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第四項:学業も疎かにしません。

第四項:学業も疎かにしません。


005


 私がその事実を知ったのは当日の午前八時でした。訳も分からず急かされるままに早く家を出発させられ、普段とは違うルートを車が通って変だなと思いつつも、そこに着いてから気がついたからです。

 私立兵火高等学校。

 つまり、正嗣さんの通う学校。

 私はどうやら転入させられたようです。

「私立兵火女学校から転入してきました、平等院加奈子です。残り僅かかも知れませんがよろしくお願いします」

 大学の受験もあるこの時期に何を、と文句も言いたくなりますが、お父様としては正嗣さんとの仲を後押ししているつもりなのでしょう。わざわざ同じクラスにするくらいの徹底ぶりですから。

「こちらとしても好都合ですよ。メールよりも直接会話したほうが、思いがけない良いアイデアが生まれるでしょう」

 ここまでお父様の手が回っていたのかと信じられないことですが、一番後ろの窓際が正嗣さんで、その隣の席を割り当てられていました。

「確かにそうかも知れませんね……すみません。参考書見せて頂けますか?」

「どうぞ」

 系列校ではありますが、担当教諭の指定している参考書には違いがあるので、今日は正嗣さんに貸して頂きましょう。転入させるならそういった物も準備してくだされば良いのに。お父様ったら気が利かないというか、抜けています。

