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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第二章
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二夜目3

 ダンっと音がした。和泉は慌てて格子を開けて外を覗いた。

 賢の身体が廊下の欄干を乗り越えて地面に落下しようとしていた。

 慌てて廊下へ出ようとするが、何分、素早く動けない。


 ようよう廊下へ這い出て欄干の間から外を伺うが何分、外灯もない庭は漆黒の闇だ。 室内からの蝋燭の明かりだけがちらちらと揺れている。

「赤狼君、見える?」

 赤狼は和泉の横へ出て来てから夜空を見上げた。

「月もこの勝負に関心がありそうだ」

 と赤狼が言うと、暗雲がゆっくりと風に流れた。

 庭にぱっと月明かりが差し込んできて、白い玉砂利を照らした。

 

 賢の身体は着物が酷く乱れて、砂利の上に蹲っていた。

 頭を抱えて、苦しそうに呻いている。

 身体は震えているようだが、急な動きは見せない。

 動こうとする気配と、それを差し止める動きが均一の力で引き合っていて、どうにもならないようだ。

「賢ちゃん……」

「泰成は四年前に九尾の狐を手ひどく追い詰めた人物だと聞いたぞ。もっともその時に自分も怪我をして半死半生だったらしいがな。霊能力は高く、四男とはいえ泰親の後継者に一番近い男だそうだ」

 と赤狼が廊下に寝そべって、身動き一つしない賢の闘いを眺めながら言った。

「九尾の狐って玉藻の前という女性に化けていたという?」

「そうだ古くは中国で殷の妲己として大暴れ、あっちにはかなりな爪痕を残したらしいぞ。古代インド、やがては日の本の国へ飛んできて、その中枢に入りこんだ。だがお前達のご先祖は手強いらしい。泰親に看破され、優秀な子息に追い詰められた。泰成も深手を負ったが、相手もかなりの傷を負わせた。今はどこかへ潜んでいるらしく、探索中だとか」

「ふーん。そか、泰成様が……」


「泰成には子孫の身体を乗っ取ってまでもやり甲斐のある使命なのだろうな」

 和泉は赤狼を見た。

「その為に賢ちゃんの身体を欲しがってるの?」

「もちろんだ。そしてそれを支える者達にとっては千年後の子孫など他人も同然。大義名分を与えてやるからありがたく身体を差し出せというくらいの思惑だろう」

「そんな!」

 和泉は口元を手で覆った。

 赤狼はそんな和泉をちらっと見てから言葉を続けた。

「相手は九尾の狐だぞ。千年先の我々の時代でも凶悪で醜悪、最強の伝説として未だ君臨している悪妖の中のスーパースターだ。そいつを倒せる陰陽師はそうそういない。安倍泰親、泰成、そしてその兄弟、歴史に残る陰陽師が勢揃いしても逃がした相手だ。現在の状況はきわめて日の本の危機。今、仕留めておかないと日本そのものの滅亡まで危ぶまれる。そんなものよりも女一人が大事だ、と叫んだ子孫には泰成の方がさぞかしがっかりしただろうな」

 赤狼は辛辣だった。

 和泉は酷く悲しそうな顔になった。

「賢ちゃんて、その事を知っているのかしら?」

「さあ。一つの身体を共用しているんだ、ブロックしていても多少の思念はお互いに通じるだろうな」

「じゃあ、きっとまだ知らないのね。賢ちゃんが知ったら泰成様に身体をあげちゃうわ」

「……」

「そういう人よ。そうでしょ?」

「そうかな」

 と赤狼が言って、少しだけ笑った。

「そうかなって……賢ちゃんはご先祖の危機に逃げたりしないわ。きっと、自分を犠牲にしても……そうなったら、賢ちゃん、もういなくなっちゃう……泰成様に身体をあげて消えていっちゃうわ……きっと」

