表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第五項:適度に嘘を使います。

第五項:適度に嘘を使います。


007


 今週末。茂徳さんと正嗣さんは日中ゲームセンターで遊び、夕方には前回と同じ公園のコートで一対一をやるようです。私は夕方から麻美さんに連れられて公園へとやってきました。今回も物陰から隠れてお二人の様子を眺めます。

「おやおや、どうやら今回は正嗣様が優勢のようですね」

 その言葉通り、茂徳さんのシュートはことごとく阻止され、正嗣さんのシュートは何回か決まる。という流れが終始続き、茂徳さんはとうとう得点を決める事が出来ずにお二人の体力が尽きました。

「はあ……はあ……、正嗣くんこの前は手加減してたの?」

「ううん、あの時はあれが全力だったよ。この五日で俺は強くなったんだ」

「自分が天才だと思っていたのが恥ずかしいよ。正嗣くんは本当に天才だね」

「……加奈子さんだっけ、綺麗な人だね。茂徳の彼女なの?」

 正嗣さんの思わぬ言葉に思わず身を乗り出してしまいそうになりました。寸前のところで麻美さんに止めていただきましたが、正嗣さんはいきなり何を言っているのでしょう。

「違うけど、俺も加奈子ちゃんは美人だと思うよ」

「どう思ってる?」

「だから美人……」

「俺は、結婚したいと思った」

「え?」

「茂徳はどう」

「俺は……」

 沈黙。

 ああ、もう、恨みますよ正嗣さん!

