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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第一章
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葛藤してた和泉が美優に救われた時間

 木の箱を膝の上に置いたまま和泉は呆然としていた。

 気がついた時には本家を出てマンションへ戻っていた。

 加寿子の部屋から持ち出した木の箱を抱えたままだ。

「どうしよう。賢ちゃんに知られたら……怒られるわ。大伯母様の私物を持ち出すなんて」

 ルルルルルと電話鳴って、和泉は驚いて飛び上がった。

「……も、もしもし」

 賢からの電話だった。

「今はマンションにいるわ、ごめんなさい……大丈夫、具合が悪いわけじゃないの」 

 電話を切ってからも和泉は膝の上の重い木の箱を見ていた。

 封印のような札はすでに破られている。

 破ったのは加寿子だろうと憶測はできる。

 何故封印を破ったのかも、和泉には分かっていた。

 そして今なら少しは加寿子の気持ちも分かる自分がいた。

 加寿子のした事は決して許されない。

 だが今の和泉にはそれを理解しようと思えば出来た。そんな自分が恐ろしくて和泉は頭を振ってその思いを追い出した。

「私は大伯母様とは……違うわ」

 だが木の箱に書かれた文字を見て、和泉はふらふらとそれを持ち出した。

 和泉を随分と苦しめた物が和泉を一瞬で魅了してしまったからだ。

 和泉が見つけた木の箱の破れた札には「時逆」とかすれた文字で書かれてあったのだ。



 自由にならない身体、どこへ行っても役にたたない自分、綺麗な服を買ってもらって、豪華なマンションに住まわせてもらう。おいしい物を食べて、音楽を聴いて、映画を見て、一日中ショッピングをしていても誰も怒らない。

 大事にされているのは分かっている。

 文句など言える立場ではない。


 結婚してすぐには賢に自分が土御門で出来ることを相談した。だが賢の答えは「そんなに急がなくてもいい。先は長い」と言うだけだった。

 では再の見鬼としての修行をと言っても、「中途半端な修行は能力を伸ばす妨げになる」と言われてしまった。

 仕事をする事も修行をする事も子供を持つことも全ては賢の指示待ちだ。

 和泉にしてはあっちもこっちも道を塞がれてしまい、自分ではどうしようもない。

 毎日、ケーキを焼いてお茶を飲むだけの生活に和泉は疲れてしまっていた。


「何やってるんだろう、あたし。これ、返しに行かなきゃ……」

 膝の上の重い木の箱をテーブルに置こうとして持ち上げる。

「げ!」

 何の拍子か、ばさっと底が抜けてしまった。

「ちょ……まじで」

 膝の上に散乱する紙の束。床に落ちたり、テーブルの下へ入り込んだりしている。

「もう~~」

 縁と蓋だけになった箱と膝の上の紙の束をテーブルに置いて、和泉は立ち上がった。

 そろそろと手をついて、床に座る。

 散乱した紙の束や紐で綴られた冊子を拾い集める。

 古く赤茶けた紙に書かれた文字はやけに崩れた文字で和泉には読めなかった。

 その中に比較的新しいノートが数冊あり、和泉はそれをぱらぱらと開いた。

「これ……」


 読んではいけない、と心の中で警鐘がなる。


 そのノートには加寿子の筆跡で「時逆」の事が書かれてあった。

 加寿子が過去の文献から調べた「時逆」の事を今の文字で書き起こしている。

 それは長い時間をかけて行われてきたと思われる。

 一番最初のノートの年月日が昭和だった。

 加寿子はまだ若い娘の時代から、「時逆」について調べていたようだ。

 そしてこのノート自体もまだ下書きの段階で、きちんとした形でまとまっていない。

 所々に加寿子のメモ書きがあり、加寿子自身のコメントのような物も書き込まれていた。

 読んではいけないと思いながらも和泉の目はそのノートの文字から離れなかった。

 


