表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

事件編(1)

 晴れ渡った空。冷たくも、優しい風。寒さを緩和してくれるかのように照っている太陽。

 真冬の1月にしては、とても過ごしやすい日である。

 なのに……俺、神童剣(しんどうつるぎ)は川原で、シャツを泥だらけにしながら1匹の猫を追っかけまわしていた。


「ああくそ、このクソ猫ぉぉぉぉぉぉ!! そろそろ観念してくれってんだぁぁぁぁぁぁ畜生ぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 猫は俺を嘲笑うかのようにチョロチョロと走り回り、俺の股を潜り抜け、ようやく捕まえたと思ったら顔を引っ掻かれ、痛みにもがいた俺の手からスルリと抜け出して、再び逃走を始めた。

 結局、俺がその猫を捕まえられたのはおよそ1時間後の話だ。









<数時間後>


 捕まえた猫を飼い主に引き渡した俺はボロボロのまま、自宅兼事務所へと帰ってきた。

 俺は『神童なんでも相談所』という仕事をしている。もちろん、個人経営だ。ここに舞い込んでくる依頼は、落し物の捜索や今回のような飼い猫の捕獲、子どもの授業参観への代理出席など、様々だ。

 俺としては、殺人事件だのを扱う探偵を目指していたんだが、それだけでは食っていけずこのような業務内容になった。まあ、この仕事を始めて2年、まだそのような仕事は舞い込んでこないが、いつかは来ると信じてる。


「最近は仕事も増えてきてるしな。少しずつだけど、有名になってるってことだ」


 言いながら、俺はうんうんと頷く。

 なんでだろう、涙が出てきた。


「つーか、『なんでも相談所』って名前がダメなんだろうな。そろそろ変えないと……」


 事務所のドアを開けると、ごちゃごちゃとした部屋が目に入ってきた。奥のほうにある机の周りこそ綺麗なのだが、部屋の真ん中には色々な物が積み上げられている。

 その大半は仕事に使う道具だ。

 新しい仕事が舞い込んでくるたびに装備を整えていたら、こうなった。


「おっと、危なっ!」


 間違えてシャベルを踏みそうになった。俺はため息を吐きながらシャベルを部屋の隅に持っていく。これ、いつ使ったんだっけ?

 ちなみに、ここは2階建ての大きな建物の1階部分だ。ただでさえ収入の低い俺が何故こんな広い場所に住むことが出来ているのか。それは――


「先輩、遊びに来ましたよ!」


 ちょうど良かった。

 今明るい声で事務所に入ってきたブレザーの制服姿の少女の名前は、夜明未来(よあけみらい)。腰まで届きそうな長くて綺麗なストレートの黒髪に整った顔立ち、スタイルもよく、一言で表すなら美少女だろうか。

 学校帰りに直接来たのか、通学バッグを両手で持っている。


「よぉ未来。真冬なのにストッキングも履かないで、寒くないのか?」

「今日は体育がありましたから。ストッキング履いていると何かと面倒くさいんですよ。それに、今日は暖かいので、問題ナッシングです」


 彼女は事務所に入ってきて、奥の机のほうに向かっていく。そこには2人くらいが座れるソファーが置いてあり、彼女はそこに座った。

 未来は俺の後輩である。今は高校2年生だ。

 そして、彼女こそがこの建物の所有者。厳密には未来の父親がこの土地を買ったのだ。つまり、未来の厚意により、俺は居候というかたちでここに住んでいる。

 だから低収入でもこの家で暮らしていけるということだ。


「先輩、泥だらけですけど……また猫を追っかけてたんですか?」


 分かりやすく嫌そうな表情をしながら、未来は俺に尋ねてくる。俺は部屋の隅にある洗濯機に脱いだシャツを入れながら、


「仕方ないだろ、俺のモットーはどんな依頼でも遂行すること。こういう地道な積み重ねが、いつか俺をビッグにしてくれるんだよ」

「へえ……確かに、段々ここも有名になってきてますけど……悪い意味で」

「どういうことだ?」

「面倒事は神童の所に頼めばいい!! って、そこら辺の人たちが喋ってましたよ」


 め、面倒事!? それって、もしかして便利屋という意味ではなかろうか!