「ま、いいや。近い内に手に入れるよ。そうなったら連絡する」

「手に入れる?」

「ああ、俺の家は金ならあるからね。正直、犯罪だって問題にならない」

 金と権力で犯罪事実を揉み消すのか、あるいは犯人を別の人間にするのか、手段はどうあれ鳳凰堂グループの影響力を考えればけして不可能ではありません。

「犯罪って、正嗣くんそれはダメでしょ」

「なんで? ああ、殺してホルマリン漬けにすると思ったのか。違うよ。平等院家に金を渡して売ってもらうか、最悪俺の家に閉じ込めるだけだよ。殺すだなんて勿体ない」

「それもダメだって。今日の正嗣くんなんだかおかしいって」

「おかしい? 欲しい物を手に入れるためなんだから普通でしょ」

「物って……加奈子ちゃんの気持ちは考えないの? 売られたり、閉じ込められたら加奈子ちゃんは凄い悲しくなるって」

 すると正嗣さんは高らかな笑い声を出しました。分かりやすい金持ち特有の嫌味を含んだ笑い方。

「金持ちで、頭も良くて、茂徳に勝つくらい運動も出来る俺に好かれているのに悲しくなるわけないじゃないか」

「…………」

 キャラクターの変わりぶりに、茂徳さんは唖然としております。

「茂徳だったら応援してくれると思ったのに……まあ、そういうことだから」

 荷物を回収してこちらに歩き出してしまった正嗣さんに、茂徳さんは慌てながら進路を塞いで止めました。

「待って」

「いやだ」

 正嗣さんはゆっくりと茂徳さんを避けて歩き出そうとしますが、茂徳さんはそれを逃がすまいと腕を掴んで止めます。

「お願いだから」

「ねえ、茂徳。負け犬の声なんて聞きたくないんだけど」

 一瞬怯んだ様子の茂徳さんでしたが、再び力強い瞳で正嗣さんを見つめます。正嗣さんも無理に引きはがさず、茂徳さんの言葉を待っているようでした。

「負け犬じゃなきゃ聞いてくれるの?」

「ああ、そうだね」

「今度の大会で俺が勝ったら、加奈子ちゃんに変なことしないで」

「今の君は負け犬だから、そんな約束はしない」

 バッ、と茂徳さんの腕を乱暴に引きはがした正嗣さんですが、こちらには歩き出さずに茂徳さんと向き合います。

「でも、茂徳は友達だから、大会までは何もしないであげる。大会で君が勝ったら何もしない。ただし俺が勝ったら加奈子さんを俺の物にする。これで良い?」

「ありがとう」

 そうして、正嗣さんはこちらへと歩きだし、一人残った茂徳さんは練習を続けました。


008


「あんな言い方あんまりですわ」

「ごめんなさい。でも、他にどう言えば良いのか思いつかなくて」

 迎えに来た車の中で、私は正嗣さんを責めました。正嗣さんは発破をかける意味であんなことをしたのだと思いますけれど、それでも言い方があったのではないかと。

「それで、どうなさるおつもりですか」

「どうなさるも何も、後は大会でどうなるかによりますよ」

「わざと負けてくださらないの?」

「俺が手を抜かなければ、茂徳は俺に勝てない。そうおっしゃりますか」

「そんなこと……」

「まあ、俺一人手を抜いたくらいで勝負は決まりませんが、ともかく勝負は勝負。全力で戦います」

 私の言葉は聞いてくれそうにありません。助けを求めて麻美さんを見てみますが目を逸らされてしまいました。

「……もし私兵が、正嗣さんが勝ったらどうなさるんです?」

「例えば、試合には勝ったが俺は茂徳に負けていた。だから加奈子さんに手は出さない。と言います」

「正嗣さん個人でも勝っていたら?」

「……あまり気は進みませんが全部バラすしかないですね。婚約のことも、加奈子さんの気持ちも」

 それをするくらいなら最初から私の気持ち以外を言えば良いと思うのですが、試合を全力で行いたいと返されてしまいそうなのであえて言及はしないでおきましょう。

「一先ず、おめでとうございます正嗣様」

「ありがとう麻美さん」

 無言になったことで麻美さんは気を利かせたおつもりなのでしょうけれど、それは今言うことなのでしょうか。私は素直に祝って差し上げられません。ですので話を変えさせて頂きましょう。

「ところで、お二人の馴れ初めをお聞きしてもよろしいですか?」

 正嗣さんはとても驚いたようですが、すぐに苦笑いを浮かべました。

「なんの参考にならないと思いますよ」

「構いません」

 照れ臭いのか中々話したがらない正嗣さんです。そこへスッと、麻美さんが助け船を出します。

「正嗣様が高校に入られたばかりの頃です」

「麻美さん!?」

 助け船を出して貰ったとは思っていない声を出した正嗣さんですが、口止めすることはしません。

「ある晩に正嗣様は私の部屋を訪れ、俺の女になれと言いながら強引に……」

「嘘つかないでよ!」

「私にも嘘だと分かりますわ。というかプラトニックはどこに行ってしまったのですか」

 問い掛けますが、麻美さんはまったく悪びれた様子もなく頭を下げます。

「若干雰囲気が悪かったので和ませようと思ったのですが」

「和むどころか気まずさが増すところだったよ」

「申し訳ありません」

「いや、謝ってもらうほどのことじゃないけど」

「では声を荒げないでくださいませ。今月の給料に響いたな。しまった。と思ったではありませんか!」

「俺の印象が悪くなることよりお金が大事なの?」

「はい。正嗣様はいなくても生きられますがお金がなければ生きられませんから」

 きっぱり言い切られて、正嗣さんは無言のまま窓際に移動し、現実逃避を始めてしまいました。

「麻美さん……言葉の綾ですよね?」

 答えによっては正嗣さんが立ち直れなくなってしまいそうなので、小声で麻美さんに確認します。

「ええ、正嗣様は真面目なお方なので冗談を真に受けてしまうのですが、そういう素直なところが可愛いと思いませんか?」

「同意を求めないでください。今は可哀相なだけですよ」

 茂徳さんに勝利し嬉しそうだった表情が、今では哀愁を帯びた表情に変わってしまいました。

「あの姿もまた魅力の一つなのです」

「いや、慰めてあげてくださいよ」

「もう少しだけ堪能させてください」

 麻美さんは意外と変わった性格をしていらっしゃいました。仕方ありません。私がフォローをして差し上げましょう。

「正嗣さん」

「……何でしょうか」

「先程麻美さんがおっしゃった言葉ですが、麻美さんは照れていらしたのです。だからお金の方が大切など心にもないことをしてしまったのだと思いますよ。だから元気を出してくださいませ。お二人はとってもお似合いですよ」

 正嗣さんが麻美さんを眺めると、麻美さんはニッコリ微笑みました。やはり照れ隠しでしたか。

「俺達そんなに仲良く見えますか?」

「それはもう」

 麻美さんがあのように冗談を言えるのが、変だとは思いつつ羨ましいとも思っています。私と茂徳さんはまだそのような関係にはなれておりませんので、余計にそう思ってしまうのでしょう。

 正嗣さんは苦笑いを浮かべて、再び窓の外を向いてしまわれました。拗ねたかと思えばすぐにご機嫌になる。確かに子供っぽさがあって可愛らしいかも知れませんね。

「ふふふっ」

「加奈子様、如何なさいましか?」

「いえ、麻美さんの気持ちが少し分かった様な気がしました」

「左様ですか」

 麻美さんはまるで自分が褒められたかのように嬉しそうに笑います。普段はそこまでではありませんが、正嗣さんは麻美さんに優しくなさっているのでしょう。

 ……本当に羨ましいですわ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