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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第一章
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葛藤

「あら、和泉ちゃん」

 と朝子が振り返った。

「何かお手伝い出来る事があれば」

 和泉がこつんこつんと杖をついて廊下を歩いて来てから、和室の前で止まった。

 広大な中庭に面した和室の障子は開け放たれ、中では朝子と沢が荷物を出していた。

「いいのよ。和泉ちゃん、こつこつとやっていくから。それに、あなたにはつらい思いをさせてしまったもの」

 と朝子が手を止めてから優しく言った。

 その和室は加寿子の部屋だった。

 加寿子の死後一年以上たつが、朝子がこの部屋を片付けようとしたのは最近の事だった。

 先々代という立場なので、かなりな私物が部屋にある。

 骨董品もあれば、高級な着物もあるし、巻物や文献もかなりな数が収納されていた。

 朝子もどこから手をつけていいのやら、と思案しながらの作業である。

「いいえ、それはそれです。嫁に来たんですもの、出来る事はお手伝いします」

 邪魔だと言われればしょうがないが、座って出来る作業でもあれば自分にも出来るのではないかと思う。

「そう? そうね、じゃあ、その下の棚の中にある物を引っ張り出してもらえる? 何が入ってるのか分からないから、一度きちんと分類して蔵に入れようと思うの」

「分かりました」

 和泉は座敷に座って、床の間の下にある小さい棚を開いた。

 箱が見えるので手を入れて次々と取り出す。

 壺が入っているようなくらいの形だ。風呂敷で包まれたまま埃を被っている物がいくつか出て来た。

「ん?」

 中を確認するために姿勢を低くして中を覗きこむと、端っこの方に一つだけむき出しの箱があった。その横に紫の風呂敷がしわくちゃになっている。

 和泉は風呂敷と箱を引っ張り出した。

 木の箱はA4サイズくらいの大きさで厚みがかなりある。持ち上げてみるとずっしりと重かった。蓋がきっちりとしまっていたが札のような物が貼り付いていて、さらにそれを破ったような跡がある。

「何かしら、これ。お札かしら?」

 お札は真ん中から真っ二つに破れているし、書いてあるのはやたらに達筆で崩したような筆の文字だった。

「触らない方がいいわね。大伯母様の私物だもの」

 和泉はその箱を横に置いてからくしゃくしゃの風呂敷も取り出した。

 風呂敷の埃を払って、それで箱を軽く包もうと風呂敷を広げる。

「これ……」

 くしゃくしゃの風呂敷を広げると中から丸まった紙が出て来た。それも広げて丁寧に皺を伸ばす。加寿子の筆跡だと思われる、筆で文字が書いてあった。

 文字には見覚えがある。いや、書いてある文字を見たのは初めてだったが、この文字を言葉にしているのを聞いた覚えがあった。 

 今となっては和泉にとって憎しみも悲しみも過ぎた事だった。

 今を生きる者は未来に向かって歩いて行かなければならないのだ。

 加寿子の事は早く忘れたかった。そし忘れつつあった。加寿子の部屋を片付ける手伝いをしていても、それはただの嫁としての役割を果たしているというだけだった。

 だがその文字は和泉の心を揺さぶった。

 

「和泉さん?」

 蔵へ荷物を運んで戻ってきた沢が和室にいるはずの和泉へ声をかけた。

「和泉さん? あら?」

 和室には和泉の姿はなく、壺の箱だけがいくつか並んでいた。

「沢さん」

 と言いながら朝子も戻って来て、

「そろそろお昼の用意をお願い。和泉ちゃんも食べていくでしょう?」

 と和室を覗いた。

「あら? 和泉ちゃんは?」

「お手洗いにでも行かれたのかもしれませんね」

「あら、そう。じゃ、後は午後からにしましょうか」

「はい」


 沢とお手伝いの娘が昼食の支度を終えると、朝子が家族を呼び集める。

 出かけている者は放っておかれるが、神道会館で仕事をしている者にはお昼ですよ、と声がかかる。やがて雄一が暇そうに新聞でぽこぽこと肩を叩きながら来る。次いで仁や陸がやってくる。そして美登里を伴った賢がやって来る。

 広いダイニングで昼食を取るのはいつもの事だ。仕事の都合で夕食時にも皆が顔を合わせる時もある。

「あら? 和泉ちゃんは?」

 と給仕をしながら朝子が言った。

「和泉が来てるんですか」

 と賢が言った。

「ええ、朝、ケーキを焼いたって持って来てくれて、それからお義母様の和室の片付けをしていたんだけど、途中で見えなくなって。お手洗いにでも行ったと思ってたんだけど。帰ったのかしら? でも、何も言わずに帰るなんて」

 と朝子が答えた。

 賢は携帯電話を出して、和泉の電話を鳴らした。

「……もしもし? 和泉? どこにいるんだ? こっちへ来てたんじゃないのか? え? 何も言わないで帰ったら心配するだろ……別に怒ってるわけじゃない。家にいるならいいんだ。具合でも悪のか? そうか」

 賢は電話を切って、

「家に戻ってるらしい」

 と朝子に向かって言った。

「そう、どうしたの? 具合でも悪くなったの?」

「いや、別に何でもないと言ってる」

「それならいいけど、どうしたのかしらね」

 朝子は首をかしげながら、自分も昼食の席についた。

 

 昼食後、朝子と沢はまた加寿子の和室の片付けに入った。

「えーと、和泉ちゃんに出してもらった棚の中身はこれだけね。この形だと壺かしら、一、二、三……八つもあるわ。ここには壺ばかり入れておいたようね。中を開けて虫干ししてから蔵へ持って行きましょう」

「かしこまりました、奥様」

 と沢が言った。

「沢さん、和泉ちゃんの事を奥様と呼んだ方がよくない? 賢さんに代替わりしたんだし」

 と朝子が真面目な顔で言い、沢もうなずいた。

「では、朝子様は大奥様ですね」

「それもちょっと、ずいぶんと年をとったみたいで嫌なのよね」

「やはりこのお屋敷で采配をふるわれる方が奥様なのでは」

「そうね、和泉ちゃんにもいずれはこちらへ戻って奥様になってもらわないとね。でもね、あの足では無理させるのもと躊躇してしまうわ」

「実際、美登里さんが賢様に付き添っていらっしゃいますから、あのお二方がご夫婦だと思われてる方もいらっしゃいます」

「え、そうなの?」

 沢は言いづらそうに、

「はい……まあ、ご一族の方は皆様知ってらっしゃいますけど、お屋敷に出入りの業者なの方は……先日、美登里さんに向かって若奥様と……賢様に訂正されて恐縮してましたわ」

「あら、そんな事を和泉ちゃんが知ったら大変じゃないの! せっかく賢さんの初恋が実ったのに、離婚されてしまうわ!」

「はい、和泉さんにしたらよい気持ちはしませんね」

「やっぱり賢さんと和泉ちゃんにはこちらへ戻ってもらう方がよさそうね。私達が奧へひっこめば和泉ちゃんもそう気兼ねしないで生活できるでしょう? そうしましょう!」

 朝子は忙しげに立ち上がり、

「私、雄一さんに話してくるわ。沢さん、この壺よろしくね」

 と言って小走りに去って行った。

「壺が八つ」

 と沢が指さして壺を数えた。

 和泉が取り出した木の箱はどこにも見あたらなかった。


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