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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第六章
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式神達4

 四方から来るシュラの尾をイチローは持ち前の俊敏さで軽々と避けたが、イチローのいた場所にシュラの尾は深々と突き刺さった。

 それはふさふさとした尾の一本ではなく、禍々しく尖り、黒いトゲトゲとした金属的な武器だった。

「ハッ」

 とイチローは息をついてシュラの方へ振り返った。

 黒い金属が突き刺さった床は一瞬、白いもやが沸いた。

 断末魔の悲鳴があがり、その床を形成していた妖が一匹消滅した。

 だがすでに床は再生される。 

 一本目の黒いトゲトゲ金属はすぐさま形勢を立て直し、またイチローの方へ向かってきた。それに続いて二本目の尾が巨大な西洋の斧のような形に変化した。

 シュラはその場から動かない。

 ただニヤニヤとした顔でイチローを見ている。

 斧はイチローの身体を横殴りに攻撃し、黒いトゲトゲが真上からイチローを叩き潰そうと狙ってくる。

 まだ若く俊敏なイチローはこれらの攻撃を上手に避けたが、シュラの攻撃がヒットする床や壁からは悲鳴があがり続ける。シュラの尾が刺さる度に轟音がして亀裂が走り、妖達は瞬時にその結界を回復しようとする。


「どうした? 逃げてばかりじゃ話になんねえな。狼族自慢の火炎はどうしたぁ?」

 そう軽口を叩きながらもシュラの二本の尾の攻撃は止まない。

 イチローを見切ったのか残りの三本の尾は消えてしまった。

 二本もあれば充分という事なのだろう。 

「ク」

 シュラの二本の尾は素早く、鋭く、あらゆる方向からイチローに向かってくるので、イチローはそれを避けるのに精一杯だ。

 黒い炎もちらちらとイチローのテンションとともに身体全体から立ち上ってくるが、それを攻撃に転ずる暇がない。


 イチローは何度目かの斧の攻撃を避け、振り返った。

 完璧に斧は避けたつもりだった。

 だがシュラの斧はすぐさまその姿を斧から網目状の巨大な袋に変えた。

 振り返った瞬間、イチローの身体はその袋にとらえられた。

 気がついた時にはイチローはシュラの尾で出来た袋の中にいた。

 毛の一本一本がかなりの硬度をもったワイヤーのような物である。

 ワイヤーで絡み合い編み上げられた袋。

 イチローは慌ててそのワイヤーを噛みきって脱出を図ろうとするが、イチローの牙でも歯が立たないくらい固い。噛みついても噛みついてもびくともしない。 

「ふふっ」

 とシュラが笑った。 

 黒いトゲトゲした金属状の尾が振り上げられ、イチローの身体めがけて急降下してきた。「キャイン!」

 とイチローが鳴いたが、イチローに逃げ場はなく攻撃を仕返す隙もない。。

 トゲトゲは何度も何度もイチローの身体を打ち付け、黒い毛皮は酷く傷んだ。

 毛皮が剥げ、地肌から血が滴り落ちる。

(ドウスル……ドウスル…ドウスレバイイ……ドウタタカエバイイ……アニキナラドウスル……)

 身体を丸めてイチローは編み目の隙間からシュラを見た。

 シュラはすでに立ってもいなかった。

 横座りになって二本の尾を自在に操っている。

 壁の中にいる顔見知りの妖に軽口を叩く余裕さえありそうだ。

(ハヤクダッシュツシナイト……イマ、ミドリサンにヨバレタラマズイ……)

 イチローは焦っていた。

 ここまでシュラとの戦いに差が出るとは思っていなかった。

 シュラが土御門百神の中でも強者だとは知っていたが、自分とて赤狼の子神だという誇りがあった。

 修練の最中にでも主人である美登里に呼ばれればイチローはすぐさま主の元へ駆けつけねばならない。シュラもそれは承知しているから、すぐに攻撃をやめてしまうだろう。

 そうなるとイチローは「主に呼ばれたおかげでシュラの攻撃を勘弁してもらい、命が助かった」というような形になる。

 なんとか今すぐに自らの力で脱出しなければならない。勝負は負けても構わない。元々胸を借りるつもりだった。だが主のおかげで命からがら逃げ出した、は避けたい。

 

