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事件編(2)

 翌日、俺は朝から身支度を始めていた。依頼自体は午後からなのだが、久々の大きな仕事(報酬的に)なので、気合を入れて準備しているのだ。

 だが、俺自身はあまり気合が入っていない。何故なら――寝不足だからだ!


「ふあぁぁ……依頼当日でこれはちょっとなぁ」

「先輩、昨日何してたんですか? 大事な依頼なんですから、夜更かしはダメだって……」

「大部分が未来のせいなんだけどな」

「……思い当たる節が無いんですけど」


 俺はため息を吐きながら、いつも使っている青色のリュックに持っていくものを詰め込んでいく。色々と言いたいことはあるが、未来の機嫌が戻っているのでこれ以上の言及は避けておく。それに、余計な誤解は生みたくないからな。


「よし、これである程度は終わったな。約束の時間まで3時間くらいか……少し寝るか」

「じゃあ、3時間くらい経ったら起こしますね」

「助かるよ」


 俺は奥のソファーに向かい、横になった。そこから深い眠りに就くのにそこまで時間はかからなかった。











<数時間後>


「先輩、そろそろ時間ですよ」

「ん……んん? あぁ、もうそんな時間か。ありがとう」


 寝ぼけ眼で時計を見ると、針は12時30分を指していた。

 俺はソファーから起き上がり、服装を整える。今日の服装は藍色のズボンに白と青のボーダーのシャツ、その上に赤のチェック柄の上着を羽織った格好だ。まあ、それだけじゃ寒いから更に緑のコートを着るわけだが。


「あれ、未来……外に出かけたの?」

「ええ、ちょっと用事があったので」

「そっか。よし、それじゃあ行こうか」

「はい!」


 未来は制服姿だ。今日は流石にストッキングを履いている。確かに、制服は結構動きやすい。

 こうして、俺たちは床野中学へと向かった。











<数分後>


 歩くこと数分。目的地が見えた。

 学校の警備員に事情を話すと、既に話を聞いていたのかあっさりと中に入れてくれた。そして俺たちは給食室へと向かった。

 今は昼休みなのか、校庭で遊んでいる生徒が多い。楽しそうだな。彼らも数年後、自分の人生に絶望する日が来るのだろうか。若者たちよ、今を楽しめ。


「みんな夢中で遊んでますね。私たちの方は全く見てませんよ」

「見られても困るだけだから、別にいいんじゃないか? さ、行くぞ」


 給食室に入ると、真っ先に甲斐が俺たちを迎えてくれた。白いエプロン姿が似合って無さ過ぎるが、触れないでおこう。


「よく来てくれた! 本当に助かるよ。と言っても、君たちの出番はもう少し後だ。校長にも話は通してあるから、少しばかり校内を見て回ったりして時間を潰してくれ。そうだな……30分くらいを目処に」

「了解しました……って、校長先生にも話を通してる!?」


 この男、ただの給食のおじさんでは無さそうだ。というか、中学側が寛容すぎるのか?


「ああ、そうだ。校内を移動するときはこれを付けておいてくれ。来客用の許可証だ」


 甲斐は俺たちに丸い缶バッジのようなものを渡した。表には、床野中学来客と刻まれている。これが身分を証明するものになるということか。

 その後、俺は甲斐に勧められて、背負っていたリュックを彼に預けた。職員用のロッカーに入れておいてくれるらしい。

 改めて甲斐にお辞儀をして、俺たちは給食室を離れた。


「と言っても、行きたい場所なんてあまり無いんだよなぁ」

「私もです。どうしましょうか……」

「そう言えば、甲斐さんは校長に話を通してるって言ってたね。その校長先生に会いに行ってみようか」


 正直、会ってくれるかは分からないけど。まあ、会えなくても多少の時間つぶしにはなるだろう。


「えっと、校長室は……っと。ああ君、校長室って何処か分かる?」


 俺は偶々通りかかった中学生に校長室の場所を尋ねた。彼は快く俺たちを案内してくれた。途中で職員室の前を通ったが、教員たちも今日のイベントの準備で大変なのか、俺たちの方には目もくれず仕事をしていた。