「いやいや、お父上様はこの配置だったら俺に参考書を見せて貰うだろうと考えてじゃないですか? 最低限の会話をするきっかけになるように」

「なるほど、余計なお節介ですわ」

「それでもその意図通りに加奈子さんは動きました。お父上様の仕掛けは成功していますよ」

「以後気をつけます……」

お父様に誘導されたなんて、しかも正嗣さんが指摘してくださらなければ気がつきもしなかったなんて、今後は気を引き締めなければなりませんね。

「おーい正嗣! 食堂行こうぜ」

「あー、すみません。今日は平等院さんと食べるので」

 男子生徒、正嗣さんのご友人で縞崎しまさきさんという髪を逆立てた方がお声を掛けてくださりましたが、正嗣さんは笑顔でありながら申し訳なさそうに断りました。

「はっ、お前がそんなプレイボーイだったなんてな。ファンの子が泣くぜ」

「事実無根です。ファンもいません」

 縞崎さんは短く笑うと、頑張れよと言って食堂に向かいました。

 なんだか悪いことをしてしまった気分ですね。私が転校してきてしまったばっかりに正嗣さんの学校生活に影響を及ぼしてしまったなんて。

「大丈夫ですか?」

「ああ、駿しゅんはいつもあんな冗談を言うので、あまり気にしなくて大丈夫ですよ」

 私が気にしていたのはお二人の友情のあれこれなんですが、この様子では取り越し苦労になりそうですね。

「仲がよろしいんですんね」

「中学の時からの知り合いです。ああ見えて優しい男ですので、俺の代わりに彼を頼っても良いかもしれません」

「考えておきます」

 正嗣さんのお墨付きならば、一応選択肢に入れておきましょう。

「さて、お昼はどうしますか? 食堂と購買がありますけど」

「それなら私はお弁当を渡されています。ほら二つ……」

 一つはいつもと同じ花柄の包みですが、もう一つは見たことのない青い無地の包み。これはもしや。

「……俺は購買に行って来るので先に召し上がっていてください」

「はい。あの、これは隠しておきます」

 これもお父様の差し金ですね。正嗣様が購買でお昼を買うと事前に調査し、それを知った私がお弁当を一つ渡すというシナリオを想定していたのでしょう。

 正嗣さんも気が付いたのか、気を遣わせてしまいました。

 先に食べていてと言われましても、申し訳なくて頂けません。しばらくして正嗣さんは透明の容器に入ったお弁当を持ち帰ってきました。唐揚げがたくさん入っています。

「お待たせしました」

「いえ、私が勝手に待っていただけですのでお気になさらず」

 正嗣さんは机の向きを変えることなく食事を始めました。流石に向かい合わせにするのは面倒なのでしょうか。

「まあ会話する分にはこのままでも十分ですから」

「そうですか……次はどうなさるか、既に考えられていますか?」

「……バスケ部に入部し大会で茂徳と戦うのが当面の目標ですが、他にしておいた方が良いことなどアイデアがありますか?」

「その、私と茂徳さんが……お付き合いするための手助けというのは」

 そう言うと、正嗣さんは眉を少し動かして、今思い出したようなそぶりをなさいました。忘れていたのですね。

「忘れてませんよ。ただ、作戦を考えていなかったもので」

「本当ですか?」

「もちろん。ちなみに加奈子さんは茂徳とは最近接触しましたか」

「…………まったく」

 正嗣さんとの関係でそんな暇が無かったと言えなくもないのですが、それを差し引いても高校二年生の夏休み以降直接会うことはもちろん。メールも電話もしていません。

「では今週末に遊びにでも誘ってみてはいかがでしょうか。大会が近いとはいえまだ余裕があると思われますし、幸い晴れる予報なので調度良いかと」

「そんな、男女が二人で会うなんて……デ、デートに誘っていると思われるではありませんか」

「デートに誘ってみたらと言っているんですが」

「女性からデートに誘うなんて、そんな」

「男から誘えってのもかなり不公平な気がしますけどね」

 確かにそうですけれど、問題はそうではなくて。

「もし茂徳さんが私のことをそういう対象として見ていなかったとしたら、距離を置かれてしまうのではありませんか?」

「見ていなかったらそんな考えにはいたりません。それに、距離を置かれたら恋人になれる見込みがないだけでしょう」

「そんな!?」

「そこを見極めるためにも誘って頂きたいんです」

 そんな……恋人になれる見込みがないと分かったら私は……。

「それ、正嗣さんにお願いできませんか?」

 少しの沈黙の後、こめかみをマッサージしながらも正嗣さんは、良いですよ。と言ってくださり、残りのご飯を口の中へ勢いよく掻き込みました。私が意気地無しなばっかりにご迷惑を掛けて申し訳ないです。


006


 放課後。と言うよりも部活動の時間と言ってしまった方がしっくり来る時間に正嗣さんは、入部届けを持ってバスケットボール専用体育館へ向かいました。どうやら部活毎に専用の建物が作られているようです。

 それはさておきバスケットボール専用体育館。大会が近いこともあり、部員から顧問に至るまで練習であることを忘れさせる程熱気が凄まじく、まるで本当の試合を見ているようでした。

 しかしそれに臆する正嗣さんではなく、大人として信じられないくらい怒号を響かせる顧問に近づき、入部届けを渡しました。体育館の出入口で見守っているので聞き取れませんでしたが、正嗣さんが何かを言うと顧問は練習をストップさせます。

「お前ら集合しろ!」

 見た目通り厳しい先生なのでしょう。あっという間に部員の皆さんは顧問の前に集合しました。それもバラバラにではなく整列しています。

「ここにいる三年の鳳凰堂がこの時期に入部したいと言い出した。ふざけるなと追い返したいが、どうしてもと聞かないんで特別に入部テストをする」

 みなさん呆れているのかざわめきさえ起こりません。しかし、一人の選手が真っ直ぐ手を挙げました。よく見たらその選手は縞崎さんです。

「仮に合格したとして、鳳凰堂は大会の試合に出すんですか?」

「使えるなら使う。それだけだ」

 分かりきったことですけれど、皆さん納得していません。それでも先生が決めたことなので大人しく準備を始めました。

 コート一つの中にユニフォームを着た選手が五人入り、正嗣さんと対峙します。レギュラーの方みたいですね。時間がないから手加減はしない。ということでしょう。

「時間無制限でどちらかが得点を決めたら終了だ」

 最初にボールを持ったのは正嗣さん。茂徳さんと対決した時の様に、スリーポイントシュートを決めれば終了ですわ。

 ですが正嗣さんはシュートではなくドリブルをしながら、五人に立ち向かっていきました。

 タッタッタッタッと、ドリブルはリズミカルと言うにはテンポが速く、力強い足音も合わさって雷の怒号のようです。

駆け抜ける正嗣さんを止めようとバスケットボール部の皆さんは動きますが、正嗣さんはそれ以上に速い動きでかわし、あっと言うまにダンクシュートを決めました。その時にゴールを思い切り叩いたようで、強い衝撃音が体育館を包み、ゴールはフラフラと揺れています。無駄に派手好きですこと。

