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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第五章
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美登里、イチローの自慢をする

「犬なんていないじゃありませんか。美登里さん、気になさらないでね、時々おかしな冗談を言うんですの」

 と正隆の母親が取りなすように言った。

 美登里の母親はどう口を挟んでよいやらで困ったような顔をしている。

「え?」

 と美登里が伺うような顔で正隆の母親を見た。

「ですから、その、時々おかしな冗談を言うだけですわ。気になさらないでね。昔からそうですの」

 正隆の母親、如月夫人はそう言ってから口をナプキンでぬぐった。

「はあ」

「きゅーん」

 とまたイチローが鳴いた。

 正隆は肩をすくめて美登里を見た。母親には何も言い返すつもりもなさそうだ。

 つまり正隆には少々の霊感があり式神が視えるのだろう。

 だが正隆の母親にはイチローが視えない。

 美登里にも覚えがある。自分が視える物を親も視えるとは限らないのだ。

 犬だとか猫だとかならまだいいが、屋根の上の人間、トンネルの中の黒い影、地面から出てくる無数の腕だとか。

 だが美登里は土御門の一族で、周りには賢や仁がいた。

 妖を友として育つような同じ性質の子供達が。

 妖や霊、中には攻撃をしかけてくるような悪霊などが視える、それは幼い子供には酷な事である。正隆は子供の時分からそれを親に言い、そしてこの母親は「おかしな事を言う子供」で済ませてしまったのだ。

「美登里さん、本当に気になさらないで。大事な時に冗談を言うおかしな癖があるんですの」

 おほほほと笑う如月夫人の顔は引きつっていた。

「いいえ、おりますわ。私の相棒ですの。でも犬じゃありませんの。日本オオカミの末裔ですのよ。とっても優秀な子なんです。イチローと言いますの」

 と美登里が言った。

「み、美登里さん」

 如月夫人は仰天したような顔で美登里を見た。

「日本オオカミの末裔かぁ、道理で格好いいと思ったら」

 と正隆が言い、美登里も

「そうでしょう? 自慢の子ですのよ。まだ子供でやんちゃですけど」

 と返事をして笑った。

 如月夫人はぽかんとしてから、そしてはっと我に返り、ようやく美登里を不審げな目で見た。

「如月さん、私達は土御門の人間ですから、人様が視えない物が視える者もおりますの。 私はよそから嫁いだ身でそういう性質はありませんが、娘は昔から視えますの。この子の祖母、私の義母の姉は先々代の御当主ですの。美登里は土御門で一番直系に近い娘ですからそういう性質があるのはご理解いただきたいですわ」

 と美登里の母親が言った。

「そういう性質って……」

 如月夫人は美登里の母親を見て、美登里を見た。それから息子に視線を移した。

「土御門さんをただの古い家柄だと思ってたのかい? お母さん、土御門家といえば、元は平安時代から続く陰陽師の家系なんだよ。霊や狐狸妖怪の専門家なんだ。お母さんがそういうのを信じない質なのは知ってる。それはお母さんの勝手だし、僕に押しつけるのももう慣れたけど、それを扱うのが生業の土御門さんに失礼な態度は許さないよ」

 と正隆が母親に言ってから美登里を見た。 

「お母さんには視えないかもしれないけど、美登里さんの足下には真っ黒なオオカミが座っている。彼は美登里さんの護衛なのかな?」

「この子は式神ですの。私の眷属ですわ。でも主従関係よりは相棒だと思ってます。私を護ってくれる、頼りになる相棒ですわ」

「へえ、式神かぁ」

 正隆が感心したように言った。

「とても賢い子ですの」

 美登里が自慢そうに微笑んだので、イチローが「わんわん」と言って胸を反らすようなそぶりをした。

「いつでもあなたの側に?」

「ええ」


 如月夫人が席を立った。

「私、失礼させていただきますわ。このお話はなかった事に。まさか、こんな、正隆さん、帰りましょう」

 如月夫人の顔色は真っ青だ。

「まあ、大丈夫ですの?」

 と美登里が言い、正隆はため息をつきつつ立ち上がった。

「申し訳ありません。今日は失礼します。もっとお話を伺いたかったんですが」

「いいえ、お母様を早く休ませてあげてくださいな」

「すみません。今日はお会いできてよかったです」

 体が震え顔色も真っ青の如月夫人の腕を取り、正隆は個室を出て行った。


 やがて美登里はまた席につき、まだ手をつけていなかった皿のステーキをもぎゅもぎゅと食べ始めた。

「美登里さん」

「お母様も残ってますわよ。もったいないわ」

「そうね」

「それにしても、お母様。こんなお見合いみたいな真似はもうやめてくださいな。しかもその場でこのお話はなかった事に、と言われるなんて。みっともない」

 美登里は怒りにまかせてステーキ肉を切り分けた。

 とはいえ、極上和牛なのでスッとナイフが通るような柔らかい肉であるが。

「それは……でもこのお話は先方からいただいたのよ。息子がいつまでも一人で心配だからって、年の頃はちょうどいいから、一度お会いできませんかって。本当を言うと、そう深く知っている方ではないの。ご主人の如月先生の方がお父さんの知り合いで」

 美登里の母親はため息をついた。

「私の写真を見せなかったんですの?」

「あら、もちろんお見せしたわ。そしたら、是非ってあの奥様が」

 美登里は眉をしかめた。

「変わった方ですのね。私の写真を見ても、お見合いさせたいなんて」

「あなた、そう自分を卑下しなくてもいいじゃないの。あなたは自分で思ってるよりも美人ですよ」

 と母親が言った。それから、

「ほんの少し……体が大きいだけで」

 と付け加えた。

「あなたも賢さんとならちょうどよかったのにね。賢さんといえば、その後ご病気はどうなの? お見舞いもご遠慮くださいと先代様から言われてるわ。和泉さんもあのお身体では看病も大変ね。それに早く次代様をお生みになってくだされば安泰なのに、と皆さんおっしゃってますよ。でも仁さんも陸さんもいらっしゃるし、次代様の心配はいらないかしらね。そういえば、陸さんと美優さんがご結婚されると聞いたのだけど本当なの?」

 とさらに付け加えた。

 美登里は返事をする気力もなくして、黙々とステーキをたいらげた。

「でも素敵な方じゃない、正隆さん」

「そうですわね。でもこのお話はなかった事にと言われたのですから、まあ、ご縁がなかったという事ですわ」

「そうねぇ」

 と残念そうに母親が言った。

 賢と和泉の子供云々の話よりも、美登里を結婚させて子供を産ませる事の方が切羽詰まっている。先方から来た話だったし、正隆はなかなか好男子だったし、で少し期待をしてしまったのだが。でもあの母親では美登里は苦労するかもしれない。自分が義母にしたような苦労はさせたくない、というのも本音だ。

 デザートにコーヒーまで食べ終えいざ店を出ようとした時に、

「お支払いはお済みでございます」

 と言われさらに正隆の好感度はアップして、

「素敵な方なのにねぇ」

 と母親はつぶやいた。

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