和泉、めっちゃ怒られる
「泰成様が負けた理由でございますか……」
「そうだ。知りたくなければそれでもいい、今更知った所でどうしようもない事だしな」
瑠璃は賢をじっと見つめてから、
「どうぞ、お教えください。泰成様の事ならばどのような事でも」
と手をついて願った。
この頃には和泉は完全に目が覚めていた。
だが賢と瑠璃の会話を中断するのも無粋だ、と寝たふりをしていた。
和泉の側にいる黄虎も銀猫も、そして屏風の中の式神達も耳をすませて大人しく聞いていた。
「俺と泰成の霊能力にそれほど差はなかった。俺達はほぼ同格の能力で、泰成は俺を押さえつける、俺はそれに反発しようとする、その力で精一杯だった。お互い身動きが取れなかった。それに俺が和泉に惚れてる気持ちと、泰成がお前を大事に思う気持ちも特に差があったわけではない。一つの身体を共有していたんだ。泰成がお前を特別に思っていたのは俺にも感じられた。あいつはどうもうまくそれを表現できないようだったけどな」
「泰成様……」
また瑠璃の目に涙がたまる。
「俺と泰成の決定的な違いは泰成が最後まで自分一人の力だけしか信じなかった事だ」
はっと瑠璃が賢を見た。
「あの場にいたのは泰親や兄弟の使役する式神ばかりだった。泰成は自分の能力だけしか信じられなかったんだろう? だから式神を持っていなかった。持とうともしなかった。最後まで自分一人だけで闘いたかった。それが敗因だ」
「……」
「泰成は誰も信じない。この屋敷の中でもお前だけしか味方がいなかった。父上、兄上と呼んではいても、やはり他人、能力だけで繋がった家族だった。生きてきた環境がそうさせたのかもしれない。誰も信じない、頼れるのは己だけと思いつめるほどの過酷な子供時代だったんだろうと思う。それに比べれば俺は恵まれていた。能力に恵まれ、兄弟に恵まれ、幼い頃から式神達が友であり、兄であり、師匠でもあった。助けてくれと願えば千年の時でも超えて飛んできてくれる、そんな式神達に出会えた事が俺の幸せだ。式神達に助けられなかったら俺の負けだった。泰成は本気で強かった。あんなに強い奴と闘ったのは初めてだ」
と言って賢は笑った。
瑠璃はしばらく目をつぶって賢の言葉を考えていたが、
「最後のお相手があなた様できっと泰成様は満足だったと思います」
と言った。
そしてもうこらえきれずにその場ではらはらと涙を流して泣き出してしまった。
それから、
「申し訳ありません」
と立ち上がり、着物の袂で顔を隠しながら出て行った。
「おい、狸、いつまで寝たふりだ」
と賢が言ったので和泉はぱちっと目を開いた。
「だ、だって、なんか起きるタイミングが分からなくて」
と言いながら和泉は身体を起こした。
視線が合うが何から話していいのか話すべきなのかがお互い分からなくなってしまい、双方が気まずそうに黙ってしまった。
にゃーんと銀猫が鳴いて立ち上がると黄虎も腰をあげた。
気を遣ったのか銀猫を頭の上に乗せた黄虎はのしのしと屏風の中に入って行った。
「久しぶりだな」
「うん」
「屋敷まで来るのにどれだけかかった? 歩いてきたのか?」
「場所は分からないんだけど着いたのはどこか山の中だったわ。山の中は赤狼君の背中に乗せてもらったり。二週間くらいは歩いたかな。でも一人だったら辿り着いてなかったかも。あはは」
「はぁ~~~~~~~~~~~~」
と賢は深いため息をついた。
「加奈子の前に来た時にはこうなる事は分かってたんだな? 千年も昔に飛ばされる事を」
「うん」
「どうして俺に言わなかったんだ!」
「だって、話したら賢ちゃんも来るって言うでしょ?」
「当たり前だろ!」
「だって……賢ちゃんが来たら意味がないっていうか……またあたしが余計な事をして賢ちゃんを巻き込んで、みたいになっちゃったじゃない。あたしの頑張りが……無駄に……賢ちゃんは残って土御門を盛り上げて行かなくちゃ。あたしは後に土御門を守ったという伝説の美人能力者として名前が残るはず……だったのに」
「俺と離ればなれになる事よりも自分の手柄が大事か」
「そーじゃないけどぉ。もう戻れないかもしれないのに賢ちゃんまで……」
「馬鹿だな」
と賢が言って、和泉の頬に両手で触れた。
「賢ちゃん……いででででで!」
賢は和泉のほっぺをぎゅうっと両手でつねって、
「謝れ!謝れ!謝れ! 時巡の向こうにお前が落ちていった時の俺の気持ちが分かるか?! 謝れ! 俺のガラスの小箱のようなデリケートな心臓に謝れ! 止まりかけたじゃねえか! 謝れ!謝れ!」
「ご、ごめんにゃひゃい……」
「くそ! 今度という今度は本気でむかついたぞ! 和泉!」
「……ごめん」
と謝る和泉の身体を抱き寄せて、
「何の尊い犠牲のつもりか知らないが、俺がいつお前よりも土御門の方が大事だと言った? 和泉を失うくらいなら、加奈子もろとも美優を殺してしまっても後悔しない。それでどんなに皆に恨まれてもだ」
と言った。
「う……ん、でも、そこはほら、やっぱり」
「何がやっぱりだ! だいたいお前は……」
賢は一気に脱力したようにぐったりとなっている。
どんな強敵と闘うよりも和泉の無鉄砲な行動が心臓に堪えるのは事実だ。
「足の具合はどうだ? 調子は悪くないか? 布団もない板の間で寝起きするのはつらかっただろう。エアコンもないしな」
と賢が言った。
「ううん、平気よ。赤狼君のもふもふ毛布が暖かいから」
と和泉が笑った。
「賢ちゃんこそ昨夜から一睡もしてないんじゃないの? 横になったら?」
日はかなり高く上がって昼近い。
どこからか煮炊きの匂いが流れてくる。
「ああ」
賢はうなずいてごろんと敷物の上に寝転がった。
「しょうがない。膝枕してあげるよ」
と和泉は自分も太ももをぽんぽんと叩いた。
「しょうがなくかよ。太ももなのに、どうして膝枕って言うんだろうな」
と言いながら、賢が和泉の太ももに頭を乗せた。
「帰ったら、グーグルで調べよう」
和泉はふふっと笑ったが、
「でももう帰れないんでしょう?」
と言った。
「ん?」
「時巡りは過去へ巡る術だから、もう帰れないって泰成様が言ったわ」
「泰成の言葉をそのまま信じてるのか、お前、お人好しだな」
と賢が言った。
「ええ? 嘘なの?」
「泰成は俺を殺して身体を奪うのが目的だった。お前を平成へ戻す事になんか興味なかった。戻せるかどうかを真剣に考えたこともなかったんじゃねえか」
「な、何よー。それ。じゃあ、帰れるの?」
「帰る方法はある」
「ど、どうやって!? 本当に帰れるの?? でもどうして賢ちゃんがそんな事を知ってるの? ねえ!」
「……」
「賢ちゃん!」
和泉は自分の膝を枕にして寝転んでいる賢を見下ろした。
「何だよ、一睡もしていない俺を膝枕でゆっくり眠らせてくれるんじゃないのかよ」
賢はごろんと横を向いてしまった。
「まあ、そうだけど。そっか-、帰れるんだぁ」
と和泉が小声で嬉しそうに言った。
背中を向けた賢は、
「まあ、もう一度大勝負をしなけりゃならないんだけどな」
とつぶやいた。




