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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第四章
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過去からの召還

 安倍の式神達は気が短いらしい。

「千年後の式だと」

「くっくっく。千年後って何ぞ? うめえのか?」

「派手ねえ、ちょいといい男じゃないさぁ」

「やっちまっていいんかね?」

「いいんじゃない。泰成様が新しい身体を手に入れるかどうかの瀬戸際だとさ」

「へえ、じゃあ、心ゆくまで料理しましょうか」

「けっけっけ」


 主人の命よりも先に、赤狼の毛皮へ牙をむきつつ飛びついた。

 赤狼はそれを素早くかわしたが、二番手三番手が次々と赤い狼へ飛びかかっていった。

 赤狼の全身からゆらっと真っ赤な炎が浮かび上がる。赤狼の毛皮はつやつやした毛ではなく、真っ赤に燃える灼熱の炎と化している。

 炎の赤狼は牙をむき、高熱を発しながら次々とむかってくる安倍の式神達と闘い始めた。


「赤狼君」

 和泉はよろよろとその闘いを不安そうな顔で見つめている。

 側にいる賢は未だ動けず、玉砂利をつかんだままだ。

 身体は洪水のように汗をかき、熱も発しているようだ。

 それでも脳内での闘いは決着がつかず、このままでは賢の身体に異変が起きそうだった。

 人間としての機能、心臓をはじめとする身体の器官が耐えられなくなるかもしれないという不安要素。

「賢ちゃ……きゃっ!」

 ぐいっと腕を引き寄せられて、和泉の身体は後ろへのけぞった。玉砂利の上を着物のままで引き摺られる。誰かが和泉の身体を押さえつけ、その喉にひやりとした何かをあてがった。刃物だ、というのはすぐに分かった。和泉が動いた瞬間に喉に酷く冷たい鋭い痛みが走ったからだ。

「動くな、その白い喉が赤く染まる事になるぞ。泰成! 手間をかけさせるな! 素直に身体を渡さねば執着を断ち切ってやればいい!」

「あ、兄上……」

 蹲っていた賢が顔を上げた。視線は和泉と彼女を捕まえた泰親の長兄を見た。苦しそうな顔がさらに歪んだ。憎しみがこもった瞳で長兄を睨みつける。

「千年後の弟よ。この娘を助けたければ泰成に身体を差し出すがいい。我々は何を犠牲にしても、あの悪妖を倒さねばならぬのだ!」

「こ、殺すぞ……くそやろう……」

「この娘もお前の生きてきた千年後の時代も日の本の国もどうでもいいのか? それならばそのままいつまでも泰成と仲良く競えばよい」

 すうっと長兄が刃物をひいた。

 はっきりと神経を切り取るような痛みが和泉の喉にはしった。

「きゃうん!!」

 と甲高い悲鳴がして、赤狼の身体が飛んできた。

 炎の毛皮はすっかり消え失せて、元の赤い毛皮は切り裂かれ血が流れ出ている。

 赤狼一匹に対して安倍の式神はゆっくり数えていられないほど数を増している。

 賢が生死の境をさまよっているという不安、和泉が人質になっている不安、それが赤狼の動きをも制限する。

 赤狼はぐるるると式神達を睨みつけながら、低い姿勢を取った。

 絶対的不利だった。

   

 賢は赤狼を見て、それからまた和泉へ視線を戻した。

 和泉の喉にはすうっと赤い筋が出来て、血が流れ出ていた。

「和泉ぃぃぃぃ!」

 と賢が叫んだ。


 ぷちっと音がした。

 銀猫の背中の蚤を爪で潰したような固い音だった。


 賢は握りしめた拳を苦しげに振り上げて、そして地面をどんっと叩いた。


「い……で……よ……わ……が……じゅ、う、に、しん、わがもとに……しゅうけつし、われと……われらを……どうほうを……護れ! 土御門の最高神にして、最強神である我が十二神! 遙か千年の時を超えて、今こそ我が元に出でよ!!!」

 


 神道場に相変わらず十神が居候していた。

 寝そべったり窓から庭を眺めたり、する事がないのでしょうがない。

 黄虎と緑鼬が日に一度は噛みつき合いをし、銀猫に怒られている。

「わか……今いずこに……」

 相変わらず青帝が寝そべってしなしなになっている。

 その横で美優が体育座りをして小さくなっている。

 美優は一日の大半をここで過ごしている。

 どこにも身の置き場がないからだ。

 全ての視線が美優の身体を刺す。

 誰も美優を責めたり嫌味を言ったりもしないのに美優は自分で自分を責めて、そして小さく縮こまってしまうのだ。

 それを目にしながら、美優を慰める者もいない。

 皆が美優に構っている暇などなかった。

 十神は賢の事が心配で、その事しか考えたくなかった。

 人ならざる者達にしては、その心根は優しい。



「美優」

 と陸が顔を出した。

「陸先輩」

 美優は体育座りをしておでこを膝の上に置いていたが、陸の声で顔をあげた。

「出かけようぜ」

「どこへ……ですか?」

「映画見たり、うまいもん食ったり、ドライブしたりさ」

「え?」

 その陸の様子に十神達も陸の方へ視線をやる。 

「こんな時に……」 

 と言ってから美優は首を左右に振った。 

「ここで座っててもしょうがないだろ。息抜きは必要だ」

 そういって陸は美優の腕をつかんだ。

 すっかり痩せて若さのわりに肌にも艶がない。

 骨にたるんだ薄い肉がついているだけだ。

「駄目です……私、何の役にもたっていないのに、遊びに行くなんて……」

 陸は美優の腕をひっぱって、無理に立ち上がらせた。 

 すっかり痩せてしまっった身体は簡単に陸に引き摺られる。

 

 十神が興味津々の様子で二人を見ている。

 陸にくっついている紅葉や赤蜘蛛、犬神達も姿を現す。 


「いいか、美優、役に立っていないと思うならこれから役に立てるようになろう。ここで座っててもしょうがないだろう? もう一回大学に通うとか、土御門の事を勉強するとか。やる事はいくらでもある。俺達は賢兄と和泉ちゃんが戻った時にすぐに力になれるように準備しなくちゃならない。今、仁兄が当主代理という地位にいる。それは仁兄にしても大変な事態なんだ。俺達は賢兄が無事に戻るまで仁兄をサポートしなくちゃならない。だからめそめそ泣いてる暇なんかないんだ。分かるか?」

「はい……」

「美優は美登里ちゃんにいろいろ教えてもらえ。美登里ちゃんは何でもよく勉強して、真面目で熱心だ。土御門の事なら何でも知ってる。彼女は全てを知るように努力してる。あの姿勢は見習うべきだ。いいな?」

「はい」

 美優の今にも泣そうな不安そうだった顔に少し赤味がさす。

 その美優を優しい笑顔で陸は見てから、その痩せた細い身体をぎゅっと抱きしめた。

「せんぱ……」

「いいか、加奈子の事は美優のせいじゃない。それは皆が分かってる。だけどお前の気が済まないと思うならそれでもいい。加奈子の代わりにお前が罪を償うというのなら、俺も一緒にそれを背負う。お前が苦しいなら俺も苦しい。だけど二人でなら大丈夫だ。いいな?」

「先輩」

「美優」

 陸が少し照れたような優しい顔で美優に微笑みかけた。


 ゴゴゴゴゴゴと地鳴りがした。


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