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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第四章
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闘鬼、おまえもか

「だ、大丈夫? 闘鬼さん」

 と和泉が言った。

 若い闘鬼は顔を押さえて呻いた。

 眼球が再生される痛みと、腐った眼肉が新鮮な肉に押されそぎ落とされていく。

 破裂しそうな痛みが盛り上がってきて、新しい眼球がぼこっと押し出された。

 その両眼にはっきりと映る和泉の顔。

「と、うきって何だ」

「え、闘鬼っていうのはあなたの名前でしょう?」

「名前?」

「そうよ、闘う鬼と書いてとうき」

「とうき……」

 若い闘鬼は自分の両手を見て、その手で自分の顔を触った。

 もう痛くも痒くもない。

 新しい肌も再生され、傷もない。

 ぽっかりと開いた目の空洞から神経を引きずり出されるようなあの感覚もない。

 その上、封印箱の呪言によって押さえつけられていた妖力も戻りつつある。

 和泉から癒しの霊力も感じる。どんどんと力が蘇っていくのが分かる。

 若い闘鬼は和泉を見た。

 それから立ち上がって振り返った。

 牙を出してにやりと笑う。

 その前方には腕組みをしたままの金色の鬼。

 その金の鬼が自分に近い存在だという事もうすうす感じるが、そんな事はどうでもよかった。

 受けた屈辱は返すのが鬼族だ。


「やめとけ。せっかく治った傷をもう一度受けることもあるまい」

 闘鬼が言った。そう言いながらも闘鬼の気が膨らむ。

 腕組みしてい立っているだけなのに「逆らったら殺す」という気が伝わってくる。

「俺を殺したら、お前も具合が悪いんじゃないのか?」

 と若い闘鬼が叫んだ。

 闘鬼はふっと笑って、

「千年も生きた。もういい。お前は残念だな。千年後には木の実や生魚をかじるよりもよほど美味い食べ物がある」

 と言った。

「それに千年前の自分など恥以外の何者でもない。破壊と殺戮しかなく、全ての者に忌み嫌われる存在。今の内に楽にしてやる」

「グググ」

 と若い闘鬼が唸った。

 どう挑んでも千年後の闘鬼には適いそうもない。

 だがそれでも、挑まねばならない。

 若い闘鬼が低い姿勢から闘鬼に飛びかかろうとした、その時。


「駄目よ!」

 と言って和泉が、若い闘鬼の腕を掴んだ。

「駄目よ、闘鬼さん。そんな事! この人は千年先のあなた。これからあなたは千年も生きるのよ。強い、強い、日本で一番強い鬼として! 千年先にはあなたを頼りにする仲間がたくさんいるわ。あなたは誰にも忌み嫌われてなんかないわ!」


「ケ」

 と小声で赤狼が唸り、残りの十神もそっぽをむいたりあくびをしたりした。 


「そ、それに土御門家にはお酒がいっぱいあるわ! お、お義父様のワインセラーもあるのよ! 闘鬼さんが大好きなお酒よ! いっぱいあるんだから! 千年後にはこの時代とは比べものにならないくらいの種類のお酒があるわ! 日本酒だけじゃないわ、あの。えーと。ビールもあるし、ワインもあるし、ウイスキーとか焼酎とか、と、とにかく長生きしたら得よ!」

 焦ってしまった和泉がそう言うと賢が、

「闘鬼が蔵の酒を片っ端から飲み干して俺が怒られたのは和泉のせいだったのか……」

 とつぶやいた。


 若い闘鬼はまだ和泉を睨んでいる。

 だがすぐに行動を起こさないのは迷っているからだろう。

 和泉にとってはここが正念場だった。

 千年もの時を遡ってきたのはこの闘鬼を説得する為だ。

 泰成はもう二度と平成には戻れないと言った。

 戻れない上に闘鬼の説得が不成功に終わるのだけは避けたい。

「そ、そうだわ。こ、これあげるー」

 和泉は半泣きである。

 着物の袂を探って中から何かを取り出すと、それを若い闘鬼の方へ差し出した、というよりも決死の覚悟でつきだした。

 和泉が惜しそうに手の平を広げて見せた。

「?」

 若い闘鬼も十二神も賢もが首をかしげて和泉の手の平の上にある物を見た。

「こ、これあげるから-」

 それは体温で暖まって溶けて潰れたチョコレートの固まりだった。

「?」

 若い闘鬼は和泉を見た。

「ポケットに入ってたの。まじでこれ一個しかないんだからー。最後の最後の最後って時に食べようと思ってずっと我慢してたんだからー。でもあげるから、どうか土御門の千年を守って、お願い」

 よっぽど惜しいのか悔しいのか、和泉はチョコレートを見ずに闘鬼の方だけを見ている。

 若い闘鬼は和泉の手からチョコレートを取り上げて、ぽいっと口に入れた。

「あ、た、食べた!!」

 あげると言いながら、本当はあげるつもりはなかったのか、和泉は少し若い闘鬼を責めるような顔で見た。

 若い闘鬼のべろがぺろっと口の周りを舐めた。

 ひどく驚いたような顔をしているのは、百年生きた中でも初めて体験した甘さと食感だったからだ。


 その時、成り行きを見守っていた闘鬼が賢へ、

「当主よ」 

 と言った。

 賢が闘鬼の方へ顔を向ける。

 闘鬼は珍しく苦笑しているような顔だった。

 それから「すまん」と言った。


「え?」

 と賢が言った瞬間には闘鬼の姿は色薄くなって消えつつあった。

「闘鬼!」

 と賢が叫んだのと、闘鬼の姿が消えたのと、和泉が「きゃーーーーー」と言ったのが同時だった。

 賢が和泉の方へ視線を戻した時には、すでに和泉の身体を抱えた若い闘鬼がぴょんと飛び跳ねて、安倍家の屋敷を囲んだ高い塀を飛び越える所だった。

「和泉!」

 と賢が言い、その瞬間には若い闘鬼の姿は塀の向こうだったが、同時に満身創痍ではあるが赤狼が牙をむいてその後を追った。

「赤狼!」

 と橙狐と緑鼬が後に続き、水蛇や茶蜘蛛も動こうとしたが、

「待てい! 半数の者は若のお側から離れるな! 若をお守りするのじゃ!」

 と青竜大公の待ったがかかった。

 その声に十神の動きが止まり、結局、赤狼、橙狐、緑鼬だけが和泉の後を追って行った。


「和泉……」


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