鬼と蛇
「それにしてもさ、どうして若様は若い闘鬼を連れて行ったのだい? 闘鬼のだんな」
と銀猫が顔を上げてから言った。
残っているのは顔なじみの闘鬼で、賢が供に連れて言ったのは若い闘鬼だった。
「人間の微弱な能力ならともかく、闘鬼殿の妖気ならすぐに敵に気づかれるからではないじゃろうかの」
とどこからともなく青帝の声が響いてきた。
「なるほどニャー」
と銀猫が大きなあくびをした。
「闘鬼の旦那は平成じゃ日本で一番強い鬼だにょん。それでもこっちの九尾の狐の方が強いにょんか?」
部屋の大きさを考えてかなり小さいが今の水蛇は正体を晒し、水色に光る大蛇の姿になっている。
「楽勝だ」
と金色に光る闘鬼が答えた。
「なら、さっさと行って捻ってくりゃあいいだろ」
と赤狼が舌を出しながら言った。
「アホだな」
と闘鬼が言い、赤狼がこめかみに怒りマークを現しながら身体を起こした。
「はあ?」
「重要なのは、九尾の狐を倒す事よりも我々が平成に戻る事だ。そのタイミングの問題だ。千年もの時を巡るのだぞ? 大妖である九尾の狐を極限にまで追い詰めた時のその爆発的なエネルギーが必要なんだ。少しは考えろ、その赤い頭で」
と闘鬼に言われて赤狼はけっと横を向いた。
「そっか……闘鬼さんは一度それを経験してるのね?」
と言う和泉に闘鬼はふっと笑った。
「俺は置いていかれたが、まあ、皆の姿が消えたのはこの目で見た。だが無事に平成に辿り着いたかは知らん」
「そっか。まあでも万が一、よそへ行ってしまっても皆で一緒なら心細くないわね」
と和泉が笑ったので、銀猫がにゃーと鳴いて、橙狐はケーンと鳴いた。
「客が来ているようだぞ?」
と赤狼が大きなあくびをしながら呟いた。
皆が一斉に御簾の向こうを見てヒソヒソとしだした。
「蛇にょん! 何とか丸だにょん!」
蘭丸に危うく喰われかけた水蛇は鎌首をもたげてシャーッと威嚇した。
緑鼬が器用に両手で御簾を上げると、部屋のすぐ側の欄干の外側に人間姿の蘭丸が佇んでいた。
「あなた、蘭丸さんよね? 泰親様の式神なのにお供についていかなくていいの?」
と和泉が声をかけた。
蘭丸はそれには答えず、ただじっと和泉達の方を見ている。
「喧嘩しにきたなら相手になるぞ」
と赤狼が身体を起こそうとした。
「一対一なら負けん」
「格好いいにょん。がんばれ赤狼。蛇の蒲焼きにしてやれにょん」
と水蛇が無責任にあおった。
「喧嘩をしにきたわけではない……」
と蘭丸が言った。
その蘭丸の視線は闘鬼の元にある。
「ただ、その……」
「闘鬼さんに何か用なんじゃないの?」
と和泉は闘鬼を見たが、闘鬼は薄ら笑いをしているだけで動こうともしない。
「そういえば、あの蛇に目を潰されたらしいな。リターンマッチしてこいよ」
と赤狼も言った。
「赤狼君も、水蛇さんも、煽らないの! 闘鬼さん、私達はもうすぐ平成に帰るのよ。そうしたらもう二度と会えないんだし、話を聞いてあげたらいいわ」
「何があっても和泉から目を離すなという任務の途中だ」
闘鬼は面倒くさそうにそう言っただけだった。
その冷たい言葉に蘭丸は少し悲しそうな顔をして、そして力なく背を向けた。
「ま、待って!! 蘭丸さん!」
和泉は慌てて蘭丸を呼び止め、
「そこの庭に出るくらいいいじゃない。私達は御簾のこちらでいるし、話は聞かないわ。ね?」
と和泉が言った。




