ぼくも……
すべての者が静まり返るその中で賢がゆっくりと歩を進めていた。
闘鬼がいるのも十二神が来ているのも知っていたが、今、求めるのは和泉の側に行く事だけだった。
脳内でのすさまじい闘いを終えた賢だが、身体はふらふらと足下も安定しない。
和泉の元まで来て和泉の側に座り込んだが目線が定まっていない。
肩で大きく息をしながらも身体ががくがく震えている。
「い、いず……み……」
和泉は黄虎の背中を枕にして横たわっていた。
刀で切られた喉傷の血は止まっているが顔は青白く息も弱々しい。
「……いずみ……」
和泉の青白い頬をなでながら賢が言った。
「にゃー」
と心配そうに銀猫が賢の膝に右前足をそっと置いた。
「……だ」
黄虎がふんふんと和泉の顔の辺りを嗅いでから賢を見た。
「う……」
と小声でうなってから、和泉の顔が動いた。
少しづつ目が開き、ゆっくりと視線が動いた。
賢の顔に視線が止まり、しばらく見上げてから、
「賢ちゃん……?」
と言った。
それから和泉は身体をおこした。
めまいがするのか和泉の身体がふらっと揺れる。
「だ……だい、じょう、ぶ、か」
身体を起こしてから和泉はしばらく目を閉じていたがやがて顔をあげて、
「賢ちゃんは?」
とかすれた声で言った。みるみる和泉の目に涙が溢れる。
和泉は賢が泰成に負けたと思っていた。
目の前にいるのは賢の身体を乗っ取った泰成だと思った。
「大嫌い……あなたなんか大嫌い!」
真っ赤な目で泰成を睨みつける。
「ち、ちが……」
疲れ切って声も満足に出せない賢に、更に涙目の和泉が痛恨の一撃だ。
「私に触ったら……舌噛んで死んでやるから!」
「……」
「にゃー」
と銀猫が鳴いた。
「え? あ……銀猫さん? どうして?」
和泉は痛みが走る喉を押さえながら小声で言った。
「あたしだけじゃないよ。みんな、来てる。若様に呼ばれてね」
「へ?」
よく見ると自分の横には黄虎がいた。ばさばさと羽音がして、上空を黒凱と白露が飛んでいる。緑鼬、橙狐、茶蜘蛛、水蛇、青竜がこちらへ近づいてくるのが視界に入った。
そのもっと遠くの方でもそもそと動いているのは紫亀らしい。
「みんな、どうして?」
「この時代にこういう言葉があるかどうかは知らないが、要するにぶち切れた、というところか」
「闘鬼さん!」
どさっと闘鬼が和泉の横へ赤い物体を乱暴に放り投げた。
「グ……」
痛そうに顔をしかめた赤狼が顔を上げた。
「赤狼君! 無事だったの? よかった!」
と言いながら、和泉が赤狼にぎゅっと抱きついた。
「よかった……よかったわ……赤狼君!」
涙声の和泉に赤狼は尾をふさふさっと揺った。
「あのぉ……いずみさん……ぼくも、がんばったんだけど……」
はっと和泉が顔を上げて賢を見た。
「賢ちゃん……なの?」
うんうんと賢がうなずく。
「嘘」
「……あかろー、には、ぎゅっ、ってするのに……ぼくもわりと、いのちがけ、だったんですけど……」
和泉は式神達を見た。
「本当に賢ちゃんなの?」
と聞いた。
「千年先から十二神を召還するくらいのぶち切れっぷりなのだから本物だろうな」
と闘鬼が言った。
「闘鬼さん……そうか、そうよね。平成からみんなを呼ぶなんて賢ちゃん以外できないわね……じゃあ、泰成様は?」
賢はただ無言で頭を振っただけだった。
あまりの賢の怒りの勢いで泰成はぷつっと潰れて消えた。
何の言葉も言い残す事もなく、消滅した。
「そう……気の毒だとは思うけど、賢ちゃんが無事でよかった……本当に……」
と和泉が言って嬉しそうに賢に微笑んだ。




