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第三項:外堀から埋めます。

第三項:外堀から埋めます。


004


 地球の長い歴史に比べれば、人間の一生なんてちっぽけなもの。なんて広大な物とくらべるまでもなく、私のちっぽけな一週間は矢のように過ぎ去り、正嗣さんと再び会う約束をした土曜日が訪れました。

「お嬢様。正嗣様が到着なさりました」

「通して」

「はい」

 前回茂徳さんに会った後すぐに、正嗣さんからメールが来ていたので準備はしておきましたが、正嗣さんはいったい何をなさるおつもりなのでしょう。

「おはようございます加奈子さん」

「おはようございます。本日も麻美さんはいらっしゃらないのですね」

 九十九のように四六時中張り付かれていないのは羨ましい限りですが、お二人が恋人であることを考えますときっとお辛いのでしょうね。

「忙しいというのはもちろんですが、あまり一緒にいては親父に計画を悟られる恐れがありますから」

「あれ、麻美さんは正嗣さんの付き人ではないのですか?」

「付き人ですが……屋敷の作業も兼任してもらってますから、婚約者と会いに行く際にわざわざ連れて来るのも不自然ですから」

「不自然ですか?」

「……そうですね。確か茂徳には妹さんがいましたよね」

「はい。三つ程離れている可愛らしい女の子です」

「例えば加奈子さんと茂徳がデートするときに、妹さんが毎回必ずついて来たらどう思いますか」

 別に私達は仲が悪い訳ではありませんので構いませんけれど……。

「恋人同士の良い雰囲気になれますか?」

 わざわざ濁した言い方をしてくれていますが、つまり手を繋いだり、腕を組んだり、キスしたりということでしょう。それならば答えは決まっています。

「なりません。そんなことをしたら姫花ひめかちゃんの居心地悪くなってしまうではありませんか」

 一緒に出掛けるなら、姫花ちゃんにも楽しんでもらいたい。だから少し残念ですが、その場合は茂徳さんにアピール出来ません。

「加奈子さんの性格を踏まえるとそうお考えになることは容易に想像できます。これは数回しか会ったことのない俺の親父でも同じように考えられるでしょう」

「つまり、私達が良い雰囲気になることを望む正宗様にとって、麻美さんがついていない方が好ましいわけですね」

「はい。例え二人きりになったとしてもそんな雰囲気になりませんが、状況だけ整えておけば親父の目をごまかすくらい出来るはずですよ」

 なんだか麻美さんに悪いことをしている気分です。正嗣さんがこちらに来なければ今日もお二人はお話したり出掛けたり出来たはずですから。

「私のために申し訳ありません」

「いえいえ、自分のためでもありますから」

 そうでした。お二人も自分達の仲を認めて貰うために、まず婚約破棄を正式に正宗様に認めてもらいたいと思っているのでしたね。私のためだなんて思い上がったことを言って恥ずかしい限りです。

「それで今日は何をするおつもりですか?」

「頼んでいたことは大丈夫でしょうか」

「はい」

「では話をさせていただけますか? この家の使用人全員と」

 九十九に無理を言って、なんとか使用人全員を今日この時間帯に集まっていただきました。正嗣さんのようにお父様の目を盗むようなことを思い付かなかったので、使用人の方々には話がしたいからと言って来てもらっています。なので、正嗣さんが本当に話をするつまりと聞いて嘘つきにならずに済んだことに安心しました。

「では一番発言力のある方を部屋に呼んでいただけますか?」

「九十九、お願い出来るかしら」

「はっ。出来る限り目立たず……ですね」

 正嗣さんは九十九と目が合うと微かに微笑み頷き、九十九も頷きます。二人はいつの間にアイコンタクトできるほど仲が良くなったのでしょう。

 少しして一人のメイド。佐原さはらさんが訪ねてきました。

「メイドを全員集めてまで話したいこととは何事でしょうか。お嬢様」

 全メイドに指示を出してくださるメイド長の佐原さんが、銀フレームの眼鏡を直しながら怪訝そうに尋ねてこられます。

 それに答えたのは当然正嗣さんでした。

「率直にお聞きします。私と加奈子さんが結婚することについてどうお考えですか?」

 正嗣さんのおっしゃった言葉の意味を捉えようとしているのか、佐原さんは正嗣さんを真っ直ぐ見つめています。お互いに言葉を発しないまま少し経ち、ようやく佐原さんは答えをだしました。

「メイドとして長年平等院家にお仕えし、忠誠を誓っている身ですが、私は加奈子お嬢様が正嗣様とご結婚なさることに反対です。私達メイドは、加奈子お嬢様が銅島茂徳様に好意を抱かれていることは承知しております。一人の女性として、その気持ちを応援したいと思っております」

 喜ばしい言葉ですが、メイド全員に気持ちを知られていたなんて顔から火が出るような

思いです。これから私はどのような顔で過ごせば良いのでしょう。

 一方の正嗣さんは、満足そうな笑みを浮かべ、言葉遣いを崩して返しました。

「良かった。貴女方も俺と同じことを思っていて」

「は、はあ」

「実は俺達、この婚約を破棄したいと思っています。ご存知の通り親父達……というか俺の親父は、俺達が嫌だと言っても聞き入れてくれません。なので今はそのための準備を進めています」

 佐原さんは表情を変えることなく正嗣さんを見定めています。

「その一つとして、私達は今日呼び出されたわけですか」

「申し訳ありません」

「言葉だけの謝罪は結構です。前置きは分かりましたので、私どもは何を致せばよろしいのですか」

 やや冷たい返答に動揺することなく、正嗣さんは端的に答えました。

「皆様にお願いしたいことは一つだけ。加奈子さんのお父上様と加奈子さんが対立してしまった時は、加奈子さんの味方になってください。どれほどお父上様の意見の方が正しかったとしても絶対に」

「……正嗣様は?」

「俺は大丈夫です」

 その毅然とした態度がよろしかったのでしょうか、佐原さんは他のメイドを巻き込むことを許可してくださいました。それから数人ずつ部屋に招き、佐原さんにしたように頼み込んでいきました。その際、賛同してくれる方には正嗣さんが用意した誓約書のような物にサインを記して頂きました。そして最後に佐原さんのサインを頂きます。

「本当に正嗣様はよろしいのですか?」

「良いんです」

 受け取った誓約書を確認し、正嗣さんは安堵のため息を吐きました。今回の目的はこれで完了でしょう。すっかり陽も落ちてしまったようですし。

「では、目的は果たせたので失礼しますね。次の作戦が決まり次第また連絡します」

「ええ、また」

 しかし、私達は二日後に正嗣さんの連絡も待たずに再開することとなります。


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