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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第四章
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泰成の過去

 緑鼬の背中に乗って安倍の屋敷へ戻ってきた和泉はうとうとしていた。

「和泉さん、つきましたよ。そんな所で居眠りしたら危ないっす」

「……え?」

 はっと目が覚めた和泉は緑鼬の濃紺のビロードのような毛皮に自分のよだれがついているのを見て、こそこそっと着物の袂で拭いた。

「ああ、ありがとう」

 庭に降り立った緑鼬の背中からずるずると滑るように下りる。右足が不自由な上に疲れ切った身体には力が入らない。

「和泉ちゃん!」

 声の主を見て和泉はぎょっとなる。

「水蛇さん……時代考証はいいのかしら……平安時代にセーラー服ってシュールだなぁ」

 ミズキは大股でぱたぱたと走ってきて、和泉の身体を支えた。

「ありがとう」

 セーラー服であり、ツインテールであり、ミニスカートであり、細い長い手足であり、見るからに華奢である女の子に変化しているが、ミズキはひょいと和泉の身体をお姫様抱っこで抱え上げた。

「わ、だ、大丈夫? あたし重いでしょ? 着物の重量だってかなり……」

「平気にょん」

 和泉を抱え上げて水蛇はすたすたと歩く。

 庭を横切って屋敷へ上がり込むと和泉が使っていた間へ入っていった。

「ゆっくり休むにょん」

 板の間に敷かれた薄い敷物の上に和泉を下ろす。

「ありがとう」

 ふうと一息つくと、にゃーんと銀猫が屏風から顔を出した。

「銀猫さん、どうしてそんなとこに」

「あたしらは歓迎されてない客だからねえ。安倍の式神と顔を合わせるのはまずいだろう。お互いに喧嘩っ早いのが多いからさ、あんまりここの式を刺激するなって若に言われてね。黒凱と白露が若の護りについてて、後はこの中で休んでる。緑鼬も橙狐もご苦労だったね。休むといい。で、赤狼は?」 

 橙狐はケーンと鳴いてすぐに屏風の中に消えた。

 緑鼬は、

「喧嘩してるんじゃないっすか」

 と外を見た。

「なるほど、時々地鳴りがするのはあれらの喧嘩かい。元気だねえ」

 と銀猫は笑った。

 黄虎が出て来て和泉の背中に沿って座った。

「赤狼ほどの長毛ではないけど、ソファ代わりにするがいいよ、和泉ちゃん」

「うん……みんな賢ちゃんを助けに来てくれてありがとう」

「礼を言われる事でもないさ。あたし達はこれが仕事なんだから」

 と銀猫が言い、黄虎もうんうんとうなずいた。

 和泉は黄虎の横っ腹にもたれこんだ。毛は短いが暖かく、柔らかい。

「賢ちゃんは?」

「若は今、泰親様とやらに呼ばれて話し合い中さ」

「泰親様……」

 黄虎の背中の暖かさにふいと目をつぶった瞬間にすぐに睡魔に襲われた。式神達に聞きたい事もあったのだが、意識が遠くなる。

 少しだけ、少しだけ、十五分だけ……と思いながら和泉は眠りに落ちていった。




「お前にはすまない事をしたな、瑠璃」

 と言う賢の声がした。

 起きなくては、と思いながらも目が開かない。

 夢うつつのまま和泉は賢の声を聞いていた。



「いいえ、初めからこうなる運命だったのでございましょう……四年前にあの方がお亡くなりになった時に私達は諦めるべきでした。あなた様には申し訳もございません」

 瑠璃は悲しげな顔をしたが、首を振ってから頭を下げた。

「魂だけがこの地に残り、執念が募ってしまった時に俺がここへ来てしまったんだな」

「あの方をお止めすべきでした……ですが、泰親様もあの方を諫める事もなく、よい案だと賛成なさりました。他のご兄弟様もお弟子様達も皆」

「だろうな。俺が視ても安倍家で泰成が最大の能力者だった。泰親をすでに超えていただろう。それほどの能力者を易々と諦められるものではない、というのは理解できる。だが俺にも俺の事情がある。身体を譲るわけにはいかない」

「はい」

「泰成を死においやるほど九尾の狐は強かったんだな」

 瑠璃は目に涙をいっぱいためてかすかにうなずいた。

「他のご兄弟様も大怪我をなされましたし……泰親様も床に伏せておられる時期がございました」

「泰成を再び死に追いやったのは俺だ。だが泰親はその事には触れず、俺に九尾の狐を倒す役割を求めてきたぞ。我が子を殺されたよりも、狐退治の方が大事なのか?」

 瑠璃の目から涙が一筋こぼれた。

「それは……仕方ありませんわ。この安倍のお屋敷では血のつながりはさほど重要ではないのです」

「親子でもか?」

「親子でも……はい。泰親様の実のご子息は一の兄上様と二の兄上様だけでございますもの。安倍家では能力の有無だけが重要なのでございます。例え実子でも能力のない子はよそへやられます。あらゆる地方へつながりを置いて、そこで生まれた子の中から少しでも能力のある子供を引き取ります。修行をして能力の高まった子供が安倍の息子として扱われるのですわ」

「そうか……」

 古い書物に書かれていた安倍の時代の伝説は事実だった。

 血のつながりではなく、能力のある子供だけが安倍を継いでいく。


「泰成様……と私は地方の乞食でございました。親を流行病で亡くし、大人が貧困であえいでいる世の中です。孤児などを面倒みてくれる人はおりませんでした。私達は二人で畑の作物を盗んだり、死人の着物を剥いだりして生きていましたの」

 瑠璃はそこでふっと笑った。

「ひどい子供でしょう? でもそうするのが普通の事でした。皆、そうやって生きておりましたから。泰成様……昔はそのような立派な名ではなかったのですよ。小さい頃から勘のいい方で、思えばそれがすでに能力を持っていたという事でしょう。泰成様の言う通りにすれば大人にも見つからず、夜盗にも襲われず、真夜中の墓場を掘り起こしても怖い事などなかったですわ。そしてある日、安倍の使いという人が来てこのお屋敷につれてこられたのです。泰成様はすぐに安倍を名乗る事を許されました。弟子を飛び越えて、息子の立場をいただいたのです。それほどに泰成様は泰親様に喜ばれておりました。泰成様は兄妹のように育ってきた私を一緒に連れて来てくださいました。私もそれ以来、ここでお世話になっております」

「そうか」

「泰成様は修行し、文字を学び、書物を読む事にとても熱心でしたわ。食べる心配ばかりしていた毎日から解放されて、露に濡れて震えて眠る事もなく、夜盗や獣に襲われる事もない。本当に泰成様はお幸せそうで、自分を見いだしてくださった泰親様に感謝しておりました。ですから……命を賭しても九尾の狐を倒す事があの方には大切だったのです。あなた様の身体を奪っても大切な方を傷つけても、成し遂げなければならないと思い詰めておりました……どうぞ、お許しください。悪い人ではないのです。ただ必死で」

「もういい。許すも許さないもない。決着はついた。その後、お前が俺を仇と思うのも仕方がない」

「そんな……」

「恨まれるのは慣れてる。どうもそういう宿命らしい」

 と言って賢が笑った。

「恨むなど……とんでもございませんわ」


 賢はしばらく沈黙した。

 瑠璃も言葉を探しているようだ。


「泰成の敗因を知りたいか?」

「は?」

 瑠璃が顔を上げて賢を見た。

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