「やっぱり、事務所の名前の問題だと思うんですよね。いっその事、探偵事務所にしたらどうです?」

「そうなんだよな……でも、探偵っていうと結局今と同じような依頼が舞い込むことになるだろうし」


 とりあえず、事務所の名前は保留だ。

 その後、俺はソファーに座ってテレビを見ている未来を放っておいて、シャワーを浴びた。泥臭さは取れたはずだ、多分。

 風呂場から出ると、未来はソファーではなく机の側の椅子に座っていた。そして、机の上で何かを書いている。

 黒いジーパンと白いシャツ、その上に黒のジャンパーという格好に着替えた俺は彼女の所に近づく。


「今日も課題が出てるのか?」


 彼女が頭を抱えながらやっていたのは、学校の宿題だ。正直、2階の自分の家でやって欲しい。


「数学の青木(あおき)先生、毎日課題を出すんですよ。しかも、半端じゃない量を。明日は休みなのでマシですけど」

「ああ、俺も出されてたよ。あの人が甘いのは中等部までだ」


 俺の母校、つまり未来が通ってる学校は中高一貫校。だから、3歳年下の未来と俺は知り合えたのだ。

 ちなみに、青木先生には俺も苦い思い出がある。宿題忘れたときなんか酷かったんだよなぁ。


「本当、嫌になりますよ。『君たちはもうすぐ受験生だ。だからこれくらいはこなしてもらわなければ困る!』ですって。他の教科もあるってことを考えて欲しいですよね」

「そっか、4月からは未来も受験生か。頑張れよ、俺みたいになりたくなかったらな」

「言ってて悲しくないんですか、それ……」


 うん、悲しいよ。

 まさか大学受験当日に高熱を出すなんて、誰も思わないじゃないか。人生何があるか分からない。俺のように地味な仕事をやってる奴もいれば、母校への入学当時からの親友のように、たった2年で刑事になってる奴もいる。

 そいつとはあまり連絡をとれていない。向こうが忙しすぎるからな。


「あ、そういえば先輩。私、今日はここに泊まりますね」

「……はぁっ!?」


 いきなり何を言い出してるんだこの子は! 

 大体、未来の家は2階だ。ちょっと階段を上がれば、自宅なんだぞ。なのにここに泊まるだなんて!


「と、とりあえず理由を聞こうか」

「んー、何となくです」

「何となくで俺の立場を危うくしないでくれるかな!?」


 そう、ここは俺の自宅ではない。

 未来の父親が買った家を借りている状態なのだ。そのことを、父親も知っている。だからこそ、自分の娘が1階の男の場所に泊まったとなれば……確実に俺はこの家から追い出される。