 校長室まで来ると、案内してくれた学生は律儀にお辞儀をして何処かへと歩いていってしまった。あ、ちゃんとお礼は言ったからな。


「……中から話し声が聞こえるな。どうやら、校長先生はいるみたいだ」


 すると、校長室から1人の男性が出てきた。エプロン姿なので、恐らく給食室の人間だろう。坊主頭で、甲斐に負けず劣らずゴツイ顔をしている。

 彼は校長室から出る前に、中にいる人物に向かってお辞儀をした後、こちらを向き俺たちの存在に気がついた。


「あ、すんません……ん? アンタら、もしかして信三さんが言ってたお手伝いさんか?」

「ええ、そうです。少し時間があったので校長先生に挨拶を、と思いまして」

「そうかい。校長先生は今日は他の仕事を入れてないはずだから、話せると思うぞ」

「ありがとうございます。そして、今日1日宜しくお願いします」


 名前を聞くと、彼は飯塚東吾(いいづかとうご)と名乗った。主に給食室と教職員間の連絡係をやっているらしい。ということは、彼が校長先生に俺たちの話をしてくれたのだろうか。


「にしても、信三さんももう少し危機感持ってもらわないとな。先月もあんなことがあったばかりなのによぉ……」


 飯塚は深刻そうな顔で俺たちの方を見た。


「何かあったんですか?」

「ああ……簡単に言えば電気泥棒だよ。ウチの給食室内で夜中に電気を使っていた形跡があったんでな。もちろん、冷蔵庫とかは動いてたが……それ以上の電力が消費されてた。外部犯だと思うんだがな。とにかく、今は大変な時期なんだよ、色々と」

「電気泥棒……確か俺の中学時代も、学校でゲーム機の充電をしてる奴がいたっけな」

「その可能性もあるんだ。電気泥棒と言っても、消費された電力はごく僅か。パソコンかもしれないな。おっと時間だ。アンタらも知っての通り、のんびりしてる暇は無いんだった。詳しい話が聞きたいなら、校長先生に聞いてみろよ。じゃあな」


 その後、飯塚は給食室のほうへ走っていった。

 電気泥棒か。でも、パソコンくらいの電力消費ならそこまで問題にする必要も無いんじゃ……? 一応、聞けるなら校長先生に聞いてみるか。


「気になるって顔してますね、先輩」


 さっきまで一言も喋らなかった未来がニヤニヤしながら俺に話しかけてくる。意外と人見知りなのかもしれないな。


「そりゃあ、あんな話聞いてしまったらな。ほら、俺の目標は殺人事件の解決とかをする系の探偵だからさ。シャーロック・ホームズとか」

「先輩ならなれますよ。だって在学中に私を……」

「その話は止めてくれ。あまり思い出したくないんだ」


 多分、今の俺の表情はかなり暗くなっているだろう。人は誰しも、掘り返されたくない記憶があるのだ。

 気を取り直して、俺は校長室の扉をノックする。すると、中から野太い声で入出許可の返事があった。


「失礼します」


 順番に入ると、奥の立派な椅子に太り気味の中年の男性が座っていた。

 頭頂部は禿げており、側頭部に髪が生えている。タレ目の周りにはシワが寄っており、口の周りには立派な髭が生え揃っている。豪華なスーツに身を包んだ男性は俺たちの顔を見るなり、椅子から立ち上がり、自分の机に沿って前に出てきた。


