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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第二章
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一夜目2

「すみません」

 和泉は素直に謝った。そして、

「泰成様、安倍の、そして土御門の千年の為にどうぞよろしくお願いいたします」

 と素直に頭をさげた。

 

「ふん、最初からそうやって素直に頭を下げて願えば、俺も考えないでもないぞ」

「……もう一つお願いがあります」

「何だ」

 和泉はきっと顔を上げて、

「全てが終わった後に私を千年後に戻してもらえないでしょうか」

 と言った。

「無理だな」


 そ、即答……


「何故ですか? あなたの術で千年を飛んできました。元の場所へ戻る事は……」

 泰成はじっと和泉を見てから、さすがに、同情するような表情を見せた。

「俺の意志でも、例え今の安倍の総力をもってしても、千年もの時を先へ巡るのは無理だ。時巡は過去へ巡る術だからな」

「過去へだけ……?」

「そうだ。だが、俺が編み出した時巡はこの世に存在する万物全ての意志とその能力を借りて発動する術。我ら人の手によらずとも、きっかけはどこにでもある。お前が来た千年後の世界に通ずる歪みがどこかにあるやもしれん。お前達に出来るのは偶発的にもその機会が来るのを待つしかない。何かの拍子にその幸運に恵まれるかもしれん」


 ぽろっと和泉の瞳から涙がこぼれた。

 もう、戻れないんだ……賢ちゃん…… 

 

「そう……ですか……」

 と和泉がつぶやいたその瞬間に、

「ぐっ」

 と泰成が頭を押さえた。

「……痛っ」

「泰成様?」

 泰成は頭を押さえて前のめりにその大きな身体を伏してしまった。

「うううっ」

 と頭を押さえたまま、泰成は苦しそうに唸っている。

「大丈夫ですか?!」

「う……」

「誰か! 誰か!」

 和泉が廊下の方へ這っていこうとした時、ぐいっと泰成が大きな手で和泉の肩を掴んだ。

「さ、騒ぐな……」

「泰成様?」

「……大丈夫だ……今夜はこれで……」

 泰成は後頭部を押さえながら立ち上がった。

 大きな身体がよろっとよろめきながら、部屋を出て行った。

「どうしたのかしら……頭痛持ちなのかしらね」

 泰成が話をしただけで帰っていったので和泉はほっとした。

 同時に平成には戻れないという事実が重くのしかかる。

 平成には戻れずこのまま平安時代で泰成の妻になり、暮らしていくしかないのだろうか。

 二度と戻れないかもしれないという覚悟はしてきたのだが、一縷の望みも持っていたのだ。時巡を開発した本人ならばと思っていたのだが。

 和泉は大きなため息をついた。

「もう、戻れないのかぁ……賢ちゃん、もうあたしと赤狼君、帰れないんだって。泰成様って賢ちゃんにそっくりだけど……きっと……好きにはなれないな」

 賢は賢の中身であって、好きになったのだ。 

 顔が似ていても賢ではない。

「……誰かいないの? 誰かぁ」

 と和泉が廊下に向かって声をかけると、

「お呼びですか?」

 と瑠璃の声がした。

「ええ」

 衝立が開いて瑠璃が顔を出した。

「泰成様が具合が悪くてお帰りになったわ。様子を見てきて欲しいの。かなり頭が痛そうだったから」

「まあ、それはいけませんわね」

 と瑠璃が言い、すすすすーっと去って行った。

 和泉はごろんと畳の上に横になった。

「赤狼君、まだ帰ってこないのかしら……」

 とつぶやくと、

「何だ」

 と声がして、赤狼が姿を現した。畳の上にどすんと座る。

「赤狼君、いたの? 泰成様の顔見た? 賢ちゃんにそっくりだったわよ。偉そうなところも」

 あははははと和泉が笑った。

「ふむ」

 と赤狼が言った。




「泰成様、具合がお悪いのでしょうか?」

 瑠璃が声をかける。

「案ずるな」

 と泰成の声がした。だが先ほどとは違い、弱々しい息苦しそうな声だった。

「泰成様……」

 瑠璃は泰成の自室へと入っていった。

 文机にうつぶした泰成がいた。

「心配ない」

 と泰成が振り返り言った。

「まだ大丈夫だ」

 ほのかな灯りに見せる泰成の笑顔は弱々しい。

「失敗したようだ。思いの外、強い」

「泰成様……」

 瑠璃の顔が青ざめて今にも泣き出しそうだ。

「あの娘を泣かせてしまった事に腹を立てたようだ。だが、そうそう俺に手出しも出来まい。俺が時巡を完成させなければ、千年もの時を巡ってここへ来た意味がないのだから」

 泰成はそこで言葉を切って側に立てかけてある鏡を見た。

 銅板を磨いた鏡には歪んだ顔が映っている。

「俺が時巡を完成させるまではどうにも出来まい。抵抗するのは為にならぬぞ。あの娘が大事ならな。そうであろう? 賢、と言ったな、千年後の当主よ」

 と泰成が鏡に向かってそう言った。

 一瞬だけ、泰成の顔が苦痛に歪んだ。

 身体の中で、脳の中で抵抗する者がいるからだ。 


「泰成様。時巡を完成させた後は……どうなるのでしょう?」

 心細げな震える声で瑠璃が言った。

「あなた様はまた身体を失うのですか? 四年前のあの死力を尽くした祈祷により、身体を失った後、魂だけのお姿でずっと彷徨って……ようやくあなたに合う身体を手に入れる事ができましたのに……」

「失わぬさ。俺が能力の弱まった子孫になぞ負けるはずがない。魂だけ消滅させてやる。その為の裏・時巡だからな」

「泰成様」

「身体を失った俺の為に千年もの時を遡ってくれる者がいようとは。一時は絶望したが、この好機は逃しはせぬ」

 泰成がにやりと笑った。

 それは邪悪な気に満ちた顔だった。

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