撮っておくか。
「さて、あとは裏道だけど……調べられるかな」
さっき見た時は警察が調べまくってたからな。正直、許可されたところで見つかるものはないと思うけどな。
俺は給食室を出て、裏道の方へ進む。だが、調べている警察の人数こそ減っていたが、まだ封鎖されていた。
「うむむ……どうするかな」
地平線が夕日に赤く染まっていく。ある程度この事件の全貌が見えてきた気がするけど、犯人が分からない。真を納得させるには真犯人を見つけるしかないのに……
「おい、剣ィ」
顎に手を当てて考え込んでいると、グラウンドに続く道から真が歩いてきた。その隣には、甲斐がいる。
「そろそろ時間だァ。俺たちも暇じゃねェんでな」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「いや、待てねェな。だが、最後のチャンスをやる。着いて来い」
そう言って、真はグラウンドに向かって歩き始めた。
「……残念だけど、君に勝ち目はない。あの嬢ちゃんが犯人で確定なんだよ」
「甲斐さん……」
そうだ。まだ調べるべきことが残ってた。
甲斐のあの時の『嘘』。あの意味をはっきりさせないといけない。多分、この事件に関係しているはずだ。
俺は真と甲斐の後に着いていく。恐らく、ここで真犯人を見つけられなければ終わりだ。
俺は警察でもなければ弁護士でもない。だから、今この場で未来を救えなければもう2度とチャンスは回ってこない。
すべては、俺にかかっている。
そして、最後の戦いが幕を開ける。