「失礼。貴方がたは?」

「今日1日、給食室のお手伝いをさせていただく神童です。こっちは助手の夜明です」


 俺が未来を紹介するのと同時に、彼女は軽く会釈をした。


「ああ、伺ってますよ。今日は宜しくお願い致します」

「いえ、こちらこそ。ところで、少しお話を聞かせていただいても宜しいでしょうか」

「ふむ、確かにまだ時間はあるようですね。どうぞおかけください」


 校長先生は部屋の真ん中にある来客用のソファーに俺たちを誘導した。そして、大きなテーブルを挟んだ向かい側のソファーに校長先生は腰掛ける。


「それで、聞きたいこととは何でしょうか」


 聞きたいことはいくつかある。そうだな、まずは――


「どうして俺たちに依頼を? 一応、依頼人は甲斐さんということになってますが、校長先生が許可を出されたのでしょう?」

「その通りですな。最近は、学校の運営費のやりくりが大変でして……出来るだけ安価な条件で、とお願いしておりました」


 え、5万って安価なのか? 何でだろう、とてつもない劣等感を感じる。


「先輩、ポカンとしないでくださいよ。余計に貧乏人に見えます」

「ああ……」


 まあ、一応俺の『神童なんでも相談所』もちょっとは有名みたいだし(便利屋という意味で)、多少の信頼があるから許可したのだろう。

 これも、俺が今まで色んな依頼をしっかり遂行してきたからこその賜物だろう。お、そう考えると何か嬉しくなってきた。


「先輩、顔が気持ち悪いです」

「酷い!」


 がっかりしたような表情の未来に言われ、俺は顔を触って表情を整えた。そして、話を続ける。


「先ほど耳にしたのですが、電気泥棒とは……?」

「おや、聞いてしまいましたか。そうなんですよ。ただでさえ節約をしなければならない状況なのに、無粋な輩が勝手に校内の電気を使いましてね」

「でも、消費された電力はパソコン程度の量だったのでは?」

「パソコン程度でも、使用料金は発生するのですよ。今は1円でも支出を減らしたいのです」


 というか、パソコン程度だったら誤差の範囲とは考えないのだろうか。

 ふと思った俺はその質問を校長先生にぶつけてみた。すると、彼は髭を触りながら、


「自慢じゃありませんが、うちの学校は管理体制を厳しくしておりましてね。どこのコンセントからどれだけの時間、どれだけの量の電気が使用されたかまでをきっちり管理しております」


 実は、電気泥棒は先月だけではなかったらしい。およそ1年前から続いていたらしく、普段は絶対に使われないコンセントから電気が消費されていたようだ。

 先月にやっと大きな問題になったのは、学校の経営状況の悪化が原因だ。出来るだけ無駄を削減しようと模索していたところ、この事実が発覚した。それまでは俺が考えたように誤差の範囲として処理されていた。


「学校の経営難ですか……」

「子どもも減ってきて、収入が少ないのでね。まあ、これが大人の世界の真実ですよ」


 悲しそうな顔をしているな。

 というか、無駄を削減したいなら今日のイベントを止めればよかったのでは……。いや、そういうのは言ってはいけないのだろう。最近はモンスター何ちゃらがうるさいみたいだし。


「他に聞きたいことはありますか?」

「依頼人の甲斐さんなんですが、どのような人物なのでしょうか」

「ほう、依頼人の素性ですか。なんか探偵みたいですな」


 俺の力で、彼が信頼できるのは分かってるんだが、俺たちのことが簡単に受け入れられていることが気になる。


「彼は給食室の室長です。それも、私がわざわざ招いたんですよ」

「招いた……?」

「多少払う給料が高くても、優秀な人材を雇っておけば人件費の削減になりますのでね。彼は生物学や医学についての知識もあるのです。なので、偶に色々な相談に乗っていただくことも」


 甲斐はそんなにも優秀な人間なのか。それなら、給食室で働くより教員として働いたほうがいいんじゃないのか……。


「ちなみに、給食室では何人働いているんですか?」

「10人ほどですよ。と言っても、全員が来ているわけではありません。今日は5人くらいでしょか。おでんを作ること自体はあまり人が要らないもんですから。ただ、運搬のための人員が足りないので依頼をした次第です」


 確か、出勤するはずの人間が1人休むんだったっけ。運搬だけならば、人手が足らなくなることは無さそうだけどな。


「おっと、そろそろイベントの準備の仕上げの時間ですね。貴方がたも給食室に行った方が良いのでは?」


 校長先生に言われて腕時計を確認すると、約束の30分が経とうとしていた。俺たちは校長先生に俺を言い、校長室を後にした。

 得られた情報といえば……学校経営も大変だということくらいか。

 給食室に到着すると、甲斐によって調理室の中に招かれた。


「ひ、広いな……」


 給食室はかなり広く、調理台がいくつも設置してある。奥のほうにはもう1つガラスで区切られた調理室がある。そこに、2つの巨大な鍋があり、俺たちがいる部屋に同じものが1つ置いてあった。そうだな、人1人なら簡単に入りそうなくらいの大きさだ。

