田中さんはいつでも上品に遠回しです。
「ソーセージとは腸詰のことなのです」
次の講義を待つ休み時間、僕の隣に迷いなく座った田中さんは、僕の顔をまっすぐにかつ無表情に見ながらそう言った。
「牛や豚の挽肉に香辛料や塩を加えて保存食とします。その歴史は古く、古代ギリシャにも既にみられます。日本では独逸によるソーセージが一般的です。伯林発カリーヴルスト、バイエルン伝統ヴァイスヴルスト、フランクフルト名産フランクフルターヴルスト。ちなみにサラミやカルパスなどといったものもソーセージの親戚なのです」
「なのですか」
「なのです」
言うだけ言うと満足したのか、田中さんは机の上に置いた鞄を漁って、次の講義のノートや資料を引き抜いた。
「…………」
で、それっきり教科書の予習を始めてしまう。
思うに多分、一番初めの台詞が言いたかっただけなのだろう。田中さんはそう言う人だ。
で、そこで僕はふと思って、教科書に視線を落としている田中さんの横顔にちょっと訊いてみた。
「そういえば、ウィンナーってあるけど、あれもソーセージの親戚なのかな。似てる気もするけど」
「なのです。ウィンナーソーセージのウィンナーとはオーストリアの首都ヴィーンに由来します。羊の腸を使います」
田中さんは即答した。
「ちなみにお弁当で定番のたこさんウィンナーは日本独自の調理法だったりします」
豆知識までついてきた。
妙なところで博識だなあと感心する。こうして田中さんが披露する知識には大抵脈絡がない。
「ユーヤさんはソーセージは好きですか?」
僕が次の講義に備えるでもなく、暇なので田中さんの横顔を眺めて、田中さんって睫毛長いんだなあなどと鑑賞していたら、依然として教科書に視線を固定したままの田中さんが唐突に訊いてきた。
訊いてきたのが田中さんだから、まさか卑猥な質問じゃないよなあと思いながら、ちょっと考える。
ソーセージねえ。
「まあ、好きな方かな」
「そうですか。ではホットドッグは」
「好きだねえ」
「そうですか。ちなみに私も好きです」
そう言ったきり、田中さんは黙ってしまう。ふうん、と返してまた田中さんの横顔鑑賞に戻りながら、僕はまたちょっと考えた。それでちょっと思い出し、ああ、と納得して、僕は自分の財布の中身を思った。
そういえば、学食の前にホットドッグの屋台が来てたな。
「田中さん、後でホットドッグ食べる?」
「食べます」
く、と僕の方へまっすぐに視線を上げて、田中さんは力強くそう言った。
妙な事ばかり博学な田中さんは、今どき稀な苦学生だったりする。