「なあ未来? 頼むから自分の部屋に……」

「む、仕方ないですね。じゃあ、1つ依頼を受けてもらっていいですか?」

「……それが狙いだったか」

「……それだけじゃないんですけど、まあいいです。受けてもらえるんですね?」

「ああ、分かったよ。何だ? 課題の手伝いか、それとも落し物探しか……」


 俺が顎に手を当てながらぶつぶつと呟いていると、未来が綺麗な髪を揺らしながらこちらを振り向いて、


「あ、明日……私とデ――」


 そこで、事務所のチャイムが鳴り響いた。


「ん、誰だ?」


 何故か残念そうな顔をしている未来を放置し、俺は事務所の入り口へと向かった。ドアを開けると、そこには屈強な男性が立っていた。

 青いズボンに、黒いフード付きのパーカーを着ている。筋骨隆々の男性は、恐らく30代くらいだろう。


「えっと、どちらさまですか?」

「ここは『神童なんでも相談所』だよな。依頼があって来たのだが、大丈夫か?」

「ええ、問題ないですよ。伺いますので、中へどうぞ」


 俺は男性を中に招きいれ、奥へと案内した。そして、ソファーへと座らせる。俺はさっきまで未来が座っていた椅子に腰掛け、男性の目の前に移動する。

 未来は気を利かせて、お茶を淹れていた。


「で、依頼ってのはどういう……」

「僕は甲斐信三(かいしんぞう)床野(どこの)中学の給食室で働いてる者だ」

「床野中学っていうと、この事務所からそう遠くはない場所の……」

「ああ。それで、依頼っていうのが、1日給食室の手伝いをして欲しいってことなんだ」

「給食室の手伝い?」


 最近では、小学校だけでなく中学校も給食制になっている。子どもの親としては便利なのだろうが、働いている人間からすれば大変だ。


「実は、明日うちの中学でイベントがあるんだ。真冬恒例のイベントなんだが、全校生徒でおでんを食べるっていうやつなんだ」


 全校生徒でおでん?

 一体どういうイベントなんだろうか。キャンプファイヤーみたいに、おでんを囲んで食べるのか……?


「明日入る予定だった人間が急に休むことになってな。人手が足りないんだ」

「そんなこと言われても、俺は料理なんか出来ませんよ」

「いや、料理をする必要はないんだ。完成したおでんが入った容器を運ぶ仕事をして欲しいんだ」

「ああ、そういう系ですか。それだけでいいのなら、喜んで引き受けましょう」

「良かった。報酬は、5万でどうだい」

「え……たったそれだけでそんなに貰えるんですか!? やる。やります。やらせてください!!」


 料理を運ぶだけでいいのなら、かなり好条件じゃないか。5万もあれば2ヶ月は生活できる。


「では、明日のお昼に床野中学に来てくれ。イベントは夕方からだから、ゆっくり来てくれて構わない」

「了解しました。よろしくお願いします!」


 俺は甲斐と固い握手を交わし、彼を見送った。ちなみに、途中で未来が置いたお茶には全く手が付けられていなかった。

 お茶の入った湯のみを片付けながら、未来は俺にこう尋ねた。


「そんな美味い仕事、本当にあるんですか? どうも怪しいんですけど……」

「いや、嘘は言ってなかった。未来も知ってるだろ、俺の力」

「まあ……先輩がそう言うなら正しいんでしょうけど」


 そう、俺には不思議な力がある。

 それは、『嘘を見抜く』力だ。その嘘が何を意味するのかまでは分からないが、とにかくその人物が言っていることがそいつ自身の記憶とは違うということが分かる。


「私男なんです」

「それは俺の力を使わずとも分かるよ……」


 未来の突然の言葉に唖然としながら、俺は答える。

 ちなみに、俺の力が通用しない場合もある。力と言っても、万能ではないのだ。もちろん、人間以外の動物には通用しない。そんな状況があるとも思えないが。


「あ、あと明日のその依頼……私も行きますから!」

「え。いや、多分大丈夫だろうけど……何でちょっと怒ってるの?」

「何でもありません」


 未来の蛇口を止める動作が荒い。確実に怒ってるぞこれ。何でもないってのも嘘みたいだしな。


「じゃあ未来、明日はよろしくな」


 そう言って、俺が未来を2階の彼女の部屋に帰そうとしたのだが、


「何言ってるんですか? 今日はここに泊まるって言ったじゃないですか」

「え、でもそれはさっき撤回したんじゃ……」

「その条件を先輩が満たしてくれそうにないので、撤回を撤回です」

「いやいやいやいや!」


 結局、そこから数十分説得してみたものの未来は俺の部屋に泊まってしまった。俺は今後の自分の処遇を考えると中々寝付けず、睡眠時間は3時間ほどとなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