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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第三章
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美登里

 結局、自分は祖母の靜香と同じなのだ、と美登里は思い当たってしまう。


 祖母はがみがみという人だった。

 躾にはことのほか厳しく、礼儀作法を間違えたりした時には物差しで酷く叩かれたりもした。それは全て土御門家の為だった。祖母の口癖は、御当主の嫁となり土御門を支えていくのが一族の女に生まれた最高の栄誉である、だった。

 そして美登里が次の当主を生む。それは美登里の為というよりも靜香の野望だったのだが、美登里はそこに一番近い場所にいた。

 次代と認定された跡継ぎの男子と年も釣り合い、出しゃばりすぎない霊能力を保持し、習い事も精を出し、学校の成績も良い。

 旦那様となるべき人物の影すら踏まないように教えられ、控えめで、そして健康。

 次の代を生むに相応しい女性。

 好む好まざる関係無く決められた相手と結婚し、土御門の為に生き、子孫を生み増やし、そして土へ還る。

 そう教えられてきた美登里だった。それに対して葛藤はあったものの、そうするしかないのだと思っていた。他に道などなかった。

 結婚相手は本家の長男の賢だと聞かされていた。

 小学生から次代認定されていた優秀な人間だった。真面目で冗談を言ったり、笑ったりしているのを見た事がない。外見はお世辞にもハンサムではないし、霊能力保持の為に巨体を維持しなければならない為にやたらに大きく太っている。

 賢は美登里と顔を合わせても無愛想で、仲良くしようという気もなさそうだった。

 美登里に関心もない様子だし、遊びに誘われた事もない。

 ただ近所に住んでいる幼なじみの和泉とだけ仲がよさそうだった。

 

 ところが年頃になって祖母が結婚の話を本家へ持ち込むようになってから、話が難航しだした。美登里の耳にははっきりした事は入らないが、賢が逃げ回っているらしい。

 祖母の話もその姉である本家の加寿子伯母様の話も賢はきっぱりと断っているようだ、と両親が話していた。

 その時の美登里にはそう聞いても自分がどう動くか、という意志すらなかった。

 賢と結婚するかどうか、は周囲が決める事だったからだ。

 何を言っても美登里の意見が通ったことなどなかった。すべては祖母の意見が尊重され、そして祖母の意見は本家の加寿子伯母様の意見も同じだった。

 加寿子は女の身で先々代の当主を勤めた女傑で先代も頭が上がらない存在だ。

 加寿子がこうしなさい、と言えば一族中の者が頭をさげてそれに従うのが土御門の常識だった。だから加寿子が賢は美登里と結婚しなさい、と言えばそれは決定だった。

 それは決して覆らない、そう思っていた。


 賢の事は好きでも嫌いでもなかった。どんな性格かもよく知らなかったからだ。ただ、一族内では素晴らしく褒められる優秀な霊能力者なのは知っていた。

 一時期は美登里も能力者としての修行をしていた事があるからだ。

 それは楽しかった。自分の能力を上げていくのは素晴らしい経験だった。

 式神を操れるようになった頃に祖母のいいつけで修行は打ち切られた。

 霊能力の修行は当主の妻になる為の経験の一つに過ぎず、これ以上は必要ないと祖母が判断したからだ。そして気の進まない習い事に行かされた。

 このまま好きでもない人と結婚すれば、いつか好きになれるものなのだろうか、と思う事もあった。


 賢には好きな人がいる、と聞いた時には衝撃だった。

 幼なじみの和泉の事が好きらしい。

 しかしよくよく聞けば加寿子には反対されているらしい。

 それでも、反対を押し切っても、和泉と結婚したいと思っているらしい。


 そんな事が可能だろうか?

 あの加寿子伯母様の反対を押し切って? 

