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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第四章
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闘鬼VS闘鬼

 足は闘鬼に掴まれたままだが、身体がひょいと宙に浮いて止まった。

「ガルルルッ」

 と闘鬼へ怒りをむき出しにして唸る。

「やめとけ。十年間、安倍の封印術で気力、体力、妖力もそぎ落とされ息も絶え絶えだろうが」

 と闘鬼が言った。

「グググ」

「今後千年の先に少しは学ぶだろうが、今は生まれたての鬼も同然。何の知恵もなく無駄に地下で十年暴れて過ごしただけだ」

 若い鬼が闘鬼に向かって突進してきた。

 牙を剝き、黄金の尖った爪を構えて闘鬼へ襲いかかった。

「馬鹿め」

 闘鬼はにやっと笑ってから、襲いかかってきた若い鬼の心臓部分を自らの爪で貫いた。

 闘鬼の長い爪は若い鬼の心臓位置から背中まで貫通した。

「グハッ」

 と血を吐いて、若い鬼が地面に落ちた。立ち上がろうとして、がくがくっと身体が揺れる。さすがの鬼族でもすぐに回復するものでもない。 

 反抗する気力も失せたのか、若い鬼はぐったりとなって動かない。

 闘鬼が若い鬼の足を掴んで引き摺りながら賢と和泉の前にやってきた。

 白い玉砂利に赤黒い血の跡がついていく。

 若い鬼の身体をぐいっと目の前に突き出されて、和泉は思わず賢の方へ身を寄せた。目の前に突き出された若い鬼の顔は闘鬼に間違いないが、汚れて腫れて、膿や血でどろどろで嫌な匂いがした。

「この鬼さんは若い闘鬼さんなのね?」

「そうだ、今になってこんな場で恥をかく目にあうとはな」

 と言って闘鬼が笑った。

「安倍の封印にあっていたのか」

 少し回復して声が戻ってきた賢が言った。

「そうだ、生まれ出でてまだ百年かそこらの子鬼だ」

「百年……」

 賢と和泉が顔を見合わせる。

「それなりの力は備えている。そこらの悪妖なんぞは一睨みで消せる。己は強いとうぬぼれていた。若さと力に任せて悪行の限りをつくし、いい気になっていた。この世界で己が一番だと思っていた。人間も殺したし、妖も殺した。全ての者がこの鬼の玩具だった。人間にも妖にも恨みをかい、鬼の一族にも嫌われている馬鹿な鼻つまみ者だ」

 その時、闘鬼に掴まれてうなだれいた若い鬼の顔が少し動いて視線が和泉の方を見た。

「ね、ねえ、大丈夫? 胸に穴が開いてるけど」

「グルルル」

 と若い鬼が和泉を睨みつけた。

 牙を剝きだして和泉を威嚇し、ぺっと和泉に向かって唾を吐いた。

「きゃ」

 と和泉が言い、闘鬼が若い鬼の顔を殴りつけた。

 確かに息も絶え絶えなのにそれでもずいぶんと強い妖気を感じる。

 顔からも頭からも身体からも血がずいぶんと流れている。

 闘鬼の手がぎりぎりと鬼の頭を締め付けると苦しそうな顔をするが、それでも敵意は消えない。


「分かったぞ」

 と賢が言ってから闘鬼を見上げた。

「どうして誰よりも強いはずの最強の鬼……我が儘で自分勝手な鬼が千年もの間、安倍~土御門までその式神の中に名を連ねていたのか。ようやく分かったぞ。一番嫌っているはずの人間に縛られていたのか」

 闘鬼はふっと笑って、

「そうだ、俺を式神なんぞにして千年も縛ったのは土御門和泉だ」

 と言った。

「え」

 と和泉が言った。

「死にかけのこいつを回復する代わりに、土御門和泉が言った。今後むやみに殺生をするな、千年後にまた会うまで安倍と土御門を護って欲しい、とな。千年後の土御門での内乱の解決を託された。腸が煮えくり返ったが、俺はそれを選んだ。何せさすがに目玉が腐りかけていたからな。自力で回復するには弱り過ぎていた。和泉の申し出を断ったところで見逃されるわけはない。人間の手にすがって生き延びるか、今、千年後の自分に闘いを挑んで未来もろとも道連れに死ぬか、選択するのはこいつだ」

 と闘鬼はその手に掴んだままの若い鬼をさらにぐいっと和泉の方へ差し出した。

「そうだったの……では、若い闘鬼さん、お願いします。どうぞ、今後千年間、土御門を護って下さい」

 と和泉が若い鬼にそう言った。

 若い鬼はちらっと和泉を見たが、すぐにふんっと横を向いた。

 和泉はふふっと笑って、若い鬼の答えを聞く前にその手を差し出した。

 尖った爪を持つ若い鬼の手を取って、和泉はその身を回復してやった。

 緑色の光が少しずつ若い鬼、闘鬼の身体を包んでいく。

 若い闘鬼が和泉の顔を見た。

 身体が回復していくのが分かる。長い間、安倍の強力な封印呪言で身体中をぎりぎりと締め付けられていたのだ。身動き出来ないほどに苦しめられていた。

 自分をそんな目に合わせた人間を護れだと?

 ふざけるな。

 身体の回復と同時に妖力も回復していく。

 力が最高まで戻ったらこの人間を喰ってやる。

 そう思いながら若い闘鬼は和泉を見た。

 若い女の肉は柔らかくて美味いからな。

 やがて力は回復し、若い闘鬼は身体中に強い妖気を纏う。

 それから和泉は両手で若い闘鬼の顔を優しく包んだ。

 

 蘭丸にやられた目の痛みはそうとうなものだった。

 すぐさま封印されてしまったので治癒にかける妖力を養う暇もなかった。

 びっしりと呪言を貼った封印箱に押し込められ、体力も妖力もないまま目の痛みをこらえていた。

 今更、身体を治してやると言われたところで人間なんぞに従う気は毛頭ない。

 喰らってやる。

 この人間を喰らったら、きっと自分よりも大きいこの強い鬼が自分を抹殺してしまうだろう。それでも構わない。全てが滅びてしまえばいいのだ。


 ふいに痛みが和らいだ。


 目の奧の痛みは、冷たく鋭い尖った物が傷をぎりぎりと刺すような痛みだった。

 それが箱の中で十年も続いていた。

 目玉はすでに腐って溶けていた。

 右目の中は空洞だが、何かが蠢いているような違和感がある。

 その虫でも這い上っているような感触がふいに止んで、暖かくなった。

 目の奧から何か盛り上がっているような気がする。


「ウググググ」

 若い闘鬼が自分右目を押さえた。

 右目に巻いている布を乱暴にはぎ取る。

 真っ黒い空洞がぽかっと開いていた。

 その周囲の肉は腐り、ウジ虫が這い回っている。

 布を取った瞬間に腐臭がただよった。

 だがその腐った肉の下に現れる、新しい肉。

 新鮮な肉は盛り上がり、新しい皮膚が再生しだした。

 ぽっかりと開いた空洞の中から盛り上がってくる新しい眼球。 


 若い闘鬼の新しい眼球に初めて映ったのは優しそうな笑みをたたえた女だった。

 暖かい気が流れ込んでくる。


 ようやく封印箱から出られたと思えば、乱暴で大きな鬼に殴られ蹴られ、見せ物のように人間どもが周囲で自分を遠巻きに眺めている。

 目や頭の神経はぎりぎりと痛む。

 目の前の人間に何を懇願されようが知ったことではない。


 だがその和らいだ自分を癒す優しい力は闘鬼が生まれて初めて他人からもらったものだった。


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