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第二項:同盟は対等です。

第二項:同盟は対等です。


003


 婚約破棄同盟の目標は私、平等院加奈子と鳳凰堂正嗣様の望まない婚約を破棄し、かつ互いの本命との恋愛成就と安泰です。じっくりと根回しや実績を積み重ねて行きたいところですけれど、この同盟にはタイムリミットがあるようです。

「今年の十二月二十日が最低限界です。その日以降は強攻策をとられ、気が付けば結婚していた。なんてこともありえるでしょう」

 現在六月の梅雨入り前。半年程の猶予があるわけですけれど、それが十分なのか不足しているのか……、ドラマ一本の放映期間より倍の長さはありますから十分のように思えますが現実にしてみたら如何なものでしょうか。

 ちなみに十二月二十日が最低限界というのは正嗣様の誕生日だからであり、その日以降は婚姻届が受理されてしまうから、だそうです。

 役所の者に言って受理しないようにしてもらえばどうか、と提案してみましたが、実の親で権力も上のお父様達が相手では真っ当な自分達の届け出も効果がなさそうだと断られました。しかし、それでも前倒しにされる恐れはないと付け加えてですが。

 さて、同盟成立の翌日、休日ということで正嗣様は我が家に遊びに来られました。表面上は私達の親睦を深めるということになっておりますが、真の目的は正嗣様が私の想い人である、銅島茂徳どうじましげのりさんにお会いする計画を練るために来られました。今はまだ三人だけ(鳳凰堂家のメイド達は気付いているものの指示があるまで無干渉なので頭数に入れないそうです)の秘密にしたいそうなので、私の部屋に招き入れました。

「あの、正嗣様」

「正嗣でいいですよ。同盟を組んでいるんですから対等にいかないと」

 そうは言われても、急にそこまで関係が砕けるのも失礼な気がします。

「では正嗣さん」

「……なんですか」

 少し考えなさったようですが、この呼び方が妥当だと納得していただけたようです。そう言えば正嗣さんも私のことを加奈子さんとお呼びになっていたので、それ以上に砕けた呼び方にするのは正嗣さんも本当は避けたいのでしょう。対等というからには正嗣さんも呼び捨てにして頂かなければなりませんからね。

「正嗣さんが茂徳さんにお会いする必要があるのですか?」

「余計なお世話だと感じておられるでしょうが、この作戦には、互いに交際している相手がいた方が都合が良いのです。俺達は大丈夫ですが、加奈子さん達はまだだと伺ったもので」

 確かに余計なお世話ですけれど、正嗣さんが既に交際を始めているのは意外でした。てっきり私と同じように片思い中なのだとばかり……。

「私はその方に会わせてはいただけないのですか?」

 交換条件というつもりはありませんが、少しだけそういう知りたいのです。私も年頃の乙女なので、知人の恋愛事情にとても興味があるのです。

「もう会ってますよ」

 一瞬トンチを言われたのかと頭が真っ白になりましたが、冷静に頭を働かせて思い出せばすぐに理解できました。

「昨日お会いしたメイド。えっと、麻美さんですか?」

「ご名答。我が家でメイドとして働いている麻美さんです。フルネームは常盤木麻美ときわぎまみ

 通りで同盟成立時にわざわざ手を出すわけです。当事者の一人ですもの当然ですわね。

「今日は一緒ではないのですか」

「仕事の日ですから、プライベートに近いことはなるべくしたくないと断られました」

 メイドと交際しているわけですから、仕事と言ってしまえば四六時中一緒に居られると思いますけれど、順風満帆というわけにはいかないようです。

「それは残念でしたね。日を改めますか?」

「どうしてもというときは電話をすれば駆け付けてくれるって言ってくれましたから、予定の変更はいたしません」

 どうやら正嗣さんは半年の猶予を少ないと思っているようですね。急いで茂徳さんに会いに行きたいとおっしゃられました。

九十九つくも

 居なくてよいと言っているのに部屋の前に待機しているボディーガード、九十九を呼び茂徳さんの現在位置を割り出させます。

「茂徳様は現在、中央公園でバスケットボールの自主練習をなさっているようです」

「ではすぐに車を用意しなさい」

「はっ」

 そう言えば正嗣さんと麻美さんの関係は、私と九十九のようなもの。彼には幼少期から世話になっているので恋愛対象にはなりませんが、そういったこともあるんですね。世の中には私では想像のできないことが沢山あるようです。

 さておき、黒塗りの車を飛ばさせると数分で茂徳さんのいる中央公園へとやってまいりました。九十九には車で待機させ、私達は茂徳さんに気付かれないよう物陰から様子を伺います。

