美登里、意見する
「美登里さん、なんかよい知らせでもあったんですか?」
と美優が言ったので、美登里は不思議そうな顔で美優を見返した。
「いいえ、なぜですの?」
「え、なんか楽しそうだから」
美優は親とも縁を切った後、本家で暮らしている。あの事件の後、両親は姿を消し行方が知れない。ひとりぼっちになってしまったような気がしていたが、先代夫婦が美優を実の娘のように可愛がってくれるし、和泉がいない今は何かと頼りにしている。
十二神が召喚された後は賢と和泉がいつ戻るかという新しい期待が生まれている。
賢と和泉が戻るまでに少しでも本家の中で役に立つ位置にいたいと美優は頑張っている最中だ。大学へ通う傍ら、美登里に教えを乞い土御門家の歴史なども勉強中だ。
キッチンに立って料理をしたり、式神達の世話をしたりとなかなか忙しい。
今日も昼食後、和泉を真似て菓子作りに挑戦中だった。
甘い匂いに誘われて、犬神達がふんふんと鼻を鳴らして美優の足下に集まって来ている。そこへ美登里が顔を出し、一緒にいるイチローに犬神達は尻尾を垂れている。赤狼の分身であるイチローはまだ子供だが、力が半端ないくせに全力でじゃれつくからだ。
「あ、あら、そう? でも何もありませんわ。そういえば、美優さん」
「は、はい、何でしょうか」
「陸さんと結婚のお話が進んでますの?」
美優ははっとしたような顔で、
「すみません、こんな時に」
と言った。
「別にあなたを責めてるわけじゃありませんわ。でもあなた大学へまた通ってらっしゃるんでしょう? 卒業なさってからの方がいいんじゃありません?」
「ええ、もちろんです。それに御当主様と和泉さんが戻られてからの話です」
「そう、そうね。その方がいいわね……それに仁様もそろそろそんなお話がでますわね」
「仁さんですか?」
「ええ、一族で妙齢のお嬢様がいらっしゃる方はそろそろ動きだすでしょう。陸さんにくるお話の分まで仁様に集中するでしょうね」
と言って美登里が笑った。
美優はボウルに入れた卵黄、粉、砂糖、バター、乾燥フルーツを混ぜながら、
「美登里さんは? そういうお話が来るんじゃないですか? ってか、本当は賢さんの婚約者だったんでしょう? 賢さんが和泉さんと結婚したから、仁さんとはどうです? 美登里さんて一族で一番本家に近い娘さんなんでしょう?」
とずけずけと聞いた。
「あら」
と美登里が笑った。
「婚約者だとか、たしかにそんな事もありましたけど。賢様が和泉さんを選ばれたように、皆さんお好きな方とご結婚なさった方が良いですわ。仁様もどなたかよい方がいらっしゃるでしょう。私だってお見合いのお話の一つや二つありますのよ」
「え、美登里さん、お見合いするんですか?」
「いいえ、それはもう終わった話ですわ」
「お見合いしたんですか? どんな人です?」
美優はボウルの中身を型に流し込んだ。
「まずは180度で15分! 切れ目を入れてそこから30分! おっけー、さあ、美登里さん、焼き上がるまで時間はたっぷりあります!」
「美優さん、おつきあいが始まったというならともかくもう終わったお話よ?」
「どんな人だったんですか?」
美優の目がキラッキラしている。
「どんなって……」
「お茶でもいれましょう!! ささ、座ってください!!」
美優は美登里にキッチンの椅子を勧めた。
食事をとるダイニングは別だが、キッチンにもテーブルと椅子がある。
そこでは女性達のお茶会が開かれない日がない。
キッチンで顔を合わせたらまず「お茶でも」となる。
美登里は仕方なく椅子に座った。美優ははりきってやかんを火にかけて、ティーバッグを取り出した。
「ご縁がなかったお話ですわよ」
まさかその場で「この話はなかったことに」と相手の母親に言われたとは言えない。
「でも、そうね。相手の方は土御門とは全然関係のない方でしたけど、イチローが視えたんですのよ」
「え、イチロー君が?」
と美優はイチローの方に視線をやった。
美優は視る力がない。霊能力に関した力は少しもないのだが、式神達は自分の力で美優に視せる事が出来るので、美優には美登里の足下にいる寝そべってイチローや美優の背後に行儀よく座っているジュウガやパッキーも視える。
陸からそういう希望が出ており、土御門家のすべての心優しい式神達はその願いを叶えているのだった。
「そうなんですかぁ。へえ、イチロー君が視えるなんて、凄い! なんだか縁がありそうですよね!」
「正直、相手の家の方に私達、土御門を理解していただけないと難しいでしょう。妖や霊との関わりが家業なのですから。私は結婚しても土御門の仕事を辞めるつもりはありませんし」
「そうですよねぇ。美登里さんが結婚して土御門をやめちゃうなんて考えただけでも無理!」
「あら、どうしてです?」
美優は沸いた湯をカップに注ぎながら、
「だって美登里さんは私のお師匠様ですもん。私、一日五回は美登里さん探してますもん。和泉さんだって美登里さんを頼りにしてると思うし、いなくなるなんて絶対無理!」
「でもね、仁様がご結婚なされてその方が本家に入られたら、私はもうこの家に出入りは出来ませんのよ。会館の方へはお仕事に参りますけど、本家の事に口出しはもうしませんし、あなたが和泉さんを助けて、仁様の奥様にいろいろ教えてさしあげなくては。仁様が土御門から奥様をお迎えになるのならともかく、よそから来られる方ならばいっそう、あなたの力が必要ですわ」
美優は美登里の方へ紅茶のカップを差し出してから、顔の前で両腕で大きくバツをした。
「絶対無理!」
「美優さん」
「それは……がんばります。私だって陸先輩の役に立ちたいし、和泉さんの力にもなれればいいなぁと思ってます。けど、美登里さんもいなくちゃ……ってか、美登里さんが仁さんと結婚すればいいのに。それで解決じゃないですかぁ!」
美登里ははぁと息をついた。
「美優さん、あなたの都合で仁様に無理な結婚を願うのはやめなさい。賢様がそうだったように、仁様もお好きな方と結婚されるべきですわ。あなたも陸さんと結婚するのは陸さんが好きだからでしょう? 土御門の今後の事はあなたが頑張れば解決する話ですわ。よろしいですわね?」
「はぁい」
美優は半泣きになって自分も紅茶をすすった。
「何、また美登里ちゃんに怒られてるの?」
と仁が言いながらキッチンへ入ってきた。
「美登里ちゃん、お手柔らかに頼むよ」
とその後から陸も入って来た。
「あらあら、仁様、陸さん、お茶ならダイニングへお運びしますわ」
と美登里が慌てて立ち上がる。
「いいよ。もうここで。何か良い匂いがするから来ただけ」
「あ」
と言って美優が立ち上がって、オーブンの方へ走る。
「美優のお菓子はまずくはないんだけど、なんか、固かったり、生焼けだったりするんだよな。和泉ちゃん、早く戻ってこないかな」
と陸が小声で言ってから空いてる椅子へ腰をかけた。
「何となく外でスイーツ買うの禁止みたくなってるからなぁ。よそで買ったケーキは式達も食べなくなったし。だから美優ちゃんが頑張ってるんだろ」
と仁が言い、
「そうですわ。陸さん、あなただけでも頑張って食べてくださいな」
美登里の言葉に仁が吹き出した。




