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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第四章
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狂おしい想い

「来るぞ!」

 と緑鼬と橙狐が赤狼をかばうように前に出た。

 茶蜘蛛は八本の足で茶蜘蛛軟膏を赤狼の傷口に塗ろうとしている。

 水蛇は巨大化したまま蘭丸と睨み合う。

 白露は敵の頭上を旋回してはからかうように「ケケケケ」と鳴いている。

 紫亀がのそっと空間から顔だけだして、自身の重みでこてっと地面に落下した。

 最後に出て来た青竜が辺りを一瞥してから「ふむ」と言った。

 黒凱が「グゲゲゲゲ」と鳴いたのを合図のように、短気な式神達がいっせいに飛びかかり噛みつきあった。


「シャー!!」

 と水蛇が蘭丸に唾液を吐いて威嚇した。

 血気盛んな水蛇で妖力も強いが、まだ若く経験が浅い。

 賢を助けなければ、との勢いはいいが、安倍家の式神の中でも筆頭の蘭丸にはまだまだかなわない。

「ふん、小娘が!」

 闘鬼に引きちぎられた胴体の修復をしながらでも、蘭丸は水蛇を軽くあしらった。

「く……」

 水蛇の一撃必殺の噛みつきをひょいとかわして、するすると水蛇の胴体にからみつく。

 蘭丸はすばらしく美しい紫色の蛇だった。

 胴体は水蛇よりも一回り太く長く、つやつやした鱗。

 二匹の巨大蛇が絡み合い、長い胴体が捻れてもつれる。

 蘭丸の身体が水蛇の胴体をぎりぎりと締め上げて、そして水蛇の尾の部分にがぶりと噛みついた。

「や……」

 ずず、ずずっと吸い込まれる。蛇の丸呑みである。同種だろうが何だろうが生きたまま丸呑みするのが蛇の習性である。

「ミズキ!」

 と茶蜘蛛が加勢に飛び込んできた。

 鋭い爪のついた足で蘭丸の胴体を突き刺すが、固い鱗に覆われた胴体はびくともしない。

「なんて固いんだ。あっしの爪が入らないとは!」

 水蛇の尾をくわえ込んだ蘭丸はちらっと茶蜘蛛を見たが、ふんと鼻で笑っただけだった。


「うげぇ」

 と何十もの悲鳴が同時に聞こえて、そちらへ視線をやった蘭丸ははっとしたような顔になって思わず水蛇の尾から口を離した。

 水蛇が慌てて脱出を試みる。

 するすると逃げ出した水蛇は蘭丸からの再度の攻撃に備えたが、蘭丸はじっと他を睨んでいる。

 一瞬にして身体が溶けて塵のように破壊されていく同胞を見たのだ。

 一体や二体ではない。まとめて十体は一瞬にして消え失せた。

 妖力が弱めな式神とはいえ、安倍泰親を筆頭とする日本で一番の実力を持つ陰陽師家の式神である。一瞬にして消え失せるというのは沽券に関わる。

 蘭丸はそれらを消滅せしめた妖を見た。

 憎い、憎い、何年か前に死闘を演じた相手、金色の鬼である。


「鬼め……」

 蘭丸はするするとその場を離れた。

 もう水蛇の事は頭にない。

 憎い憎い鬼の方へと進んで行く。

 

 あちらこちらで闘いは繰り広げられていた。

 緑鼬や橙狐が犬丸率いる獣型の式神と。

 黒凱、白露が妙な翼を持つ醜い鳥類型の式神と。

 激しく牙で噛みちぎり合ったり、炎を吐き出す者は互いの猛火をぶつけあったり。 

 そんな中で涼しげな顔で立っている闘鬼に蘭丸はするすると近寄っていった。


「どうやって逃げだしたのだ? 鬼め! 泰親様の念の檻に入れられて、その身体が朽ちるまで出られないとしたはず!」

 闘鬼はちらっと蘭丸を見た。

「やめとけ」

「何?」

「俺に闘いを挑むな。死ぬのはお前だ」 

「この私に片眼を潰されて死ぬほどのたうち回ったのを忘れたのか!」

 蘭丸の身体がぶるぶると震えている。

 やがて蘭丸の胴体がぐんっとさらに巨大化した。屋敷の庭の中を縦横に走る蘭丸の太い胴体。顔の部分だけでもとてつもなく大きく、一飲みで闘鬼を喰ってしまいそうだ。

 身体の巨大、縮小はどの式神でも可能だが、やはりそれには保持する妖気の量によって限界がある。蘭丸の怒りの妖気が膨らんだ。

「片眼? この俺が?」

 と闘鬼が蘭丸の方へ顔を向けた。

 切れ長の美しい黒い双眸が蘭丸を見た。

 ついついその瞳に引き込まれそうになる。

 魅惑的な黒い瞳。

 だが、そうだ。違う。今、目の前にいる鬼は以前に闘った鬼ではない。

 もっと細く美しい鬼だった。もっと華奢で、切り裂くような冷たさがあった。

 金色の長い毛をなびかせて、手も足も肢体も瞳も、全てが美しい鬼だった。

 全ての者がその鬼に魅了された。

 泰親もぜひその鬼を手の内におきたいと切望した。


 だがその鬼は酷く残酷だった。

 全てを憎み、全ての消滅を望んだ生きた厄災だった。

 息苦しくなるほどの濃厚な妖力に少しでも触れた者は塵芥と化する。

 側によるだけで、目線が合うだけで他者の命運を握る。

 たった一度の微笑みを命がけでその鬼に懇願しなければならない。

 何故なら、弱者を壊す時だけはその鬼は酷く優しく微笑むからだ。


 手入らないならば、その妖は怨敵だった。

 いつか日本を滅ぼしてしまうほどの悪鬼だ。

 泰親は酷く腹をたてて鬼討伐を宣言した。


「安倍家の総力をもってお前は討たれたはず。泰親様に封印されて、屋敷の地下深くに!」

 くっくっくと闘鬼が笑った。

 その笑顔に蘭丸ははっとなる。

 こんな風に笑う鬼ではなかった。

 冷たく、美しい笑みしか見た事がなかった。

 今でも……夢に見るほどに。

 今でも恋い焦がれるほどに、美しい鬼だった。

 鬼の片眼を潰し、その妖気を半減させた時に泰親は酷く蘭丸を褒めた。

 だが蘭丸の胸は自らを切り裂かれたほどに痛かった。

 美しい鬼の美しい瞳を潰した己を嫌悪した。

 だが泰親の命は絶対で逆らう事は許されない。

 蘭丸は己の心を殺しながら、鬼を討伐した。


「一体、どうやってあの封印から逃げ出したのだ?」

 そう言った時には蘭丸は蛇の型から人間型へと変化していた。

 闘鬼の横に立ち、蘭丸はその顔を見た。

 以前とは違う、逞しい鬼になっていた。

 全ての者を根絶やしにしてやろうとやたらと垂れ流していた妖気も今は感じられない。

 雰囲気が変わった。

 目の前で繰り広げられる式神達の闘いを面白そうに眺めている。

 蘭丸は返事をしない闘鬼の手を見た。

 その手に触れられるのは先程の様に鬼が自分を引き裂く時しかない。

 そんな時しか鬼に触れられない。


 そんな事を考えていると、

「蘭丸、そろそろ終わらせろ」

 と闘鬼が言った。

「え?」

「このまま式同士で殺し合っても仕方なかろう。人間達も勝負はついたようだぞ」

と振り返って、人間達の方に視線をやった。


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