 どれも、タイヤ付きの台に乗せられている。遠くからでも分かるほどの湯気がたっていて、美味しそうな匂いが漂ってくる。ちなみに、鍋の下には巨大なコンロが敷いてあり、激しく沸騰する音が部屋に響き渡っている。他の音が聞き取りづらいほどだ。


「2人には、これを全部運んで欲しい。かなり重いから気をつけてくれ。あ、これエプロン」

「ありがとうございます。で、何処に運べば……」

「校庭に。で、校庭まで運んだら、石灰で大きな円が3つ書かれているから、それぞれその場所に置いてきてくれ。特に指定は無いから、最初は一番遠くの場所に運ぶといい」


 調理台では、職員たちが必死に料理をしていた。おでんではなく、付け合せの野菜などを切っているようだ。おでんのせいで時間が無かったのかもしれないな。いや、欠員が出たせいなのか?


「重いとは言っても、そこの嬢ちゃんにも運べるはずだ。1人1つで頼む」

「了解しました」


 その後すぐに甲斐は奥の調理室に引っ込んでしまった。彼も汗水を垂らしながら野菜を切っている。


「じゃあ、これは俺が持ってくから……甲斐さんがいる部屋の奴を1つ持っていってくれ」

「分かりました……あれ? このエプロン……」

「どうした?」


 渡されたエプロンを着ていると、それを広げた未来が怪訝そうな顔で呟いた。自分のエプロンの紐を結んで彼女が広げたエプロンを見ると、外側に赤い液体のようなものが付着していた。


「絵の具、みたいですね。まあ、文句を言っている暇はありませんから我慢します」


 未来は本来外側である方を内側にしてエプロンを着た。幸い、裏側にまでは染み込んでいないようだ。

 にしても、制服にエプロンとは……中々良いもんだ。


「そんなにじっくり見ないでください。流石に恥ずかしいですから……とにかく、仕事しますよ!」

「お、おう」


 俺は未来をチラチラと見ながら、今いる部屋に置いてある巨大な鍋を外に運び出した。

 この学校は給食室から校舎に入る廊下の途中に、外と繋がっている部分がある。ルートとしては、そこを通るしかないだろう。


「ああお嬢ちゃん、そっちから運んでくれ」

「あ、分かりました」


 後ろから未来が指示されている声が聞こえる。まあ、これくらいは人見知りでも大丈夫か。

 にしても、重いな。いや、一応台に持つ場所があるし、車輪があるから運べるが……これは未来には重いんじゃないか?

