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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第二章
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平成女子にはいろいろと無理

 和泉がぐったりとしている。

 個室のような部屋に案内されて、そこで過ごすように言いいつけて北の方はまたすすすすーっと去って行った。部屋はフローリング……というか、板の間で畳が一枚だけ。

 和泉はその畳の上に座って、はあっと息をついた。

「な、何なの、泰成様って……予定と違う。闘鬼さん、そんな事言わなかったし」

 和泉がおろおろとしていると足音がして再び、北の方が顔を出した。

「あなたの世話をする者を用意しました。必要な物があれば言いつけなさい」

「こ、これは誠に申し訳なく……」

 とまだ混乱している和泉がわけの分からない返事をする。

 二人の娘は和泉と同じように長い着物を何枚も着て、美しい黒髪を伸ばしていた。

 部屋に入り、入り口の側で座ると和泉に頭を下げた。

 世話をする者というよりも、この二人の方がよほどに美しく貴族の娘のようだった。

「瑠璃と申します」

「加江と申します」

 二人の女官は和泉に丁寧に頭を下げた。

「この娘は遠い国から泰成の妻となる為に来たのです。京の作法には慣れていないでしょうからお前達で教えてあげなさい」

 北の方がそう言って去って行き、二人の女官はその後ろ姿に頭を下げた。

「あ、あの~」

 と和泉が恐る恐る女官に声をかけると、

「瑠璃」と名乗った娘がまず顔を上げた。瑠璃は賢そうな品のある顔立ちだった。この時代、貴族の屋敷に女官として勤めるには才気に溢れて知恵のある娘が好まれた。

 瑠璃は如才なさそうな感じで和泉は好感を持った。

「何でしょう? 和泉様」と返事をして、続けて「加江」と名乗った娘が立ち上がり、「すぐにお食事の用意を」と言って仕切りの向こうへ出て行った。 

「あの、泰成様にお会いできるのはいつに?」

 と和泉が言い瑠璃がくすっと笑った。

「泰成様にお会いできますのは婚礼の夜ですわね」

「こ、婚礼!?」

「もちろんですわ。泰成様から文がいただければすぐにでも婚礼の夜の日が決められますわ」

「ふ、文……」

「泰成様はとてもお忙しい方ですから……」

 瑠璃はそこでうふふと笑って、

「文を書いていただけるのは時がかかるかもしれませぬ」

 と言った。

「え、いや、文はいいんです、もし何だったらその婚礼の夜とかも中止の方向でお願いしたいんです。婚礼じゃなくて泰成様に直にお話がしたいだけなんです」

「ですから、婚礼の夜にはお会いできますわ」

「出来たら婚礼の夜以外の日でお願いしたいんですが」

「それはなりませんわ。貴族の女性はむやみに人前には出ないものですのよ。夫となるべく方以外には家族くらいしか顔を見せないのです。そして婚礼の夜が終わるまでは夫となるべき方にも会わないものなのです」

「そ、それはまあ、そうかもしれないですけど……その、そこを何とか。あのこれにはいろいろ事情がありまして」

 和泉の頭の中はパニックだ。がくがくして涙目になっている。

 そこへ膳を抱えた加江が戻ってきた。

「お食事ですわ」

「ど、どうも」

 加江は和泉の前に膳を置き、給仕をしようと和泉の側に座った。

 差し出された碗を受け取っても和泉はもそもそと食べ始める。

(こ、これは!……美味しい。昨日まで木の実とか草とかかじってたもんね)

「お屋敷の中が慌ただしいですわ」

 と加江が言った。瑠璃に比べて加江は地味な女性だった。優しそうな顔だが控えめで「何かあったの? 話だけでも聞くよ?」と言いたくなるような笑顔だった。

「え、そうですか」

「大量に布をこしらえてお着物をたくさん縫い始めますから」

「へえ、そっか、着物も買うとかじゃなくて作るんだもんね、この時代」

「ええ、婚礼に向けて和泉様のお着物をたくさん縫わなければなりません。泰成様のお着物も必要ですし」

 ぶはっっと和泉が飲んでいた汁を吹き出した。

「じきに寒くなりますから綿入れの着物がたくさんいりますわね。北の方様には姫様がいらっしゃらないのでたいそうはりきっておられますわ」

 と瑠璃も言った。

「さ、さようで」

(やばい、やばい。どうにか泰成様との婚礼を阻止……しなくちゃ。あーでも、もし平成に戻れないってことになったら、行くあてもないし、この時代で生きていかなくちゃならないのかしら……賢ちゃん、私、今、ちょっぴり後悔してますぅ……)

「泰成様ってどんな方なの?」

 和泉の問いに瑠璃と加江が顔を見合わせた。

「とても素敵な方ですわ」

「あなた達は会った事があるの? 女性はむやみに男性と会っちゃいけないんでしょ?」

「それは年頃の未婚の姫様のお話ですわ。私達のようなお屋敷に仕えております女官はたくさんの方とお会いする機会があります」

 と瑠璃が言った。キャリアウーマンというところだろう。

「あ、そうなんだ」

「泰成様はあまり人前にお出にはなりませんが、背の高いとてもお優しい方ですわ」

「あ、そうなんだ」

 同じセリフで返して、和泉は大きなため息をついた。

「泰成様は先読みに長けた方で、毎日卜いをなさっています」

 くすくすと瑠璃が笑った。

「毎日お風呂に入りますのよ」

 と加江も言ってから笑った。

「毎日? そっか、この時代は毎日お風呂に入る習慣がないんだ。匂い消しの為に香が発達したと言われてるくらいだもんね」

「北の方様もそれには随分と頭を悩ませておられますけど」

 と瑠璃が真顔で言った。

「どうして?」

「毎日お風呂に入る方なんていらっしゃいませんもの」

「あ、そうなんだ……」

(どうしても、どうしても泰成様と結婚しなくちゃならないのなら、私も毎日お風呂を条件にしよう……あー、でも時巡の術を開発してもらわなくちゃならないのに、こっちから条件とか……無理?)

「そうそう、紙と筆をお持ちしましたわ」

 と加江が言い、和泉に箱を差し出した。中には筆と硯、和紙が入っている。

「泰成様に文をいただきましたらすぐにお返事を」

「そうですわね。こんなに心待ちにしておられるんですもの。早くいただけたらいいですわね。それとなく泰成様にお伝えしておきましょうね」

「いや、あの、それ、ちょっと違う」

 和泉が泰成を気にしているのをそう解釈したか。

「文って……和歌とか書くんだよね? っていうか、平成女子に恋の歌とか無理だし……多分、字すら読めねえし……」


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