客人
執務室で賢の代理として仕事をしてる仁の元を正隆が訪問したので仁は少し驚いたような顔で正隆を迎えた。
「お仕事中申し訳ありません。土御門さん」
「いえ、どうぞ」
と仁は正隆へ椅子を勧めた。
ソファへ座る正隆を見て、仁は首をかしげながら自分も向かいへ座った。
正隆とは初めて会う事になるが、親同士のつきあいから仁はその存在を知っていた。
噂通りのイケメンで、スマートな男だった。
良家の子息らしく、持ち物も洋服もセンスが良い。
まあイケメンはスーツ着てても破れたジーンズ履いててもイケメンだしな、と仁は思った。
「お忙しいんでしょうね。こういうお仕事は」
と正隆が言ったので、仁は「ええ、まあ、そうですね」と曖昧に答えた。
「美登里さんからいつもお噂はお伺いしていますよ。あなたの下で働けて本当に幸せだと」
それを聞いて仁は苦笑いた。
「それは兄の事じゃないですか。私は今、兄の代理なんですよ。美登里さんは本来は兄の片腕ですから」
「もちろん御当主の賢さんの事は聞き及んでおりますが、仁さんも霊能力が高くすばらしい陰陽師であると、美登里さんの話題はいつも仁さんの事なんですよ」
と言って正隆は快活に笑った。
「美登里ちゃんにそんなに褒めても何も出ないと伝えてください」
と仁も気さくに言い返した。
「そういえば御当主の賢さんはご病気で療養中だとか、一度お見舞いに伺わせていただきたいと思っております」
「……大変、ありがたいお言葉ですが、お見舞いは一族の者も控えてもらってるのですよ。集中して完治を目指したいので。お気持ちだけ伝えておきます」
「そうですか、実は美登里さんにもそう言われてまして……ですが……」
「何か?」
「仁さん、御当主のお身体が回復し、業務に復帰できるまでは結婚の話はタブーとなりますか?」
「はあ?」
素っ頓狂な声が出た。
「実は美登里さんとは結婚を前提におつきあいを、と思っております」
仁はちょっとはにかんだような照れたようなにやけたようなイケメンをまじまじと見た。
「それはそれは」
「いや、それが、美登里さんにはいい返事を頂けずに」
「何故です?」
「二人で食事に行くくらいのつきあいなら構わないけれども、結婚の事は御当主のお身体の回復がしてからでないと考えられないと」
「……」
賢がいつここへ戻るか、そもそも戻るかどうかも分からない状態では、期限も決められない。陸と美優も賢が戻れば結婚と決めているが、二人は当事者でもありすでに一緒の屋敷内で暮らしていて夫婦同然だ。
賢と和泉の無事を確認してから、という美登里のけじめも分かるが、それを他人の正隆に強いるのは少し違う様な気がする。
そもそもいつになるか分からない話で、正隆が待ってくれるとも限らない。
正隆に去られ、四十になっても五十になっても、となったら美登里ちゃんはどうするつもりだろう、と仁は思った。
「美登里ちゃんは真面目ですから。でも当主の回復を待つ義務はありませんし、めでたい話があれば当主も回復が進むやもしれません。その気がおありならどうぞ、美登里ちゃんを幸せにしてやってください。美登里ちゃんは私の妹も同然なんです。幸せになる機会を逃さないで欲しいですね。きっと兄の賢もそう思っているはずです」
「そうですか! 仁さんにそう言っていただければ心強いです。ありがとうございます」
と正隆はにこやかに言った。
本当に美登里の事を好きで結婚したいと思っているのならば祝福してやりたい。
一族のしがらみもあるが、結婚は好きな相手としたほうがいい。
美登里が好きで正隆も同じ気持ちならば賢と和泉の帰りを待たずともいいと仁は思う。
「もちろん美登里ちゃんの幸せになる事ならば全力で応援させていただきますよ」
「ありがとうございます。御当主代理の仁さんにそうおっしゃっていただけたら、きっと美登里さんもうんと言ってくれるでしょう」
「ですが、正隆さん」
だが気になる事があると言えばある。
「はい?」
「結婚というのは家同士の関係もあります。姻族となりつきあいが始まりますし」
「そうですね」
「この度、あなたと美登里ちゃんは見合いにより交際が始まったんですね。うちの両親も美登里ちゃんの両親も願ってもないご縁だと喜んでおりますよ。格式とか家柄を重視する世代ですからあなたのバックボーンは年寄りには好ましい。その上、眉目秀麗、成績優秀、将来性も抜群と、一族中で美登里ちゃんを応援しておりますよ」
「恐れ入ります」
照れたような表情で正隆は少しだけ笑った。
「ただ、あなたのご両親、特にお母上は反対なさっているようですね?」
「え……いや、それは」
「私としてはあなた方の事に口を出すのは不本意です。しかしご両親に反対されての婚姻は継続も難しい。ご両親が何を理由に反対されてるのか、それを伺いたいですね」
「それは……」
「私は美登里ちゃんに幸せになって欲しい。彼女は一族の直系に一番近い娘なんです。その気になれば縁談はいくらである。天皇家へ嫁がせても恥ずかしくないように育ててきました。そんな美登里ちゃんの何が反対なのか、教えていただけますか?」
「……」
「別に良家へ縁づかせたいとか、名家でなければ、裕福でなければ。と言っているのではないのです。皆に祝福された結婚をさせてやりたいだけなんです。好きだという気持ちだけで嫁入りを果たしても歓迎されない家での生活は厳しい。違いますか? 何が原因でお母上は反対されているのですか?」
自分の事を眉目秀麗などと褒めそやしたが、そう言った本人の方がよほどに容姿端麗で綺麗な顔をしている、正隆はそんな事を考えていた。
最近代替わりした現当主は若いながらもかなりの遣り手だと聞いていたが、その当主代理の弟もかなり頭が良さそうだ。
それにこの雰囲気。目には視えないが、当主代理の周囲に漂う妖しげな気配。
当主代理を守っているのか、少しでも近づいたら何かに襲われそうな気がする。
土御門家に近づくにつれて視えていた怪異は神道会館へ足を踏み入れた瞬間に消えた。
それは客人の視界に入らないようにとの配慮だろう。
普通の人間ならば視る事のない怪異を正隆は視る事が出来る。
恐ろしい物が大半で、逃げたり悲鳴を上げたりするような者ばかりだった。
だが正隆は悲鳴を上げなければ逃げ出す事もしなかった。
それは誰にも視えておらず、父親や母親は何かを視る正隆の言い分を無視した。
訴えても訴えても、それは無駄だった。
例えばそれが正隆の妄想だったとしても、両親は正隆の事を病院に連れていく事もしなかった。それは「気のせい」「勉強疲れ」であって、精神的な病などあり得ない。
政治家の家は息子の病よりも世間体をとった。
ましてや妖が見える、死者が見える、などは言語道断。
幼い正隆の言葉は無視された。
それから正隆は悲鳴も上げないし、逃げ出しもしない。
ただじっと耐えるだけだった。