 そう思って後ろを見ると、予想通り苦戦しているようだった。


「未来、頑張ってくれ! 5万のために!!」

「何か言い方が気に食わないです!」


 俺は数分かけて校庭へと鍋を運んだ。アスファルトの凹凸が激しくて、結構運びづらかった。特に、コンロに火が点いているから、冷や冷やしたな。

 甲斐の言った通り、校庭には大きな円が書かれていた。俺は3つ横並びのうち1番遠い円まで鍋を運んだ。息を整え、腰を伸ばして後ろを見ると、未来の姿は無かった。


「あれ……流石に遅くないか?」


 とりあえず走って給食室に向かうが、その道中に彼女の姿は無かった


「……おいおい、仕事放棄は困るぞ」


 給食室の中に入って、残る1つの鍋の所に行って、野菜を切っている甲斐に未来のことを尋ねてみる。


「甲斐さん、未来……えっと、俺と一緒に来た子がどこに言ったか知りませんか?」

「いや……ああ、もしかしたら遠回りをしてるのかもしれない。さっき、遠回りだけど運びやすい場所を教えたから」

「そういうことですか。ってか、俺にも教えてくださいよ!」

「あはは、スマンスマン。さっき外に出たほうと反対側に出るんだ。そしたら、給食室を回る形で滑らかな道がある。遠回りになるけど、そっちの方が行きやすいんだよ」

「ふむ……でも、もし未来がまだいたらつっかえるので、俺はさっきの道で行きますね」

「そうかい。いい判断だ」


 俺は最後の鍋を運び出す。今度は少し慎重に動かし、何とか校庭まで持っていった。未来はまで来ておらず、俺は2番目の円に鍋を置いた。


「えっと、聞いた限りじゃ給食室の裏を通るはずだから……あ、いた」


 給食室の横を見ていると、死にそうな表情で鍋を運ぶ未来の姿があった。美少女らしからぬ量の汗水を垂らしながら……。


「おい未来、大丈夫か!?」

「ええ、ちょっとこれ重くて……」

「確かに重いが、そこまでは……」


 そう思って運び手を代わると、確かにさっきまでの鍋より少し重い。入ってる量が多いのだろうか。


「おいおい、お嬢ちゃんまだ終わってなかったのか。これなら、寧ろ普通の道を行ったほうが良かったかもしれないな」


 心配になって来てくれたのか、甲斐が給食室から出てきて、鍋を押すのを手伝ってくれた。最後の円に鍋を設置した後は、野菜の入った大きなボウルを校庭に運んだ。俺たちが持っていく頃には、学校の教員たちが鍋の周りにベンチを運んできていた。

 そのベンチの上にボウルを置いていき、準備を整えていく。

 結局、準備が終わったのはそれから数十分後のことだった。 


















<数十分後>


「ふう、ようやく終わったか……意外と辛かったぞ」

「はう……これは、5万でも安いくらいですよ」


 俺たちは給食室の中で休んでいた。2人とも汗だくである。

 少し経って、甲斐と飯塚が入ってきた。彼らもエプロンにまで滴るほど汗をかいている。何故か、湯気すら見えるぞ。


「2人とも、お疲れ様。いやあ、何とか終わって良かったよ。なあ飯塚」

「ええ。2人とも、ありがとう」

「そうだ、君たちもイベントに参加していったらどうだ? 遠慮はいらない……というか、毎年おでんが余っちまうから、参加してくれると助かる」


 余るくらいなら、やはり開催しない方が経済的にも良いんじゃなかろうか。

 とはいえ、俺たちもお腹が空いていたし、タダで貰えるなら喜んで頂くべきだ。未来も同じ考えのようで、俺が彼女の方を見ると笑顔で頷いた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「そうか! よし、じゃあ校庭で待ってるぞ」


 そう言って、甲斐は一足先に校庭に出て行ってしまった。残った飯塚も俺たちに食器の場所を教えて、校庭に向かおうとした。


「ああ飯塚さん、1つ聞きたいことが」

「ん、なんだ?」

「電気泥棒の件なんですが……」

「……探してくれるのか? まあ、協力してくれるなら嬉しいが」

「ちょっと気になっただけなんですが、依頼していただければ、正式に」

「検討しておくよ。で、聞きたいことって?」


 俺は校長先生から聞いたことの中で、確認したいことを飯塚にぶつけた。それは、『何処のコンセントから電気が消費されたのか』だ。


「あの奥の部屋に、大きな冷凍庫があるだろ。あれ、今は使ってないんだ。生徒の数が減って、必要な食材の数が格段に減ったからな。だから、本来ならあの冷凍庫が使っていたコンセントには何も接続されていないはずなんだよ」


 つまり、問題のコンセントはあの奥の部屋のものということか。


「多分、事務室に行けば何時ごろ、何時間使われたのかが分かるはずだ。ウチの管理は厳しいからな」

「ありがとうございます。依頼、お待ちしてますよ」

「善処する。じゃあ、俺も外に行く。遅れるなよ」


 そう言えば、甲斐も飯塚もエプロン姿のまま校庭に出て行ったな。ああ、おでんを配膳するからか。俺もまだ脱がないでおくか。

 さて、奥の部屋……気になるな。


「誰もいませんし、少しくらいなら大丈夫じゃないですか? 正式な依頼も来るかもしれませんし、前借しちゃいましょうよ」

「前借って、そういう意味だっけ……まあ、少しくらいなら大丈夫か」


 俺は奥の部屋に入り、巨大な青い冷凍庫に近づく。屈んで見ると、冷凍庫の後ろの壁にプラグが1つだけ入るコンセントがあった。ここから電気が盗まれたのか。

 確かに、奥の部屋は給食室の入り口辺りからでは見づらい。隠れるなら絶好の場所だろう。


「この冷凍庫、今は使われてないんだっけ」


 そう呟きながら、何気なく冷凍庫を開けると、微かに冷たい空気が中から出てきた。


「……え。使われてないのに何故冷気が? しかも、何か赤いのが底に……いや、おでんの具か何かを入れてたのかもしれないな。何せ、あれだけの量だったし」


 多分、具に魚でも入れているのかもしれない(おでんに魚を入れるもんなのかは知らないが、これだけのイベントだ。使っていてもおかしくはないだろう)。

 もしかしたら、電気泥棒は……いや、事件は先月発覚したんだから、この冷凍庫が使われたってことは無さそうだ。ふむ、分からん!


