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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第三章
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お兄ちゃん、助けて

 酷く重苦しい夢を見ていた。


 季節はすでに冬だというのに、暑い。

 自分の身体を見下ろすと白いシャツに白いズボンを身につけている。

 辺りの地面は一面の砂だ。真っ白い砂。

 真夏のような日差しがまぶしい。

「ここは……」

 広い広い砂場の中に一人立っていた。

 暗くておどろおどろしい場所ならまだ馴染みがある。

 恨みがましい霊や死人が足にすがりついてくるような場所は、『行きつけの店』のような感覚だ。そこからならば現世に戻る方法は知ってる。

 だがここはそんな震え上がるほど恐ろしい場所ではなかった。

 ただ暑く、息苦しい。

 そしてやけに心細かった。


 誰かいないのかと一歩踏み出せば砂に足がめり込んでいく。

 足を動かす振動で次々に砂が崩れ落ちてくる。

 砂のスピードに負けないように歩かなければどんどん埋まっていく。

 必死で歩いたが砂の動きは止まらない。

「誰か! 誰かいないのか!」

 腹の底から叫ぶ。

 その瞬間にドドドドと音がして地面が割れた。

 割れ目から砂が地下へ落ちていくのが見える。

 そして自分の身体も揺れて後ろへ尻もちをついた。

「やばい!」

 早く起き上がって逃げなければ、と四つん這いになって上へ這い上がろうとするが地面はどんどん急斜面になっていく。どんどん砂が落ちていく。

 まるで巨大な蟻地獄だ。

「助け……て……!」

 上へ上へと手を伸ばす。


 そんな緊急な場面であるのに、陸は昔の事を思い出した。 


 土御門本家の庭は広く、美しい日本庭園である。

 職人を何人も入れて、素晴らしく手入れされている。

 子供は入ってはいけない、と祖母の加寿子に厳しく言われていた。

 それでも陸は内緒でちょくちょくとその庭で遊んでいた。

 子犬を連れていって走り回るので、美しい庭には犬の足跡や陸が寝転がった跡、お菓子を食べた跡などが残っているが、坊ちゃんのやったことなので誰も怒る事はなく祖母の耳に入る事もなかった。

 ある日、陸はいたずらをした。

 庭の隅の花壇を子犬が掘り返したのを見て、そこから自分のスコップで土を掘り始めた。穴を掘る、というのは面白い作業だ。

 だんだん夢中になって、物置から大きめのスコップを取り出してきて夢中で穴を掘った。ミミズが出て来たり、尖った石が出て来たり。

「落とし穴が出来たね」

 子供のする事なので、そう深くはない。

 せいぜい深さは五十センチ、周囲の広さも一メートルに満たないほどだった。

 ビニールシートを持ってきて、周囲に土を盛る。

 シートが張ってあるのがばれないように土をかぶせる。 

それだけだ。

「誰にも言っちゃ駄目だよ」

 と子犬に言いつけ、陸は満足だった。

 誰かを落とす為に作ったわけではなく、ただ、穴掘りが楽しかっただけだ。

 満足した陸は落とし穴をそのままにして、その作業を終えた。


 その穴に落ちたのは賢だった。

 落ちたというほどでもなく、ただ、ずぼっと入って転んでしまっただけだったのだが。


「この大事な時期に足を怪我するなどとたるんでいるとしか思えない! 次代様、とおだて上げられて良い気になるな!」


 賢は左足を酷く捻ってしまい、足の甲が真紫色に腫れ上がった。

 松葉杖を使わなければならないほどに足を痛めてしまった。

 賢は言い訳もせずに「申し訳ありません」と父親と祖母に謝罪した。

 誰かが穴を掘っておいたのは明白だった。ご丁寧にビニールシートをかぶせていかにも落とし穴、という風にしていたのは分かっていた。そんな事をするのは陸くらいだろうというのも賢には分かっていたが、賢は陸を告発するでもなかった。

