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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第四章
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気がかり

「もう一つ話があるんだ」

「ん? 何? 生きるか死ぬかの闘いの話以外に大事な話がまだあるの?」

 と少し疲れてしまっている和泉が言った。

「いや、その後の話だ」

「後?」

「平成に戻れたとして、その後」

「その後に何があるの?」

 よほどに疲れているのは賢の方だった。

 泰成との闘いの後、まだ睡眠がとれていない。

 すぐに泰親やその子息たちに呼ばれ話をし、考える事が山ほどあった。

 神経が逆立っている。

 それを人には見せない性質なので、いつでもどんっと余裕があるようには見える。

「その後の事はその後に考えましょうよ。お腹がすいたわ」

 と和泉がのんきな事を言う。

「いや、今説明しておかないとすっきりしない。平成に戻る前にちゃんとしておきたい。お前の気持ちも、俺も」

「え……」

「心に気がかりがあるのは嫌なんだ。全身全霊で闘わなきゃならない相手に万が一でも隙を見せたくない」

「な……に?」

 しばらくの沈黙の後、再び不安げな顔を見せる和泉に賢は真剣な顔で言った。


「平成に戻ったら、『時巡』と『時逆』を破棄する。全ての文献、研究結果、その名さえも全て葬る。二つの秘術が蘇る事は二度とない」

 と賢が言った。

「賢ちゃん……」

「その事でまた一悶着あるかもしれない。仁は反対していたしな。大事な伝承として封印だけして遺しておくべきだと、言っていたからな。会議にかけても反対派が多いかもしれない。だが俺は……」

「……」

「自分の進退をかけても破棄するつもりだ」

「賢ちゃん!」


「全てがあれのせいだ。ばあさんが狂ったのも、お前の足がそんなになったのも。加奈子も美優も犠牲者だ。二度とこんな事が起きないように破棄する。人間なんて弱いものだ。またあれを利用しようとする者がきっと現れるにちがいない。それを阻止するのも大事な役目だ」

 和泉はうつむいて着物の裾をぎゅっと握った。


「だから……時逆は諦めてくれ」

 と賢が言ったので和泉ははっと顔を上げた。

「ばあさんの部屋から文献を持ち出しただろう?」

「ごめん……なさい」

 怒られる、と思って和泉の顔は真っ青になった。

 賢は怒った様子は見せないで、優しく続けた。

「和泉の気持ちは分かる。ほんの二年ほど、時逆で時間を遡れば健康な身体に戻れるだろう。ばあさんでさえ五十年も遡ったんだ。お前の能力なら簡単だろう」

「……」

「だが諦めてくれ。あれは破棄するつもりだ」

「うん……」

 和泉は素直にうなずいた。

 何が何でも時逆を発動しよう、という固い意志があったわけではない。

 ずるずると悩んでいただけで、実際にやる勇気はなかった。

 だが時逆は和泉の心のよりどころだった。

 これさえ成功させればまた歩けるようになる、走れるようになる。

 美登里のようにテキパキと賢の世話が出来て、土御門の仕事にも参加出来る。

 これが側にあるだけで何だか元気が出るような気がする。

 だが力のある術に頼ってしまうと加寿子のように狂ってしまうかもしれない。

 それは分かっていた。実際に発動する気はなかったのかもしれない。

 ただ想像するだけだ。歩ける、走れる自分を。

 

 泣くのは卑怯だ。

 涙を見せたら賢が困る。


「ごめんなさい。加寿子大伯母様の部屋で文献を見つけてしまって、気がついたら持って帰ってて。返さなくちゃと思ってたんだけど……」

 和泉の心は恥ずかしい思いでいっぱいになってしまった。

 賢は呆れただろう。

 自分の欲望の為に土御門家から秘蔵の文献を持ち出したなどと、現当主の奥方のやる事ではない。呆れられ、賢の気持ちが冷めてしまっても何も言えない。

 使うつもりはなかった、と言い訳が口を出ようとしたが、文献を持って出た事に代わりはない。その事で離縁されても仕方がない事を和泉はしたのだ。


「ごめんなさい……」

 と言って和泉はうつむいた。

「和泉」

 と言って、賢が和泉の手を引き寄せた。

 賢の方へ寄っていった和泉の身体をぎゅうと抱きしめる。

「賢ちゃん、ごめんなさい……」

 涙声の和泉の頭を優しく撫でてから、賢が言った。

「怒ってるわけじゃない……俺の……方が……和泉に謝らなくちゃならないくらいだ。俺のせいで、ばあさんのせいで足がそんなになってしまったんだからな。二度と顔を見たくないと言われて和泉に憎まれても仕方がない立場だ。本当は和泉だけは時逆を使う権利がある。長い歴史の中で先人達も和泉のような者の為に作り上げた術かもしれない。でも……和泉の足は俺が治す。絶対に歩けるようにする! だから……時逆は諦めてくれ」

 

 和泉は賢の胸の中でうんと小さい声で言った。

 足を治すなど到底無理な話だ。

 賢の性格からして出来ない事を出来るなどとは言わないはずなのに、賢も切羽詰まっているのだ、と和泉は思った。

 追い詰めたのは自分だ。

 いつも無理難題を押しつけては賢を困らせている。

 その上に賢は和泉の足の事を負い目に思っている。

 また幼なじみに生まれ変わっても、賢はもう自分を嫁さんにしたいとは思わないかもしれない、と和泉は思った。


「そんな事はないな」

 と賢が言った。

「え」

「俺の深い愛情を疑うな。和泉の事は未来永劫に愛してる。ちなみにヒンドゥー教では永劫の中の1劫は43億年ほどだ。それが永久に続くという意味だ」

「え……う、うん」

「何だよ、その間は」

「え、っていうか、本当にあたしの考えてる事が分かって言ってるの?」

「まあな」

 ふっと賢が自慢そうな顔で笑った。

 和泉はおどおどとした顔で、

「賢ちゃん……少し休んだほうがいいわ。凄く疲れてるのよ」

 と言った。

「それはそうだが、俺は出来ない事は言わない」

「え」

「足は治る。治るっていう表現はおかしいな。杖なしでも歩けるようにはなる」

「……どうやって?」

「俺が言うのも何だが、怪しげな古来の術に頼らなくても俺達には千年先の医療技術がある」

「医療技術?」

「そうだ」

「でもお医者様はもう治らないって」

「そうだ、足は治らない。だからその動かない足を新しい物にする」

「新しい足?」

 賢はうなずいた。

「そうだ、動かない箇所を義足にする」

「義足……」

「ただ動かない膝から下は切断するようになるだろう。和泉の足に合った義足を作り、歩行訓練をすれば歩けるようになるはずだ」

「歩ける……」

「いくら金がかかっても構わない。絶対に俺が和泉を歩けるようにする。だから……時逆は諦めてくれ、いいな?」

 和泉は呆然としたような顔で賢の顔を見上げていた。

 それからこくんとうなずいた。

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