美登里、焦る
「式達はどこへ行ったのでしょう。賢様に召還され何と闘っているのでしょうね」
と美登里がつぶやいた。
道場でごろごろと居候を決め込んでいた十二神の姿が消えた。
賢からの召還である事は間違いない。
式神の筆頭である闘鬼が自ら足を踏み入れたのだ。
その先にいるのは賢と和泉に違いないだろう。
「まあ、二人が無事でいるって事だし、いいじゃん」
と返事をしたのは陸であるが、その陸の頭をコツンと叩いて仁が、
「無事かどうかなんてどうして分かるんだ? よほどの危機に式を召還したのかもしれないだろ」
と睨みつけた。
「無事だと思うけどな。だって式を召還したのはまー兄、まー兄が生きてるって事は和泉ちゃんも生きてる。だって和泉ちゃんに何かあったら、まー兄は生きていないさ」
「……」
仁と美登里は顔を見合わせた。その理論に美登里はふっと笑ってうなずき、仁もぽりぽりと頭をかいた。
「まあ、確かにそうだな。それはあり得る」
「だろ? 例え危機でもまー兄が召還した式は土御門最強の十二神だ、きっと勝って帰ってくるよ」
どこまでもポジティブな末弟に仁ははあっと深いため息をついた。
ふんふんと鼻歌を歌ってから、陸は立ち上がった。
「今日は美優と外食すっから晩飯いらないから。仁兄もたまには美登里ちゃんに息抜きさせてあげれば?」
と楽しげに出て行く陸を見送りながら仁は、
「うらやましいよ。昔から……あいつの性格」
とつぶやいた。
「本当ですわね」
美登里はふふっと笑った。
「確かに息抜きも必要か。美登里ちゃん、俺達もどこか出かけて夕食でもどう?」
「え……」
「何か予定でも?」
「先代様や大奥様が」
「先代様と大奥様は昼に特上寿司とってもう夕飯が入らないんだってさ。あの人達も陸の甘言にその気になってさ、もうすぐ賢兄が戻ってくるつもりでいるよ」
「そうですわ、必ずお戻りになりますわ」
と美登里も真面目な顔で返事をした。
「そんなわけだからどう?」
「せっかくですが……」
「先約ありか」
「申し訳ございません。母に今日はなるべく早く戻るように言われておりますの」
「そう、残念」
「仁様ならいくらでもお誘いする女性はいらっしゃいますでしょう」
「最近忙しくて振られてばっかりだけどね。でもそうだな、久しぶりに誰か誘ってみるとするか」
少しばかり気が軽くなったのか、仁は軽口を叩いて執務室を出て行った。
美登里は仁を見送ってからしばらくその場で突っ立ったままだった。
「お母様」
美登里は自分の母親を横目で見た。
「美登里さん、何にします? お母さんはこちらのコースにしようかしら」
母親はメニューの表を美登里の方へ差し出した。
「お母様」
「あ、あら、どうしたの? 何も頼まないの? お夕食、まだでしょう?」
「美登里さん、このシェフのおすすめコースは結構いけますよ」
とテーブルを挟んで美登里の前に座っている男が爽やかな笑顔で美登里へ言った。
「それがいいわ。美登里さん、では私どもはそれで。おほほほほ」
と美登里に変わって母親が答えた。
美登里は今更席を立つわけにもいかず、深いため息をついた。
「たまには食事でも行きましょう」
と言われ、母親のお供をしてみれば高級レストランの個室で見知らぬ親子と対面させられた。
「お友達の如月さんとご子息の正隆さん、正隆さんはお父様の如月先生の秘書をなさっててね、いずれ跡を継いで議員さんになられるご予定の方なの」
「はあ、そうですか」
と美登里は言って表面上だけは上品に微笑んで見せた。
如月正隆は爽やかな感じの男性だった。
年は……聞きそびれたが、同じくらいだろう。上品でいかにも育ちがよさそうだ。着ている物も高級ブランドスーツらしく、ぱりっとしている。
二枚目俳優のようなきらっきらした笑顔で、髪型も清潔だ。
(でも、トータルのセンスは仁様の方がよろしいわね。いかにも高級という感じでなくて) 美登里はそんな事を思いながら、ふんふんと相手の話に耳を傾ける振りをしていた。
あまり熱心に興味を示すと母親にこのプチお見合いを本格お見合いに進化させられてしまう。だが相手が名家の息子では無愛想にするのもよろしくない。
もっとも相手が美登里を気に入って、などという事はよほどの事情でなければあり得ない、そう自分で思っている。
嫁ぐならば政略結婚しかないだろう。
顔の器量云々もそうだが、美登里の長身巨体はよほどでないと相手とつり合わない。 正隆は名家の息子でそれこそ末は大臣か、というような男である。いくらでも名家の才媛と縁があるだろう。
自分の母親が無理矢理にセッティングしたであろう、プチ見合いに美登里は穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだ。
「きゅーんん」
とイチローが鳴いた。
イチローは美登里の足下で小さくなって丸まっている。
どこかへ姿を消していてもいいのだが、美登里を守ろうとしているのか最初に正隆に少しうなり声をあげたっきり、美登里の足下から離れない。
もし結婚するならば、イチローの事が視える人がいいと思っている。
イチローは式神であるが美登里の相棒でもある。
イチローがいつも美登里の側にいることを当たり前だと納得してくれる人がいいのだ。
土御門の系列から伴侶を選べばそれも可能だが、そううまくいかない。
美登里はばりばりと手腕を発揮し、賢や仁の秘書の右腕としてものすごく有能な女性、いや、女傑のような印象を与えてしまっていた。
よって一族の男性からは一目置かれすぎて、むしろ一歩引かれている。
加えてこの巨体では……
「美登里さん」
「あ、はい、何でしょう?」
正隆に呼ばれて美登里ははっと顔をあげた。
「犬君、おなかがすいてるんじゃないですか? 何か頼みましょうか?」
「え……ええ?」
美登里はあんまり驚いてすぐに返事が出来なかった。
正隆は気がかりそうに、テーブルの下を覗いた。
「せめて水でも飲ませないと」
「あ、あの、イチローが視えるんですの?」
「へえ、イチロー君て言う名前ですか。格好いいね、君、真っ黒で、オオカミみたいで」
正隆はイチローに声をかけた。
「グルルルル」
とイチローがうなり声で返事をした。
「嫌われたかな?」
正隆はあはははと快活に笑いながら顔を上げた。