 その時の賢は中学生で、その能力の大きさからすでに父親の代理として祈祷場を任される時もあった。そして当主の名代として大きな祈祷場を三日後に控えた時の事件だった。

 普段よりも父親と祖母の怒りは大きく、自己管理が出来ていない事を酷く叱責された。

 賢はそれでも落とし穴を作った誰かを怒るでもなかった。

 その時の陸は賢が父や祖母へ自分の罪を言いつけるのでは、という恐怖と、兄に怪我をさせた悔恨にさいなまれていた。


 結局、賢は陸を責める事もなかったし、痛む足で立派に父親の名代を務めたので事なきを得たのであるが、それはずっと陸の中で小さい棘のように突き刺さったままだった。



 それを思い出した瞬間に陸は砂をかくのをやめた。

 やめた途端に身体が滑って落ちていく。

蟻地獄の穴に落ちたら死んでしまうのかもしれない、と思った。

 霊界は馴染みの場所で生きたままなら現世へ戻れる方法もあるが、あの穴に落ちて死んでしまえば自分もただの亡者だ。

 

「まー兄」


 賢が生きているのか、死んでいるのか分からない日々を過ごすのがつらい。

 美優も同じ思いで、あれから彼女の笑顔を見る事がない。

「私が姉さんに身体をあげればよかった。そうすべきだったよね。そうしたら御当主様も和泉さんもこんな事にはならなかったのに」

 と美優がジュウガに独り言を言っているのを聞いたが、そんな事はないと言ってみたところで解決にもならない。

 おどおどして人の顔色をうかがうような真似をする美優を見るのは嫌だった。

 快活な彼女に戻って欲しかった。


 賢と和泉が戻るまで土御門の時計は止まったままなのだ。

 それはいつ動き出すんだろう。

 


 陸は身体が滑り落ちていくのを止めもせず、流されるままだった。

 このままあのぽっかり開いた穴に滑り落ちていけば碌な事にならないのは分かっているがあがく力も出せなかった。

 何より美優を残しては死ねない。

 自分まで死んでしまったら、美優は自らの命を絶とうとするかもしれない。 

それは駄目だ、そんな事はさせられない。

 なのに。

 力が出ない。


「まー兄、助けて……」

 陸の身体はただ砂と一緒に落ちて行くだけだった。



 ひょい、という感じだった。

 大きな手のようなものが陸のシャツの襟足をつかんだ。

「え」

 ガクンと、身体が止まった。

 周囲の砂は流れ落ちていくのに、自分の身体だけが止まった。


「てめえ、ふざけんな! この忙しい時に甘えた事言ってんじゃねえ!」

「まー兄! まー兄なの?」

「……言い忘れてた事があるから言っておく。お前、遅刻ばっかりだから、冬のボーナス支給なしな。他の者に示しがつかねえ。仁にそう言っとけ」

「ち、遅刻なんかしてないよ!」

「いいか。土御門ではな、ぎりぎり間に合う=遅刻だ。きちんとした出社時刻ってのは、始業三十分前には自分の机でいつでも仕事が始められるという時間だ。覚えとけ。お前ときたら、ぎりぎり滑り込んで、それからコーヒー飲んで、パンかじって。昼に何食おうか悩んで、それから仕事じゃねえか」

「まー兄……どこにいるの? いつ戻ってくるの?」

「そのうち帰るさ」

「本当に?! 本当に戻ってくる?」

「戻るさ。他にどこに行けって言うんだ」

「まー兄……ボーナスは我慢するから早く戻って来て! もう、ぎりぎりで滑り込むのもやめるから! みんな、待ってるんだ!」

「ああ。しばらく留守を頼むな」

「うん!」

 

 陸の身体がふわっと浮き、流れる砂の中を脱出した。

 下方には固く黒い土が見える。

 陸を支えていた何かがふっと離れた。

「え?」

 陸の身体は急降下して、地面に落ちた。

「い、痛ぇ!!」

 と同時にベッドから落ちた状態で陸は目が覚めた。

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