 しかし、派手なダンクシュートが決まったと言うのに正嗣さんを含め誰一人として騒ぎませんでした。すごいと思ったのは私だけなのでしょうか。

「驚き過ぎて声も出ない。そういうことだと思いますよ」

 不意に現れた麻美さんはそう解説してくださいました。驚き過ぎですか。

「加奈子様は一度正嗣様のプレイをご覧になっておりますので耐性がついておりますが、ここにいる誰もが正嗣様を世間知らずのお坊ちゃんとしか思っていなかったのです」

 自分のパートナーに対する表現にしてはやや辛辣な物を感じますが、皮肉や軽口を言っても笑って許せるほどにお二人の仲が親密だと言うことですね。

「それに、正嗣様が何回切り返したか覚えておられますか?」

「えっと……四、五回でしたか?」

 クルッ、クルッと動いていたのは覚えていますが、正確な回数は……。

「五回で合っております。つまり、あそこで正嗣様の前に立ちはだかった一人一人に一度ずつ対面し、その上でシュートをしたのですよ」

「えっと、実は正嗣さんは危なかったと言うことですか?」

「いえ、逆です。正嗣様はわざと一人一回対面し、それを抜くことで力の差を見せ付けたのです。こんな真似をしても自分は止められないと、バスケ部の皆様もそれに気付いたので沈んでしまったのですよ」

 どことなく器の小ささが出ている様に感じますが、それほど正嗣さんが上手だということですね。そしてそんな正嗣さんと引き分けていた茂徳さんもそのくらい上手だと。

 会話に夢中で気付きませんでしたが、正嗣さんは顧問と何かを話しているようです。お辞儀をしたので入部は認められたのでしょう。結果を見れば当然のことですが。

 こちらに居る麻美さんに気付かれた正嗣さんは、どこか誇らしげな笑顔で手を振りながら近づいて来られました。

「取りあえず入部許可もらえました」

「ということは、約束通り茂徳さんと戦えるわけですね」

「まあ、大会で勝ち進めれば」

 じんわりと浮き出てきている汗を手で拭いながら、正嗣さんは微笑みます。

「おめでとうございます正嗣様」

「ありがとう麻美さん。あれ、今日この後何か有ったっけ?」

「いつもの時間になっても正嗣様が戻られないことを奥様が心配なさって、迎えを命じられました」

 手で汗を拭う正嗣さんを制止し、自分のハンカチーフで正嗣さんの汗を拭いながら麻美さんはそう答えました。

「分かりました。母さんには後で俺から伝えますのでもうしばらく待っててください。加奈子さんはお帰りになられて大丈夫ですよ。ただ、今日中に茂徳へ転校したことを伝えておいてください」

 言うだけ言って正嗣さんは顧問の下へ戻っていきました。帰って良いと言われましたが、せっかくなので見学していきましょう。転校したことはここでも知らせられますからね。

 メール……。

『茂徳さん。お久しぶりです。加奈子です。大した話ではないのですが、私、平等院加奈子は私立兵火高校へ転入いたしました。私事ではありますがご報告させていただきます。追伸、また皆で遊びましょう』

 これで送信……。

「そのメール、お待ちください加奈子様」

 ボタンに掛かった指を強く握られ、メール送信を止められました。

「何か?」

「僭越ながら、普段からこの形式でメールを書いておられるのでしょうか」

「普段……あまりメールはしませんが、するならばこの形式で書いています」

 失礼があってはいけないので見直してはいますが、どこか変になっているのでしょうか。

「なんと申しますか、いささか形式張っているといいますか、もう少し砕けた文章でもよろしいかと」

「砕けた……ですが、万が一にも失礼があってはと思って」

「ええ、確かに失礼があってはなりませんが、これでは茂徳様も加奈子様との間に距離を感じてしまうのではないかと考えたので確認させていただきました。ですが普段からこうなのであれば大丈夫ですね。失礼しました」

