平成女子にはいろいろと無理2
赤狼が尾をふりふり戻ってきた。
何だか機嫌がよさそうだ。
「赤狼君、何かいいことでもあったの?」
和泉が着物に埋もれてそう言った。
安倍の屋敷に来てから何日たつのか、カレンダーもないしテレビもない現状では和泉には何も分からない。分かるのはもうすぐ冬が来るという事と、心臓が止まりそうなほどの寒さだ。その為に着物を重ね着するのだろうが、そうすると重く動けない。
泰成からの動きもなく、時々北の方が顔を見に来るくらいである。
足の不自由な和泉には屋敷内でこれといってする用もない。屋敷の中を見て回りたいのだが女はあまり出歩くものではない、と瑠璃と加江に言われる。
布を持ってきては縫い物でもするように言われるのだが、平成女子に着物なんぞ手縫いするのはほぼ不可能。例えミシンがあったとしても無理だろう。
歌でも詠めと言われても無理。
退屈しのぎに小冊子のような読み物を持ってきてくれても、達筆すぎて読めない。
要するに何も出来ない。
自分はどこにいても役立たずだ、と思いながらいじいじと引きこもる和泉と対象に赤狼は日中はどこかへ出かけて、夜になると戻ってくる。夜は戻ってきてもらってふかふかの毛皮に埋もれないととてもじゃないが、和泉は寒さに凍える。
「まあな」
と赤狼が言った。
畳の上でどすんと寝そべったので、和泉は早速もふもふとその毛皮に顔を埋める。
「何?」
「仲間を発見した」
「仲間?」
「そうだ、平成からしたら何十年も昔に絶滅した仲間だ」
「ニホンオオカミの?」
「ああ」
「へえ! そっか、この時代ならいっぱいいたかもね! 赤狼君、ニホンオオカミの最後の長だったっけ」
「まーな」
「そっか、そりゃ、懐かしいよねー。じゃあ、仲間と親交深めてたんだぁ」
「……」
「違うの?」
赤狼はぱたぱたと尾を振ってから、
「いやー、クソ生意気な奴らがいたんで、半殺しの目に……」
と言った。
「ちょ、ちょっと! そういう事するから数が減ったんじゃないの?! どうして楽しそうな顔してるのよ!」
「……」
赤狼は舌をだして、てへ、という風な表情をした。
「てへ、じゃないでしょ!」
赤狼な大きなあくびをして、
「そっちの首尾は? 泰成様とやらにうまく取り入ってるのか? 時巡の術を開発してもらうんだろう?」
と言った。
「それが……泰成様に会うことすら出来ない状態なの」
「婚礼の晩までか」
「泰成様と結婚しなくちゃならないって事?」
「向こうはそういうつもりだろうな。屋敷の中はその話で持ちきりのようだ」
「そんな」
「このままここで貴族の奥方として一生を終えるのもまた一興。貴族の奥方にしてもらえるだけまだましだと思え。この時代に外へ放り出されたらとても生きていけまい」
「それは……そうだけど」
「婚姻を拒めば時巡の術を破棄されて、追い出されるかもな」
和泉はしょぼんと赤狼の背中にもたれかかった。
「やっぱそうかな……赤狼君、泰成様を見た事ある?」
赤狼は首を振った。
「駄目だ。一度顔を見てやろうと覗きに行ったのだが、はじき飛ばされた」
「ええ? 赤狼君を?」
「そうだ。屋敷の主やその他の者はそうでもないが、泰成という者だけが酷く護りが固く近寄れない。霊能力はもの凄く強大そうだ。泰親の跡を継ぐのは四男にもかかわらず泰成だという声が高いらしい」
「ふーん」
和泉は唇を少しだけ尖らせた。
「噂話を拾ってきたが、少々変わった人物のようだぞ」
「泰成様が?」
「ああ、真面目で堅物、兄弟とも距離を置いている。日がな一日術の研究と能力を磨く修行に熱心で人付き合いはすこぶる悪い」
「え、でも、瑠璃さんはとても優しい人だって言ってたわよ?」
「瑠璃さんにだけ、優しいんじゃないのか」
「ああ、そうかも! 瑠璃さんてとっても綺麗だし……でも、それならどうして瑠璃さんと結婚しないのかしら」
「卜いの結果が政治にまで影響するほど高名な陰陽師の家だぞ。気持ちよりも何よりも卜いに出た言葉が最優先だろう」
赤狼はくわ~~とあくびをした。
「あ~~もうどうしていいか分からない……」
「目的は時巡なのだから、泰成がそれを完成させるまではしおらしくせねばなるまい」
「うん……正直な話……あたし、また平成に戻れると思ってたの。時巡が完成すればあたしも戻してもらえるんじゃないかって……でも、泰成様と結婚するのが条件なら、本当にもう平成には戻れないかもしれないわね」
和泉はぽかぽかと自分の頭をたたいた。
「どうしても……」
と言って赤狼が言葉を切った。
「何?」
「どうしても無理な相手ならば、俺がここから連れ出してやろう。時巡が完成するまでの辛抱だ」
「え?」
和泉は顔を上げて赤狼を見た。
赤い狼は優しいまなざしで和泉を見返した。
「時巡が完成し、鬼に千年後の事を託す。その後はどこか田舎の方でのんびり暮らすのもいい。逃げ出した女を追うほど安倍も暇じゃないだろうしな」
「赤狼君……」
「都へ運ばれる荷を丸ごといただけば一年は田舎で楽に暮らせるぞ」
と赤狼が乱暴に言ったので和泉は目を丸くして、
「そ、そんなの駄目よ! 泥棒なんて!」
と言った。
「ではどうする? 農作物など作った事などないだろう?」
「う~ん」
和泉は腕組みをして考えた。
「せっかくの霊能力を活用してもいいがな」
「活用?」
「民間陰陽師となって卜いや悪霊払いをして稼ぐ」
「卜いなんて出来ないわ」
「民間の陰陽師なんぞ適当だぞ」
「そうなの?」
「ああ、ま、和泉一人くらい、俺が食わせてやるさ」
と赤狼が言ったので、和泉は嬉しそうに笑った。
心強い言葉だった。
赤狼は和泉の親友であり頼もしい味方だった。
赤狼が側にいてくれれば何でも乗り切れるような気がして、和泉はとても気持ちが楽になった。