 和泉はそう言って、まだ庭に蹲って動けない賢を見た。


 ざくざくと石を踏みしめる音がして、幾人かの人影が奧の方からやってきた。

 先を歩く者が松明を掲げて先を照らす。

 その後に歩いてくるのは直衣姿の背の高い男達だった。

「安倍の泰親、そしてその子息達だ」

 と赤狼が囁いた。

 先日の接見では御簾の向こうで顔すら見られなかった安倍泰親は初老の男だったが、酷く優しい顔をしていた。口元には笑みさえ浮かべている。

 泰親は廊下に座り込んでいる和泉と赤狼を見て、少しだけ笑った。


「何事じゃ! 騒がしいの!」

 と泰親が言った。

「泰成……どうした?」

 泰親にそっくりな若い男が一歩踏み出て、蹲る弟に声をかけた。

「あ……兄上……」

 と顔をあげる事も出来ずに、泰成が切れ切れに答えた。

「泰成が押さえ込めないとは……強いな。千年後の息子は」

 と泰親が言ったがその声はとても冷たかった。


「全部……承知なのね。この屋敷の人達は……皆、知ってるのね。皆で賢ちゃんの身体を奪おうとしてるのね」

 と和泉がつぶやいた。

「それほどに強いからな、九尾の妖狐は。本来ならば人間が相手にするのもおこがましい。だが人間には人間なりに守らねばならないものがある。だから命がけなのだろう」

 そう言う赤狼の言葉も和泉もは酷く冷たく聞こえた。

 赤狼にとっても九尾の妖狐は最強、最凶、最悪、憧れさえ持つような対象なのかもしれない。妖の身でありながら、人間を守る式神になっている身が窮屈なのかもしれない。


「九尾の狐……狐って神に近い種もいるんじゃないの?」

「いるさ、稲荷大権現とかな。どのような類種であっても善悪は様々だ。人間だとて善人もいれば悪人もいる」

「そうね」

 とだけ、和泉は言った。

 何も言葉が出てこない。

 賢は抹殺されて、泰成に身体を奪われる。 

 泰成との闘いでは五分でも泰親、そして優秀な兄弟がよってかかれば賢など一瞬で息の根を止められるだろう。


 その為に和泉は裏・時巡の封印を解いたのだ。

 和泉が賢を殺してしまう為に千年前に送り込んだのだ。

 

 闘鬼にも騙されたのだ。

 加奈子から美優を助ける手段として千年前の先祖に助けを求めるなんて嘘だったのだ。

 泰成が身体を欲する為に賢を呼び寄せる罠だった。

 

「やめて、やめて下さい。賢ちゃんを殺さないで!」

 和泉はそう叫んで、庭に転がり落ちた。

 ずるずると着物を引き摺りながら、賢の方へ這い寄っていく。

 赤狼がひらりと欄干を飛び越えて、和泉を護るようにその身に寄り添う。

 ぐるるると牙をむいて安倍家の陰陽師達を威嚇するが、相手にはそれほどの驚異ではないようだった。

 その証拠に泰親、そしてその師弟の陰陽師達もすでにその場に自らの式神を呼び出していたからだ。

 悪鬼もいる。

 犬のような猫のような獣がいる。

 翼の生えた者もいる。

 醜い姿の者もいる。


 安倍家の式神が次々に姿を現す。

 暗闇に紛れて「ケケケケ」「ククククク」と鳴いている者もいる。


 和泉は顔を上げて泰親を見た。

 とても和泉の願いなど聞き入れてもらえないのはその冷たい雰囲気で分かる。

「すまんな、千年後の娘よ。どうしても、その男の身体がいるのだ。泰成ほどの能力を保持し続けられる頑丈な器が」

 和泉は賢の身体にしがみついて、いやいやと顔を振った。

 賢の腕が苦しげに和泉の手に触れたが、賢にしても本気で自分を押さえつけようとしている泰成に身動きが出来ない。泰成にしてもそうだった。

 賢の本気を自分の監視下に制御出来なくなっていた。

 お互いの力が拮抗してどうにもならない。


 和泉と賢の元へ続々とざわざわと影が近づいてくる。

 赤狼も押されている。

 これだけの数を赤狼だけではとても無理だ。 

 原始の妖は強い。


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