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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第四章
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勝負の行方

 少しだけ刻が巻き戻る。


 蹲っている賢がぶつぶつと何やら唱え、拳を振り上げた瞬間にぶわっと賢の気が拡大した。それが泰成ではなく、賢の霊気だという事に気がついたのは泰親だけだった。

 賢の拳は地面をどんっと叩いた。

 悔し紛れに拳を振り上げた、と見た者から嘲笑が漏れた。

 

 ごごごごごと地面が揺れた。

 それはかすかな揺れだったし、立っている者や動いている者は気づかないほどのかすかな揺れだった。

 賢は動かない。頭を抱え込んでじっとしている。

「千年後の弟よ」

 といって長兄が和泉の身体をどんっと突き飛ばした。

 喉から流れ出た血で和泉の着物は赤黒く染まり、和泉の周囲の白い玉砂利も赤く汚れた。 赤狼がかばうように和泉に寄り添う。

 その赤狼の前にも式神達が迫ってきている。 


「諦めろ。諦めて泰成に身体を譲るのだ」

 長兄はぴくりとも動かない賢の側に寄っていき、膝をついた。

「どうにもお前に勝ち目はあるまい。むしろ光栄だと思え。泰成と共に憎き仇敵を仕留めるという栄誉を賜れるのだぞ。泰成はその後に父の後を継ぎ、陰陽頭になるという出世が決まっているのだ。上様もお喜びになり、褒めていただける。上様のお目にかなえば安倍家は安泰だ。お前はその一端を担う。誉れな事だ」

「……」


「あれは!」

 と声がしたので、長兄は顔をあげた。

 その場にいる者の視線は賢ではなく、式神達の闘いを凝視していた。

「蘭丸!」

 と泰親が言った時には蘭丸の胴体を引きちぎる金色の鬼の背中が長兄の目に入った。

「な、なんだ!」

 長兄は慌てて立ち上がり、父親の横へ走った。

「父上!」

「蘭丸が……信じられん。あの鬼が何故ここに? まさしくあれは私が封じ込めた金色の鬼……まさか私の封印を破ったのか?」

 と泰親がつぶやいてから、賢を振り返った。

「泰成」

 と泰親が声をかけた。

「……」

 泰親はしばらく賢を見下ろしていたが、

「負けたか」

 とつぶやいた。



 いざという瞬間には人間の方が理解力に欠ける。

 敵とみなせば式神達はいっせいに相手に襲いかかる。

 赤狼を見逃してやろうと提案した犬丸でも、勢揃いした土御門十二神へ牙を剝いて向かっていった。

 それを操るはずの人間はしばらく呆然とその闘いを眺めていた。


 三倍はいるはずの安倍家の式神は分が悪かった。

 本来なら原始の妖は強い。

 だが傷ついた同胞、血だらけの和泉、そして賢。賢が自分達を呼んだという事はよほどに困難な場面に遭遇しているのだという事を式神達は知っている。

 それらに対しての感情で土御門の式神は身体中が爆発してしまいそうなほどだった。

 怒り狂った土御門十二神に対抗できる安倍の式神はいなかった。

 何せ、金の闘鬼に睨まれただけで三分の一の数が一気に消滅してまったのだ。

 それを見ただけで戦意喪失する者もいる。

 元より支配する者と従う者に分けられた安倍家の式神には、到底、土御門の式神の気持ちは分からないだろう。



「……お、おれの、しき……」

 と声がした。はっと安倍家の者が振り返る。

「泰成!……いや、お前は……泰成ではない」

 長兄が唇を噛みしめた。そして立ち上がった賢を見上げ、

「お前の式? お前が召還したのか? せ、千年の刻を超えて……?」

 と言った。

 ゆらり、という感じで賢が動いた。

 

 時代が違うのだ。

 平安時代は貴族といえど栄養状態が現代に比べ格段に落ちる。

 身長、体重にしてもとても現代人にはかなわない。この時代の男性は百五十センチあれば大きいほうだった。つまり平成から飛んできた千年後の息子は安倍家の中で誰よりも巨大な体躯を持つ。泰成がその体躯に憧れ、自分の物にしたいと思うのも無理はない。

 泰成ほどの能力を保持するには、賢の身体は理想的だった。


「や、泰成は?」

 答えもせずに賢は長兄を睨みつけて一歩足を進めた。

 ゆらっと怒気が賢の巨体から立ちのぼる。

 その怒りに満ちた目に長兄は思わず目を背けた。

 賢が足を進めるにつれて、その前にいる者が後ろへよける。

 

 勝負はついた。

 同じような強大な能力を持つ相手を御するに勝利したのは賢だった。

 すでに泰成の気配はどこにもない。

 そしてそれを察知した安倍の者達はもう賢に対して攻撃は出来なかった。

 四男ながら泰親の跡継ぎと言われた泰成を倒した賢に誰も勝負を挑むはずがない。

 泰親でさえ初老の自分と生命と能力に溢れている若者では恥をさらすのは己だと感じる。そもそも、身体のない泰成の為だけの計画だった。泰成に身体さえあれば悪妖を倒せる、その為の乗っ取り計画だった。泰成自身が敗れたのであれば仕方がない。

 ならば計画を変えるまでだ。



 蘭丸は人間達の方へ振り返った。

 確かに怒気や攻撃の気が薄くなっている。

 主人である泰親は顎に手をあてて深く考え事をしているようだし、その子息達もあてが外れてどうしていいか分からないような顔で式神達の闘いをぽかんと眺めているだけだった。

「人間の思惑なぞ知るか! 安倍に害するお前を何度でも討伐するのが私の役目だ!」

 蘭丸はそう言い、その身体からまたゆらっと闘気が上がった。

 瞬く間に蘭丸は大蛇へと化身した。

「死ぬぞ。お前と闘った時はまだ力の加減も分からぬ生まれたての子鬼だったからな、俺も」

 と言って闘鬼がにやっと笑った。

 その顔にぞくっとなる。

 残忍で冷酷、惹きつけられずにはいられない笑みだった。


「か、構わぬさ。お前を殺すのは私だ……そして私を殺すのはお前だ!」

 巨大化した蛇が威嚇する

「シャーーー」

 と闘鬼に向かって攻撃の気を放つ。

「馬鹿め」

 闘鬼は面倒くさそうにひょいと握った拳を蘭丸の腹に突きつけた。

「ぐふっ!」

 蘭丸の長い胴体がぶっ飛んでいった。

 まだ諍いを繰り返していた式神達の中へもつれながら落下していく。

 頭の上から巨大蛇が落ちてきて、敵味方なく踏み潰され逃げ惑う式神達。

 どうんっという轟音と大地の揺れで、全ての者の動きが止まった。

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