 まくし立てるように話を終えた麻美さんですが、一度疑問を提示されると途端に不安になるのが人間というもの。私はこのメールを茂徳さんに送ってもよろしいのでしょうか。

「あの、麻美さん。よろしければご一緒にメールを考えていただけないでしょうか。私、正嗣さんと麻美さんのような素敵な関係になりたいのです」

 正嗣さんは何やら部員の方々とお話なさっているので、今私が頼れるのは麻美さんしかおりません。しかも麻美さんは私より十歳も上の大人。女を魅力的に見せるメールもさぞお得意でしょう。

「……正嗣様はきっと協力するように申し付けるでしょう。ですのでこの常盤木麻美、微力ながらお手伝いさせていただきます」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますわ」

 既に百人力とはこのことをいうのではないかと思えるくらいの頼もしさがあります。

「と、その前に一つ断っておきますが、私にとって正嗣様が初めての恋人であり、式を挙げるまではキスもそれ以上もしないつもりでいますので、恋愛経験は乏しいと思ってください」

「分かりました。それに素晴らしいお考えだと思いますよ。プラトニックラブなんて憧れます」

「ありがとうございます。それではメールを直しましょうか」

「はい」

 正嗣さんの激しいプレイを横目で見つつ、私達はメールの手直しを行い、練習が終わる頃にようやく書き上がりました。

『お久しぶりです。実は今日から私立兵火高校に通うことになりました。茂徳さんには報告しておきたくてメールしました。追伸、今度はいつ頃会えるのでしょうか? 都合の良い日を教えてください』

「麻美さん、この追伸に他のお友達について触れなくてよいのでしょうか」

「ええ、大丈夫です。送信してください」

 麻美さんに促され、半信半疑ではありますが送信ボタンを押しました。

 送信完了の表示と共に、あの追伸がデートのお誘いをしているようだと気付いて、少し気恥ずかしくなりました。麻美さんは気付いていてわざと何も言ってくださらなかったようです。ちょっと意地悪です。

「終わりました。帰りましょうか」

 調度バスケットボール部の練習も終わったようで、正嗣さんが再び汗だくで戻ってまいりました。

「聞いてくださいな正嗣さん。私茂徳さんにデートのお誘いをしてしまったのです」

「へ? おめでとうございます」

「まだ返信はありません……ではなく、彼女でもないのにデートを誘うなんて、茂徳さんに嫌われたりしませんよね?」

「大丈夫ですよ。海外ではデートを何回も重ねて、初めてカップルになるわけですから」

 それが日本国に住む日本人に通用するかは定かではありませんが、お二人が大丈夫だと言うならきっと大丈夫。ですが仮に、私と茂徳さんが付き合える見込みが無かったらどうなさるおつもりなのでしょう。

 と、考えを巡らせていると茂徳さんからメールが返ってきました。

『どーもー。教えてくれてありがと。実は俺のライバルも私兵にいるんだ。鳳凰堂正嗣って俺とおんなじくらいのイケメン。会ったらよろしく言っておいて。追伸? ごめん。しばらく会えそうにないから、バスケの大会終わったら会おうね』

 これは喜んで良い内容なのでしょうか。とりあえずお二人の意見を聞きましょう。

「不可もなく。と言ったところでしょうか」

「うん。あと大会終わるまで会えないのは俺が先に予定を入れてもらったからです。すみません」

「いえ、それは私からお願いしたことですのでお気になさらず」

 一度恥ずかしさから正嗣さんに押し付けたのは私自身です。正嗣さんを責める資格なんて私にはありません。

「あ、ではまず正嗣様が茂徳様に、予定をキャンセルするメールを送り、次に加奈子様が茂徳様にどうしても無理かを聞けば問題解決ですね」

 満面の微笑みを浮かべ、麻美さんはそんな提案をしました。

「そこまでしてくださらなくて結構です。正嗣さん、楽しんできてください」

 一通メールを送っただけでこんなに焦っているのにデートだなんてまだ無理に決まってます。

「……分かりました。茂徳と会うのは次の土曜なんでそれまでは特にやることはありません。ですからゆっくり高校生活を満喫してください」

 転入したてなので満喫するまではいかないと思いますが、お言葉に甘えてこちらでの生活に慣れることに集中しましょう。

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