二夜目2
(あ~あ、もっとデートとかしたらよかったな~ 大体、賢ちゃんがぐずぐずしてるから~二十年も時間があったんだから、もっとこう、アプローチのしようもあったよね? 急展開で結婚までして、すでに離ればなれじゃん。新婚旅行も行ってないんだよ~あたし達。大体、あたしがいなくなってもさー、美登里さんがいるから土御門は別に痛くも痒くもないだろうし、業務に支障がでるわけでもないし。結局、あたしが賢ちゃんと結婚したのってこの為かよ~~も~賢ちゃんのデブ、グズ!)
ため息つきつつ和泉がそんな事を考えていると、
「お前、失礼だな。誰がデブの上にぐずだ!」
と泰成が言った。
「え?」
和泉は泰成を見た。
泰成は和泉を睨んでいる。そしてその大きな身体が和泉の方へ動いた。
「え」
和泉はつい後ろへ下がる。
泰成はにやっと笑ってから、和泉の方へ手をのばした。
和泉はぶんぶんと首を振る。
「ごめんなさい、無理です」
「夫婦になる夜だ。お前に断る術はない」
「……」
「時巡の完成を待っているんだろう?」
「……」
和泉は唇を噛みしめて泰成を睨む。
泰成は心地よさそうな笑みを見せた。
そして和泉を押し倒す。
和泉の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。唇を噛みしめたまま、目を閉じる。
(賢ちゃん……ごめんね)
だが。泰成の頭の中に警鐘が鳴る。
(……触るな。和泉に触るな。和泉には手を出さない約束だ! 殺すぞ、くそ野郎!)
「くっ」
泰成の動きが止まった。顔が歪んだ。
苦痛を我慢しているような表情だった。
「?」
「お、俺に逆らうな! と、時巡の開発をやめてもいいんだぞ! その為に千年も遡って来たんだろうが! 俺を殺したら……」
和泉の上に覆い被さったままの格好で泰成が怒鳴った。
ぽたぽたっと和泉の顔の上に泰成の汗が落ちる。
いつの間にか泰成は顔中に汗をかいているし、和泉を押し倒した腕には鳥肌がたっている。
「貴様に俺を止められるものか! 俺の方が強い!」
(卑怯な野郎だな。お前を頼ってきた者を脅して意のままにして、それで満足か! 千年も遡ってきて、尊敬して立派な先祖だと思っていた正体がこれか! がっかりさせる!)
「く……やめるぞ、研究をやめてしまっていいのだな! 千年後に土御門がどうなってもいいのなら俺を殺せ!」
泰成がそう叫んだ瞬間にぐっと泰成は白目をむいた。
顔が真っ赤になり、呼吸が荒い。
身体中の熱が急上昇しているようだ。
和泉はその泰成の身体の下から這い出て、屏風の方へ身を寄せた。
「な、何なの? 誰に言ってるの?」
(馬鹿馬鹿しい! やめればいい! 時巡なんぞ破棄してしまえ! 和泉を生け贄にしてまで守ろうとは思わねえな! 俺達がいない後の世界なんぞ知ったことか! 安倍も土御門もクソ喰らえだ!! 和泉よりも大事な物なんか俺にはない!)
手の甲にふぁさっと柔らかい物が触れたので、和泉は振り返った。
「赤狼君!」
赤狼が屏風の中から出て来たので、和泉は目を丸くした。
「ね、泰成様が……なんか変なんだけど」
赤狼はふんっと鼻で笑って、
「和泉に手を出そうなどと愚かな事を考えるからだ。身体は自分でも中身が違う人間が和泉に触るのは許せないのだろう」と言った。
「え? 身体が自分ってどういう意味?」
「和泉が時巡を閉じた時に飛び込んだのは俺だけじゃなかった。同時に当主も飛び込んだのだ」
「賢ちゃんが!?」
「そうだ、だがどこかではぐれた。この時代には当主の気配がなかったから、どこか遠くへ飛ばされたのかもしれんと思っていたのだが、当主だけ今より三年も前の時間に落ちたのだ」
「三年前?」
「……四年前、安倍泰親が超大物の妖と闘った時に泰成は生きるか死ぬかの重症を負った。誰もがもう駄目だと思いながら日を重ねていた。だがある日を境に健康を取り戻し、全身大やけどだった身体が傷一つなく、見事に復活したそうだ。その変化が三年前。当主の身体を借りて復活したのだ」
「じゃ、じゃあ、あれ、賢ちゃんなの?」
赤狼はうなずいた。
「一つの身体に二つの魂、加奈子と美優の再現だな。だが、今度はどちらも超強力な霊能力を保持している。当主の身体だからこそ保っているが、決着は早めにつけた方がよさそうだ」
和泉は呆然として泰成を見た。
泰成は肩で大きく息をしながら、ゆっくりと動いた。
身体を起こし、どすんと床に座った。
「時巡の開発を条件に身体を貸したが、泰成は身体を戻すつもりはなさそうだな。加奈子との決着の鍵を握る人物が加奈子と同じ身体の乗っ取りを企てているんだ」
赤狼の言葉に和泉は泰成を見た。
着物に染みが出るほどの汗が流れている。
よほどに息苦しそうで、和泉に構う暇もなさそうだ。
脳内で、体内で、賢と闘っているのだろう。
「賢ちゃん……」
和泉は自分の胸も苦しくなってきて、胸を押さえた。
「泰成が時巡を開発し、さらにそれを裏・時巡まで昇華させる。それまで身体を貸す約束だった。だが、今の泰成はそれを土御門の子孫の為ではなく、自分の為に生み出そうとしている」
「自分の為?」
「そうだ、当主の魂を追い出して、身体を完全に自分の物にする為に」
「!!」
ガタンっと音がして、賢の身体が立ち上がろうとしていた。
手も足も震えながら、何度も膝をつきながら、立ち上がった。
「賢ちゃん?」
と和泉が手を出そうとしたが、赤狼に止められた。
賢は和泉の方へ振り返る事もせず、よろよろと部屋を出て行った。
「大丈夫なの? 泰成様の霊能力も強いんでしょ? 賢ちゃん、勝てるの? ご先祖様に勝てるの? 安倍泰成といえば歴史にも名が残るほどの人……」
はらはらと和泉の目から涙が溢れた。