「降参なら降参でいいぞぉ。話になんねえ、弱すぎる。赤狼の子神だかなんだか知らねえが、こんな弱ぇ子神しか生み出せねえなら赤狼も引退だな。最近はもっぱら奥方の茶の相手しかしてないようだが、納得だぁ。へっへ」

  

 イチローは最大限に身体を縮めて身を守る体勢になった。

 シュラはイチローが息も絶え絶えだと見た。

 生意気な狼族、特にあの生意気の王者・赤狼の子神にまで偉そうな顔をされるのは我慢ならない。二度と逆らえないように叩きのめしてやる。少々痛めつけたところですぐに回復するし、これは修練で願ったのはイチローの方だ。

 シュラは痛めつけられるだけ痛めつけてやろう、と思った。

 あの黒い毛皮をぼろキレにしてやればさぞかし胸がずっとするだろう。

 シュラはそんな事を考えてにやにやしていた。


 イチローは編み目の隙間からシュラを眺めながら精神を集中した。

 トゲトゲ金属の攻撃は止むことがないが、派手にやられて見せながらも防御力をアップする。 

 なるべくシュラの攻撃に手も足も出なくてぼろぼろのイチロー、を演じつつ精神力を集中、高めていく。


 シュラはイチローをいたぶる事が面白くて仕方がない様子だ。

 周囲の壁や床の妖達に見せつけるように派手に尾を動かす。


 ぼやっとイチローの身体から黒い何かが立ち上った。

 うっすらとしたそれはほぼ目には映らない。

 イチローは用心深くそのうっすらした何かに集中した。

 それはシュラの袋の編み目から少しずつ少しずつ抜け出した。

 本当にごくわずか、微量なソレは編み目から抜け出した後もゆっくりとゆっくりとシュラに気づかれないように移動した。


「ガアアアアアアアアア!!!!」 

 と急にイチローが吠えた。

 袋の中で暴れだし、無理だと分かっていながらも編み目のワイヤーを噛みちぎろうとした。ワイヤーは固く、逆にイチローの口内や牙を傷つける。


「必死の抵抗がそれか?」

 とシュラが言った。

「イタイイタイイタイイタイ!!!」

 酷く暴れるイチローにシュラはすっかり呆れ顔だ。

「はあ~つまんねぇな」

 とシュラがため息と嘲笑の笑みをこぼしたその瞬間。

 シュラはすっかり油断していた。

 痛がるイチローを哀れに思い、攻撃の手を止めてやろうとさえした。


「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」

 突然、シュラが悲鳴を上げた。

 シュラの背後から忍び寄ったイチローの分身、黒狼がシュラの喉元へその鋭い牙で確実に食らいついていた。

 イチローの分身は極限までその姿を薄く薄くしていたので、戦いを見物している妖達の中でも妖力の低い者には何故シュラが苦しんでいるのかすら分からなかった。

 ただ喉元が妙な形に変形していき、シュラが息苦しそうに喘いでいるだけだった。

 イチローを攻撃していた尾は一旦は止んだが、憎々しそうにイチローを見たシュラがまた尾を振り上げた。

「このクソガキ!!!!!!!!!!!!」

 シュラのトゲトゲ金属は激しさをましてイチロー本体を叩き始めた。

 イチローの分身黒狼もがっちりとシュラの喉元をくわえ込んで離さない。

 どちらかが力を緩めるまで、勝負はつかないだろう。

 だがどちらもプライドに賭けて自分からは降りない。 

 シュラは複数尾を持つ天の狐として、イチローは日本狼最後の長の子神として、それぞれのプライドに火がついた。

 永遠にでも絡みつき合って戦い続けるしかない。


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