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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第四章
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若気の至り

 息も出来ないほどのスピードで飛んで走る闘鬼の腕の中で和泉は恐ろしさで縮こまっていた。顔を外に向ければ空気が冷たい刃先となって顔を切り裂こうとする。着物の袂で口と鼻を覆い、和泉は小さく息をした。

 身動きも出来ない。

 もしこの腕の中からこぼれて落ちたら、そう考えるだけで恐ろしい。

 飛んでいるのか、走っているのか。

 闘鬼の身体は猛スピードで夜の山を駆けているが、ふと目やれば闘鬼の身体は高い高い山の上の巨大な樹木の上にいた。

 和泉の身体を小脇に抱えたまま、巨大な樹木の最上部を飛んだり駆け上がったりしているのだ。地上までどのくらいあるだろう。そっと下を見たが霧がかかり、まともに下の方までは見えない。

「に、人間じゃないわ……」

 その通りだ。

「どこまで行くのかしら……」 

 心細さに涙が溢れてくる。だがその涙もすぐに凍って、顔がぱりぱりとなる。

 声をかけたり、動いたりして落とされてもかなわないので和泉はじっと我慢していた。

 やがて闘鬼はひときわ高い山の上の方まで上るとスピードを緩めた。

 山肌に開いた大きな洞窟の前でどさっと和泉の身体を地面に落とした。

「いててて」

 和泉は慌ててその場から這いだして、辺りを見た。


 薄暗い山が朝を迎えようと少しずつ明るくなりつつある。

「ゆ、雪」

 都の方ではまだ初秋だが山の奥深い部分ではすでに雪が降っていた。

 大きく開いた洞窟の入り口はもう何年も使われた様子がなく、ぼうぼうに伸びた枯れ草が行く手を遮っていた。

 闘鬼はその枯れた草を手でなぎ払い、入り口を開けると振り返って和泉を見た。

「闘鬼さん、ここは?」

 若い闘鬼はにやっと牙を出して笑った。

「俺の住み家だ」

「住み家……」

「そうだ。もう十年も留守にしていたけどな」

「十年、安倍家の封印に捕らわれていたのね?」

「そうだ」

 忌々しそうに返事をしてから闘鬼は和泉をまたひょいと抱え上げた。

 どうして自分をここに連れてきたのか、そう聞きたかったのだが和泉は酷く疲れていて口を閉ざした。

 平安に来てからストレスの連続だった。

 夕べも一睡もしていないばかりか、刀で斬りつけられた怪我もじんじんと疼く。

 自らの能力は自然に再生するとはいえ、弱った身体で賢を回復し、捕らわれていた若い闘鬼を回復した。ほっとしたのもつかの間で切り裂くような冷たい空気に晒され、長時間空を連れ回されて和泉の身体は疲労を増した。


 賢との再会、赤狼の無事、平成から飛んで来た十一神を見て、張り詰めていた糸がぴんと切れてしまったのもあるだろう。和泉の心はもう空っぽだった。


 真っ暗な洞窟の中をすたすたと和泉を抱えたまま闘鬼は歩く。

 暗闇の中で闘鬼の金色の瞳だけが光っていた。

 やがて奧の行き止まりまで歩き、闘鬼はそこの地面へ和泉を下ろした。 

 やはり真っ暗で和泉には何も見えない。

 動く元気もなくその場で横座りになった。右手にある何かにもたれかかった。

 ぼこぼことした何かだ、岩にしては丸みを帯びている。

 それが何かを考えるという事も頭になく、ただそれにもたれて大きく息をついた。


 ボッと音がして、暗闇の中にオレンジ色の炎が現れた。その向こうに闘鬼の顔が浮かぶ。

「闘鬼さん……ん? ぎゃーーーーーーーーーーー」

 洞窟の中に和泉の悲鳴がこだました。

 自分がもたれていた物がドクロの山だと気づいた和泉は慌ててその場から這い逃げた。

「ちょ、これ!」

 頭蓋骨だけではなく、長い太い骨や、細い短い骨、明らかに人間の骨である。

 和泉はげんなりした表情で闘鬼の顔を見た。

 闘鬼はそこいらに散らばっている枯れ枝や布のような物を集めてそれに火を移した。

 少なくとも闘鬼と和泉の間だけは明るくなり、暖気がふわっと広がったので和泉はほっと息をついた。

 寒さに晒されていたせいか頭痛がする。身体もあちこちが痛い。


 赤狼君の毛皮も暖かくていいけれど、柔らかい布団で眠りたい。

 お風呂にざぶざぶと入って、頭もがしがしと洗って、清潔で軽い服装で、ふかふかのソファに寝転んで、チョコレートを食べて、ティータイムをして、漫画を読んだり、DVDを見たり、ラーメンとかハンバーガーとか食べて、仁君や陸君と軽口たたいて、美登里さんや美優ちゃんと買い物に行ったり、式神さんたちにケーキ焼いたり……賢ちゃんと映画見に行ったり、デートとかしたり……そんな生活に戻りたいなぁ。


 そんな事を考えているとなんだか泣けてくる。

 泰成に平成に戻るのは不可だと言い切られているのだ、二度とかなわない夢だ。 

 我慢していた物が一気に溢れてきて、和泉はぐずぐずと泣き出した。

「お前を喰うつもりで連れてきたんじゃねえ」

 と闘鬼が言った。

「え? あ、そう」

 和泉はきょとんとなった。

 和泉自身、闘鬼に食べられる心配など露ほどもしていなかった。

 式神に囲まれた生活で妖は敵ではなく、いつだって和泉の仲間だからだ。

 だが闘鬼にしてみれば都から連れ去った人間の末路は必ず自分の腹の中なのだから、人間は闘鬼に驚き恐怖し、泣きながら命を乞うのが当たり前だった。

 和泉が泣いたのは自分への恐怖で、だが自分はそんなつもりではないという意味でそう言葉をかけたのだが和泉の反応は思ったような物ではなかった。


「人を招く時は先にお掃除をしてからの方がいいと思うわ。それにもう少し明るい部屋に引っ越した方がいいわよ」

 涙がひくとますます頭痛が激しくなったので、和泉は深いため息とともに反対側の大きな岩にもたれかかった。

「俺が恐ろしくないのか。大抵の人間は泣いて叫んで助けてくれと言うぞ」

「……あなた、さっき千年後の闘鬼さんにぼっこぼこだったじゃん。それに、私はあなたの腐った目を治してあげた、いわば恩人でしょ? その私を殺す? 妖にだって通さなければならない筋ってあると思うわ。それが出来ないならあなたもそこいらの低級霊と同じよ。後、身体を洗った方がいいわ。臭い」

 と和泉はきっぱりと言った。

「生意気だな、お前」

 と闘鬼が言った。 

「どうも」

 和泉は岩の上に腕を置いてもたれると目を閉じた。

 眠りたいのだが、ここでは眠れそうもない。

「私をここへ連れてきてどうするつもりなの? みんなきっと心配してるわ」

「俺に千年後の土御門とやらを守れと言ったな」

 和泉は目を開いて頭を上げた。

「ええ」

「千年も人間に縛られるのなんぞまっぴらだ」

「でもあなたはきっとそうしてくれる。闘鬼さんが私にそうしてくれたように、千年後の私を助けてくれるわ」

 和泉はそう言って優しく微笑んだ。

 闘鬼はそんな和泉をじっと見返し、そして、

「これから千年、お前が俺と一緒にいると言うなら土御門を守ってやってもいい」 

 と言った。


「へ?」


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