「ダンッ、ダンッ、ダンッ……シュッ!」

 茂徳さんはご自身の口で擬音を出し、ボールの無いバスケットボールを一人でなさっていました。

「……彼は大丈夫な人ですか?」

「誰よりも素晴らしい方ですわ」

 まあ、初対面でこの場面を見た正嗣さんが不安になるのも分からなくはないことかもしれないとだけ密かに思っておきます。

「麻美さんを呼びます」

 正嗣さんが電話をした一分後に麻美さんはバスケットボールのボールを持って現れました。本当は近くで待機していたのではないかと思えるほどに速い到着です。ここから正嗣さんの屋敷はそれなりに離れていると思いましたのに……まあ、車なら。

「想定よりも早いギブアップですね」

「ギブアップじゃなくでデリバリーを頼んだだけだよ」

 正嗣さんは麻美さんからボールを受け取ると、今だにボール無しバスケットボールを続ける茂徳さんの所へ駆け寄りました。

「ボールは使わないんですか?」

「ん……アンタ誰?」

「私立兵火(へいか)高校三年。鳳凰堂正嗣です。そう言う貴方は?」

「俺は公立・・兵火高校三年の銅島茂徳。気軽に茂徳って呼んでよ。茂ちゃんでも良いよ。でも茂さんだとちょっとおじいちゃんみたいだから嫌かな」

 茂徳さんは堂々と名乗りをあげると右手でピースを作って、爽やかな笑顔を見せます。

「では、茂徳はボールを使わないの?」

「ふっ、俺レベルになるとボールが無くても完璧に練習できるから」

 イメージトレーニングだけで完璧だなんて天才にも程がありますわ。流石は茂徳さんです。

「凄いですね。俺なんて何回も練習しなければ良い動きできないのに」

 正嗣さんがバスケットボールをやっているなんて聞いてませんけれど、茂徳さんを応援に行った大会でも見たことありませんし、体育の授業での話かも知れません。

「いやあ、俺は天才だから……なんて、本当はボールが破けちゃっただけなんだけど」

 照れ笑いを浮かべ、茂徳さんはカバンからペッタンコに潰れてしまっているボールを取り出しました。それはとてもボロボロで、長年大切に使われたことが良く分かります。

「ボロボロだ。結構使ってたのですか?」

「うん。俺が中学の時に父ちゃんが買ってくれたんだ。これでたっくさん練習して、エースになれよって」

「……思い出のボールなんですね」

「そっ。俺をエースに導いてくれたし、これだけは捨てられない」

「エース、なったんだ」

「へへん、これは嘘じゃない」

 大変嬉しそうに茂徳さんはエース宣言をしました。茂徳さんと同じく公火こうか(公立兵火をこう略しているそうです。ちなみに私立兵火は私兵しへい。なんだか勇ましいですね)に通う私の友人が言ってましたので、自称などではなく本当にエースで間違いありません。

「なるほどね。エースか……あのさ、俺と一対一やらない?」

「もちろん。俺は勝負を挑まれて逃げるような男じゃない」

 両手を腰に当て、険しい顔つきで茂徳さんはおっしゃいました。初対面の相手に対しても臆することなく挑戦を受け付け。とても男らしいお方です。

「そう、じゃあエースの実力が見たいから先攻どうぞ」

「ようし」

 コートの真ん中でドリブルをし、一度ボールをつく度に茂徳さんは集中し、次第に真剣な顔つきになっていきます。正嗣さんはおそらくほぼ素人。現役バスケットボール部の茂徳さんが負けるはずありません。

 正嗣さんが両手を大きく開いて膝を曲げたのを合図に、茂徳さんは一気に間合いを詰めて、川の流れの様に鮮やかに正嗣さんの横をすり抜け……。

「っと、なんだホーオードーくん上手いじゃない」

 なんと正嗣さんは茂徳さんの進行を防いでしまいました。私には何故茂徳さんが止まったのかわかりません。あのまま正嗣さんを押しのけてしまえばよろしいのに。

「茂徳さんは正嗣様が真正面に追いついたため、つい止まってしまったようですね。今から無理に突っ込むとファウルを取られるリスクがあるからです」

 ……とにかく下手に動いたら茂徳さんが不利になってしまうようです。審判がいないのにファウルを警戒するなんて茂徳さんは実戦を意識しておられる。そこを突くなんてなんだか正嗣さんは嫌らしい。もとい、知的な作戦です。

「正嗣で良いよ。鳳凰堂なんて長いだろ」

 正嗣さんは映画に出て来る悪者のような顔付きになられ、口調もなんだか乱暴になっていました。正嗣さんはいわゆる二重人格なのでしょうか。

「正嗣様は本来とてもお優しい性格なのですが、スポーツなど誰かと競い合うときはああいった強気な性格になられるのです」

「そうなんですか」

「優しい面とワイルドな面を備えているなんて素敵ではありませんか?」

 凄く惚気られてますわ。これが彼氏のいる女なのでしょうか。私だってすぐに……。

「んー、シューート」

 茂徳さんは後方に軽くジャンプし、放たれたボールは虹のように綺麗な放物線を描きながらゴールに吸い込まれました。気の抜けるような声とは裏腹にとても芸術的なシュートです。これには正嗣さんも唖然とするしかありません。