「あ、何か校長先生が喋ってますよ。そろそろ行きましょう」

「そうだな。正式な依頼がちょっと楽しみだ」


 こういう事件を解決してみたいんだよ、俺は!

 高ぶる気持ちを抑え、俺たちはエプロンを付けたまま校庭に向かった。

 俺たちが到着すると、丁度校長先生の話が終わり、イベントが始まる所だった。全校生徒が集まっているためか、校庭の盛り上がりが半端ではない。というか、冬なのにちょっと暑いぞ。


『それでは、鍋の蓋を開けましょう!』


 マイクを持った女性教員の言葉に、生徒たちのボルテージがマックスになった。何を言ってるのか聞き取れないが、恐らく早く開けろと言っているのだろう。

 そして、巨大な鍋の蓋が屈強な男たち(給食室の人たちに加えて、男性教員たちも協力して)によって開けられた。

 その直後、我先にと鍋に生徒たちが殺到する。


「うおお、何か戦争みたいになってるぞ」

「これ、私たちは最後に行った方が良さそうですね」

「ああ……」


 中学生に恐怖を覚えたのはこれが初めてだぞ。

 1人で配膳するのは時間がかかるのか、1つの鍋に3人ずつ大人がついていて、生徒たちは3つの列になって自分の順番を待っている。


「……ん? 何か1番手前の集団の様子がおかしいぞ」

「本当ですね。甲斐さんたちが鍋の中を覗きこんでるみたいです」

「ちょっと行ってみるか」


 1番手前の鍋は1年生用のものだったらしい。既に配膳を受けた生徒たちが自分の紙皿を見ながら他の生徒たちと大騒ぎしている。

 俺たちはコンロの火を止めて分厚い手袋を着けて鍋の中を覗きこんでいる甲斐に声をかけた。


「何かあったんですか!?」

「いや、原因は分からないんだが……おでんの汁が一部赤くなってるんだよ。くそっ、一体何なんだこれは……」


 赤い汁?

 近くにいた生徒に紙皿を見せてもらうと、確かに汁が少し赤くなっている。あ、本当に具に魚が入ってるんだな。でも、魚は捌かれてるから血なんて出るはずがない。冷凍庫の中のなら納得はいくが。


「ん……何か黒いものが沈んでる。おい飯塚ぁ! 混ぜる棒を取ってくれ!」


 甲斐が叫ぶと、飯塚が自分の身長くらいある大きな棒を持って走ってきた。それを受け取ると、甲斐は鍋の中をかき混ぜ始めた。

 他の学年の生徒たちもおでんを食べながらこちらに注目している。

 しばらくして、甲斐が突然絶叫した。


「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!? お、おいおいおい!! 誰か警察と救急車を呼んで来い!!」


 彼の叫びに、辺りが騒然とする。


「早く!!」


 近くにいた飯塚が急いで校舎の中に入っていった。甲斐は鍋から離れ、生徒や教師たちに向かって、


「全員、鍋から離れろ! おい先生たち、生徒を教室に戻せ!!」

「か、甲斐さん……? 一体何があったんですか!」


 俺が甲斐に尋ねると、彼は鬼のような形相でこう告げた。


「死体だ。鍋の中に死体が入ってやがったんだ!」

「……死体? 死体って、死んだ人のことですか?」

「それ以外に何がある! とにかく、今は動かないでくれ。生徒たちが移動するからな」


 教師たちが慌てて全生徒を校舎へと誘導していった。数分後、さっきまで賑わっていた校庭は閑散とし、他の鍋が沸騰する音と遠くから聞こえるサイレンの音が俺の耳に入ってきた。


「おでんに死体……どういうことなんだ、一体――!!」

「先輩、私たちはどうすれば……」

「とにかく、指示に従おう。最悪の状況としては……」








 これが、全ての始まりだった。

 ここから、地獄のような1日が始まる。

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