 ピンポンとドアフォンが鳴ったので、和泉は慌ててノートを閉じた。

 散乱した紙の束や冊子をかき集め、壊れた箱を逆さにしてとりあえず中に詰め込んだ。

 一緒に持ってきた風呂敷で包み、当たりを見渡してから車椅子の上に置いた。

 その上からクッションや和泉の上着やらを乱雑に置いて隠す。

 リビングの入り口のドアフォンの画面には美優が映っていた。

「はい?」

「あの~美優です」

「いらっしゃい、どうぞ」

 オートロックのボタンを押してから、美優が上がってくるまでには時間がある。

 和泉は車椅子を押して自室へ入れた。

 住居にしているマンションは5LDKだった。

 ダイニングキッチン、リビングルーム、そして洋室が四つ和室が一つあり、そのうちの一室を和泉の部屋にしている。部屋にしているといっても押し入れ代わりに物を放り込んでいるだけだ。そこへ車椅子を入れてから玄関まで行くと、ちょうど玄関のベルが鳴った。

 ドアを開くと美優が立っていた。

「こんにちは」

「いらっしゃい、どうしたの?」

「この間のお礼に……ケーキ買ってきたんですけど、そういえば和泉さん自分で焼きますよね、と今、頭に浮かんで……あ~あたしって何やってんだろう」

 美優は大きな箱を差し出してからそう言った。

「あら、ありがとう。どうぞ、上がって」

「いえ、ここで失礼します」

「どうして?」

「えーだって、陸先輩が今、御当主様が子供生んだ猫みたいだから、お二人の邪魔しちゃ駄目だって」

「子供生んだ猫? 何それ。賢ちゃん、いないわよ。滅多に帰ってこないんだから。上がって、お茶でも飲みましょうよ。っていうか、玄関で立ち話する方が私的には辛いんだけど」

「あ、そうですよね! すみません!」 

 和泉が部屋の中に戻って行ったので美優もついて中に入った。

「お邪魔します」

「美優ちゃん、あれからどうしてたの? 気になってたの。陸君に聞こうと思っても忙しそうで捕まらないし」

 ワゴンで運んで来た紅茶を美優に差し出しながら和泉が言った。

「そうなんですよ。陸先輩、超忙しそうです。この間、ぼやいてました。賢さんに代替わりしてからすっごい仕事が増えたって」

「そうね。賢ちゃん、仕事人間みたい。家にだって戻らないし。それで、美優ちゃんはどうしてるの? 家に戻ってないんでしょう?」

 美優はぽりぽりと頭をかいて、

「ええ、恥ずかしながらやっぱり住む場所は陸先輩のお世話になってまして」

 と言った。

「大学は?」

「ちょっと、やばいっす」

「え? どうして?」

「家に戻らないと後期の学費を出さないと言われて」

「それは酷いわね。お父様もそんな風に思ってるなんて。でもあと一年と少しでしょ? がんばりましょうよ。賢ちゃんに相談したらいいわ。一族の人が困ってるんだものきっと力になってくれるわ」

「いえいえ、そんなつもりで来たんじゃないっす。まじ、学校やめて就職しようかと思って」

 美優はずずっと紅茶を飲んで明るく笑った。

「陸先輩にも学費を貸してやるから辞めるなと言われてるんですけど。そこまでしてっていう決意で入った大学じゃなくて……何となく進学したって感じだし。親も適当な大学に入って適当にやっとけって感じだったし……それに自分で稼いで陸先輩のアパートからも早く出たいんですよね」

「もったいないじゃない。大卒の方が就職もいいでしょ?」

 と和泉が言うと、美優はにっと笑った。

「まあそうですけど、勉強はまた出来ると思うんです。自分にその気があれば、後でもいいと思うんです。人の世話になってまで今勉強しなくても、自分の地盤を固めてからでもいいんじゃないかって思うんです」

「美優ちゃんてしっかりしてるのねぇ」

「いや~、親に放置されてたから、割と自分で何でも考えていかないと駄目だったんですよね。親は姉のいいなりで親はあたしをいいなりにしようとしてて、まあ、なんだかんだとあたしもそうやって生きてきたんですけど、さすがに、姉の身代わりなんて承知出来ないし」

「そうなの。あなたの意志が固いなら他人がどうこういう必要もないけど、陸君はあなたに頼りにされたいんじゃない?」

「そ、そんな事はないっすよ。陸先輩にしたらまじ出来の悪い妹で、申しわけなくて」

 と美優は真っ赤になってあわわわとなった。

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