「じゃあ次は正嗣くんの番ね」

「絶対取り返す」

 正嗣さんもコートの真ん中で少しドリブルをしながら、茂徳さんが体勢を整えるのを待ちます。

 ダンッダンッとボールを弾ませた後すぐにボールを掴み、先程の茂徳さんと同じようにジャンプし、シュート。ボールは空高く上がり、そのままゴールへ落ちていきました。

「おお、正嗣くんはなかなか負けず嫌いなんだね」

 ボールを見送った茂徳さんはそんな風に感想を言いました。ゴールを決められた悔しさよりも、正嗣さんが自分と対等だと分かった喜びの方が勝ったようで、茂徳さんはとても嬉しそうにしております。

「さあ、次は茂徳だ」

「ん、でもルール追加ね。スリーは無し。せっかくだからレイアップかダンクだけにしよっか」

「オッケ」

 その後お互いに何本かゴールを決め、決着の着かないまま日暮れとなり、二人はコートの外に設置されていたベンチに並んで座りました。公火のエースを相手にここまで互角に戦えるだなんて、私は正嗣さんを侮っていました。

「あー、私兵にこんな強い人がいるなんて俺知らなかったー。なんで正嗣くんは試合出てないの? もしかして一年生?」

「三年だけど出場できないんだよ。俺は別にバスケ部ってわけじゃないから」

 終ったからか、正嗣さんは普段の柔らかい感じに戻りました。というか、さらりと茂徳さんを傷付ける様なことを言いましたね。わざわざ言わなくたって良いと思いますのに、やはり負けず嫌いなんですね。しかし、茂徳さんは全く気にしておりません。

「えー、勿体ないなあ。正嗣くんは俺と同じくらい上手いのに」

「ははっ、ありがとう」

「それに、正嗣くんは俺の次くらいにイケメンだから女の子からモテモテになれるよ」

 そういえば、確かに茂徳さんは女の子から声を掛けられていますね。試合が終った後など特に。

「俺はそんなにモテなくても良いかな……好きな人を振り向かせることができれば、それだけで」

「へえ、正嗣くんたら純情なんだねえ。ま、俺はそういうの嫌いじゃないけどね」

 ぐっと背伸びをした茂徳さんは立ち上がり、正嗣さんの正面に移動しました。もうお帰りになられるのでしょう。

「あっ茂徳、連絡先聞いても良いかな」

「そんなのお安いご用! 赤外線で良い?」

 私でも携帯電話の番号を尋ねるまでに二年は掛かりましたのに、ものの数時間で尋ねるだなんて……。

「よし。次は勝つから」

「んー、でももう少しで大会あるから、終わるまであんまり遊べないかも」

「遊びじゃないよ」

「へ?」

「大会で。俺もこれからバスケットボール部に入って、なんとしても大会に出る」

 茂徳さんと互角の試合をしたとは言え、三年のこの時期に入部しいきなり大会に出たいだなんて不可能。正嗣さんがいくら鳳凰堂グループの御曹司とはいえそんな横暴が通るとは思いません。いったいどんな手を使うのでしょうか。

「楽しみにしてるよ」

 固い握手をすると、茂徳さんは軽快に帰ってしまいました。

 一人になった正嗣さんはゆっくり立ち上がると、ドリブルしながらでゴールに近付き、ダンクを決める。というのを繰り返し始めました。私達が居ることをお忘れになってしまったようです。

 回数が増えるに連れてダンクを決める際の音が大きくなっていきます。当然ゴールの揺れも大きくなっていき、このままでは壊れてしまいそう。

 それから更に数回繰り返し、正嗣さんはようやくこちらに戻って参りました。先程までの荒々しい動きからは想像できない程の優しい顔付きです。

「お疲れ様です」

 麻美さんはどこからかタオルとスポーツドリンクの入ったペットボトルを取り出し、正嗣さんに渡しました。

「ありがとう。流石にエースなだけあって上手いですね」

「当たり前です。茂徳さんは小さい時からやっているのですから。正嗣さんはいつからバスケットボールを?」

「少し前からやってみたくなって、ビデオと本を参考にしながらうちの体育館で練習してました」

 運動神経が良いとはこういう方を言うのでしょう。その経験の少なさで茂徳さんと互角にやり合ってしまうなんて……。

「凄いですね正嗣さん。この調子で私兵でレギュラーになれるよう頑張ってください」

「あ、ありがとうございます。次の作戦ですが、今度の土曜日にまた平等院家へ伺ってもよろしいですか?」

 つまり今週の平日は特に行動をとらないようです。正嗣さんは部活に入るために使うのでしょうか。何はともあれ、この婚約破棄は正嗣さんの作戦に掛かっていますから私に異存はありません。

「もちろんです」

「ではまた」

 正嗣さんは短く別れの言葉を口にして歩き出しました。心なしか麻美さんは不機嫌そうですが、肩を並べて仲睦まじく帰って行きます。

 ……麻美さん、車ではなかったのですね。

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