 無理だ。

 日本がひっくり返っても無理だ。

 加寿子大伯母様は鉄壁の鎧だ。

 引退したとはいえ、今でも一族で一番発言権がある。

 一族には加寿子大伯母様を指示する年寄りも多いのだ。

 

 だけど。

 もし賢が和泉と結婚したら、加寿子大伯母様の力を打ち破ってそんな事が可能なら、そして賢が次期当主となったら、自分の願いも叶えてくれるかもしれない。


 もう一度修行をしたい。

 土御門の能力者として働きたい。

「私はおばあさまのお人形ではないのです」

 と何度も飲み込んだ言葉を言えるかもしれない。 

 賢と和泉の力になれば、自分の願いも届くかもしれない。

 そうだ、そうだ。

 目の前が開いたような気がした。

 ぱあっと光が差し込んだような気がした。

 

 そしてそこから始まった。


 様々な事が起きて過ぎていき、今、土御門は危機を迎えていた。

 現当主夫妻が時巡に巻き込まれて行方不明という前代未聞の事件だ。

どこへ行ったのか、生死さえも不明である。

 事情を知っている者達の落胆ぶりと、そしてそれを内聞にしながら行方を捜す作業、そして本来土御門神道としてやらなければならない業務、それらの間で挟まれて上層部の意識は暗く沈んでいた。

 まず当主代理の仁が落ちつかない。

 仁は賢のような決断力に欠けていた。

 だがそれは仁のせいではない。持って生まれた性分だ。

 賢の補佐としては冷静で優秀、建設的な意見も出せるはずの仁だが自分が采配をふるうのは勘が狂う。

 そしてその仁の補佐をしなければならない三男の陸が落ちこんでしまってどうしようもない。さらに張本人の美優がめそめそしている。

 美優はあの後しばらくは入院していたが、退院後行くところもなく本家で面倒を見る事になった。加奈子との関わりもあり、胸中は複雑だが美優に落ち度はないという先代の温情ある言葉で決まった。

 美優自身は遠慮し、すぐに出て行こうとした。美優にしたら住みにくい場所なのは違いない。全てが自分の親、姉のしでかした事のつけなのだ。

 賢と和泉が行方不明なのは自分の責任である、と思っている。

 そして一度、夜中に美優がカバンを持ってこっそり出て行こうとしていた所を美登里が捕まえてた。それは想定内の行動であるのでイチローに見張りをさせていたのだ。

「私のせいで……これ以上ご迷惑をかけるわけには……」

 と美優がしおらしく言うのに、美登里は少しだけいらっとする。

「ええ、確かにあなたのお姉さんのせいですわ。でも、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない、そう言ってここを出て行く事こそ、本当に迷惑な事だという事を思い知りなさい。あなたがいなくなるとまた陸さんが大騒ぎしてあなたの行方を追う、その為にまた人手がいる。そうすると仁様の仕事の補佐に支障がでる。賢様や和泉さんを一生懸命探している高弟の方達のご苦労もお考えなさいな。皆さん、時間を削って、能力を削って探してくださってますのよ。あなたも迷惑をかけないような最大限の努力をなさい!」

「はい……」

 美優は涙目である。


 美登里はいらいらとしていた。 

 そして仁も陸も同じようにいらいらしていた。 

 それらが心細いという感覚だという事に誰も気がついていなかった。

 ただ一人の人に心底傾倒していた自分がそこから放り出されて、不安になっている。

 美登里は美優にがみがみと言う事で自分の心の平静を保っているような気がしていた。

 そしてその自分の姿が祖母と重なる。

 いつも弱い自分にがみがみと言っていた祖母。

 美登里を自分の思うように操ろうとしていた祖母。

 そこから脱却できたのは賢のおかげだった。賢の加寿子への反逆がきっかけで美登里も祖母から逃げ出す事が出来た。

 賢には感謝している。例え、賢が祖母の死に関わりがあったとしても、だ。


「そうですわ。がみがみと言わなければならないなら、そうしましょう。賢様がお戻りになるまで私は何としても土御門を守らなければならないのですから。皆さんに嫌われても、がみがみと言い続けましょう。それが土御門の為ならば、私はそれで満足ですわ」


 祖母が自分を支配するのは祖母自身の為であったが、少なくとも祖母の教育が今の美登里を作った事も確かだった。そしてその教育が今はとても役にたっているという事も事実だった。当主の妻となる心構えや、無理矢理覚えさせられた土御門の歴史や上下関係、土御門神道の業績など、祖母の意図とは別に美登里は勉強してきてよかったと思う。

 祖母のしつけは恐ろしいほど美登里を縛ったが、今は少しだけ感謝の気持ちもある。

 美登里が土御門で能力を発揮できるのはそれらの下積みがあればこそだからだ。

 そんな風に思えるようになったのも最近で、祖母が亡くなってからだ

 祖母の死の原因も知った。

 それに対する加寿子への賢の決断は間違いなかったと思う。

 そしてようやく美登里は祖母を心の底から悼む事が出来たのである。


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