赤VS金 3
「和泉の事はあきらめろ」
と赤狼が言った。茶化すようなニュアンスではなかった。
「所詮、人間だ。和泉も言っていただろう。一緒に時を過ごしてせいぜい数十年、やがて先に逝く和泉を見送らねばならない、それに……」
「それに?」
「和泉にはデブがついてる。同じように年をとってゆける人間が」
「でぶ?」
「太い大きな人間がいただろう? 身体を争って泰成を下した。人間にしては強い。あれが千年後の土御門四十代当主の土御門賢だ」
「泰成を下すとは相当強いな」
「ああ、強い。それに……そんなに悪い人間でもないしな」
けっと自嘲する赤狼を闘鬼はしばらく見ていたが、
「何故、自分のものにしない。お前も惚れてるんだろう?」
と闘鬼は赤狼に言った。
「は? だから人間は……」
「人間でなくせばいい」
「……」
赤狼は闘鬼の顔をじっと見た。
ずっと避けてきた回答を何故、この鬼は。
ああ、今のこの鬼は知らないのだ。
長い間、和泉と賢を見守ってきた赤狼とは違うのだ。
「俺の角をあの娘の頭につけて、俺の血を飲ませれば立派な鬼になる。千年でも二千年でもともに生きられる。お前も当主に遠慮せずにがぶりとあの娘の首筋に噛みついてお前の体液を大量に体内に送り込めば、可愛い狼娘の誕生だぞ」
「やめろ!」
「あの娘にお前の気を感じたぞ。式神の誓いをしたんだな? その時、遠慮せずにお前の血を大量に入れてやればよかった。そうすれば……」
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
再び赤狼の身体に怒りの気が増えていく。
「土御門の当主とやらはそれほどに恐ろしいのか? お前がかなわないほど強いのか?」
闘鬼の言葉に赤狼はぷいと横を向いた。
「そういう話ではないさ。人間に後れを取る俺ではない。デブの一人や二人、喰おうと思えばいつでも喰える」
「ならば喰らってやればいい」
くっくっくと闘鬼が笑った。
「あの娘は随分とお前を頼りにしているようだ。当主がいなくなってもお前がそばにいてやれば大丈夫だろう。千年後がどんな世界かは知らんが、あの娘を狼娘にしてしまえばこの山野で暮らすのも楽園に思えるぞ。それとも土御門とやらにそんなに義理があるのか?」
「……義理なんぞないが、土御門の当主だぞ。当主は代々十二の式神がつくと決まっている。さすがにあいつらを相手にするのは不利だ。それに……」
赤狼は闘鬼を見て、
「十二神の筆頭は千年後のお前だぞ。今は俺と互角だが、千年後のお前はやたらに強い。お前だってぼっこぼこにやられただろうが」
と言った。
闘鬼はげんなりした顔で赤狼を見返した。
「確かに、今度会ったらぶっとばしてやるからな! クソ鬼め!」
「……お前がぶっとばされて終わりだろ。自分にも容赦ねえな、あの鬼。さっき、まじで殺す気だったろ」
「クソ!」
闘鬼はどたっと後ろへ倒れ込んで空を見上げた。
日はすっかり昇り、こうこうと二人を照らす。
「お前だってすでに安倍の式神に数えられてるぞ。命と目を治す代償だ。もう契約はなされた。和泉を鬼娘にして側におこうなんて考えるな」
闘鬼は肩をすくめる。
「それに和泉はきっと嫌がるだろう。そんな相手を鬼にして側において楽しいと思うか? 俺には出来んな。和泉は……人間だからいいのさ」
闘鬼は赤狼を見て、
「お前、何年生きてる」
と聞いた。
「四百年くらいだな」
「ふーん、年寄りは言う事が違うな」
「ああ? 誰が年寄りだ!」
再び赤狼のこめかみに怒りマークが浮かび上がる。
「何だ、てめー。綺麗に終わらせてやろうと思ったのに、泣かすぞ、コラ」
「はあ? 俺がお前を勘弁してやったんだ! やんのか?」
朝日の中で睨みあう、狼と鬼。
そこへ、
「いい加減にしろ、お前達」
と低い声がした。
きらきらと姿を現すのは、目にもまぶしい大きな金色の鬼。
「出た出た、出たぞ、闘鬼先輩が」
赤狼がけっと横を向いて、
「おい、ぶっとばしてやるんだろ?」
と闘鬼に言った。
「け……腹が減ってそんな元気あるかよ。赤犬の足一本、喰わせろ」
闘鬼もつーんと横を向く。
「はい、出た、いいわけ君。恐ろしくてちびりそうだから勘弁してください闘鬼先輩って泣いて謝れ」
「はあ? こんな奴が恐ろしいわけねえだろ!」
と闘鬼は千年後の自分を指さした。
「クソ犬が!」
「犬じゃねえつってんだろ! クソ鬼!」
ググググとまた睨み合う。
ボコボコっ!
「つー……」
「ててて」
拳骨で脳天を叩かれ、頭を抱える狼と鬼。
「これから忙しくなるというのにいつまでもふざけるな」
「何が忙しいんだ。泰成から身体は取り戻したし、千年後に和泉を助ける子鬼も確保したじゃねえか」
と頭を押さえたまま赤狼が闘鬼を見上げた。
「子鬼って何だ、コラ」
とまた闘鬼が赤狼を睨む。
闘鬼ははぁとため息をついて、
「その子鬼と遊んでいたいならそれでもいいが俺は帰るぞ」
と言った。
「帰るって?」
「平成へだ」
赤狼がはっと身体を起こした。
「時巡は過去へ飛ぶ術、未来へ、しかも千年もの長い時間を飛ぶのはまず不可能だと泰成は言ったぞ」
「確かに和泉とお前とだけでは無理だ。泰成の目的は当主の身体だ。身体さえ手に入ればよかった。わざわざお前達を未来へ帰してやろうなどと親切心はない」
「それで?」
「千年の時を巡る為に必要なものは?」
「はあ? 知るか」
「莫大なエネルギーだ。安倍の総力を持ってしても、和泉とお前がそれに荷担してもまだ間に合わないほどの莫大な力がいる。それが手に入らないという意味で泰成は無理だと言ったのだ。例えその力がこの時代にあったとしても、泰成が当主に勝った時点で希望はなかった」
赤狼は真面目に闘鬼の話を聞いている。
若い闘鬼は興味なさそうに寝そべったままだ。
「だが泰成は敗れ、泰成の脳に蓄えられた知識は身体を共有していた当主の物となる。そして和泉を傷つけられた怒りでぶち切れた当主が十二神を召還した。すさまじい妖力を持った集団だ。そしてここにも強力な鬼がいる」
と闘鬼は若い自分を見下ろした。
「役者は揃った、という所だ」
と闘鬼が言った。




