土御門陸、イケメン
「美優!」
と鋭い声が背後から飛んできて、美優は肩をきゅっとすくめた。
ゆっくりと振り返ると、陸が大股で近づいてくる姿が見えた。
「先輩」
「お前、どこ行ってたんだ。ずっと姿見せないで、アパートにもいなかっただろ!」
と陸が腕組みをして、美優を睨んだ。
「へ、へへ、すみません……」
美優はぽりぽりと頭をかいた。
大学の構内である。土御門陸はすでに卒業しているが、サークルにOBとして顔を出す時もある。何よりイケメン、御曹司、金持ち、お洒落、車は外車と三拍子も四拍子も揃っている恋人になりたい男子ナンバー1。性格もよくて人気者であるので、陸が構内を歩くと黄色い声が飛んでくるほどだ。
黒髪はカラスの濡れ羽色、同じ色の瞳は黒曜石のように上品だ。
整った顔で見つめられるとどきどきするから、そんな目で見ないで~~~といつも美優は思う。だが、時々美優の背後の何か正体の知れない者を見ている時もあるので、それもちょっと怖い。
同じ家系の土御門のはずなのに、美優には加奈子の爪の先ほどの能力も授からなかった。
だから自分には陸と同じ物は見えないのだと、という事実が美優の気持ちにストップをかける。この人は好きになってはいけない人だ、と心に深く刻む。
「飯でも食いに行こうぜ」
と陸が言って歩き出したので、美優はそれに続いた。
二人は大学近くの喫茶店に入って向かい合った。
「で? どこで何してたんだ」
美優は大盛りのスパゲティをもぐもぐと食べながら、
「先輩に世話になるわけにもいかないし、家に戻ろうと思って……」
と言った。
「無茶言うな、あの女に加奈子の身代わりで一生飼い殺しにされるぞ!」
「ええ、和泉さんにもそう言われてせめて大学を卒業するまではって」
「和泉さんって、和泉ちゃん?」
美優はうなずいた。
「うん、この間、偶然知り合って、ご飯とかお茶とかケーキとかいろいろご馳走に」
「あ-、和泉ちゃん、料理とかお菓子作るのとか上手いんだよな。うちの連中もすっかり和泉ちゃんのお菓子目当てで……え、でも、どこでご馳走になったんだよ」
「和泉さんち? 何か、豪華なマンションですね」
「えー、まー兄いなかった?」
「あ、最初はいなくて、でも途中に戻って来て……」
「だろうなー、まー兄いたら家に入れてくれないんだよな」
「え? 陸先輩を家に入れてくれないんですか?」
「そう、まー兄、今あれなんだよ。子供を産んだばっかりの猫?みたいな」
「な、なんすか、それ」
確かに睨みつけられて、逃げるように出て来たあの場面を美優は思い返した。
「和泉ちゃんに近づく奴は殺す! 触るな! みたいな感じ」
「え……」
「まー兄は和泉ちゃんが大好きなわけ。和泉ちゃんが宝物だからさ、それに近づく奴は許さないって感じ?」
「そ、そうなんですか……」
え、あの巨体で、一族の御当主が、奥さん大好きって、好感度がアップかダウンか美優には分からない。
「万が一、和泉ちゃんに離婚されたら、うちの一族も終わりだからさ」
と言って陸が笑った。
「え、どうしてですか」
「もし和泉ちゃんが離婚よ!って言いだしたら、まー兄が壊れるから」
「壊れますか? いくら和泉さんの事が好きでもそんな弱い風には見えないですけど……」
美優が首をかしげたので、陸が笑った。
「でもマジで大学も辞めようかと」
と美優が話を戻した。
「どうしてだ」
「学費も払ってもらえなくなりそうだし、生活費も自分で稼がないと。辞めて就職しようと思って。父親はもう頼りにならないし、継母もああだし、姉はどこで何してるのか分からないけど……元々仲のいい姉妹ってわけでもないし」
「あと一年だろ、がんばれよ。金なら出世払いで貸してやる」
「いや……いいっすよ。そこまでは。何かいいバイトでもあったら、紹介してくれるだけで……」
と少し厚かましい事を言いながら、美優は食後のケーキに手を伸ばしたが、
「あー、和泉さんのチーズスフレの方がおいしかったなぁ」
とつぶやいた。
「あたしに能力があったら、神道会館の方でバイトの口ありましたよね。ってそもそも霊能力があったら、姉の代わりが出来たって話か」
陸もコーヒーを一口飲んでから、
「かりにお前に能力があっても、加奈子の代わりをするのは反対だ。先代はかなり目こぼししてたけど、まー兄に代替わりしたからな。まー兄は厳しい処罰を考えてると思うぞ。無名でやるならともかく、土御門の看板を堂々と使った事をなあなあではすまさないと思う」
と言った。
「そうなんですか? じゃあ、姉が戻っても……」
「……」
陸は加奈子がもう戻らない、という事をどうしても美優に言えずにいた。
姉と比べられて、寂しい少女時代を送っていたが、美優はそれでも加奈子の事を慕っていたからだ。
兄弟で比べられる事のつらさは陸にも覚えがある。能力の低い自分がみじめに思っていた事もある。だが賢は加奈子とは違い、自分の能力を慢心してひけらかしたりはしなかった。だからこそ陸は賢を尊敬している。
馬鹿にされたりあざ笑ったりされても、美優は加奈子の事が好きだったようだ。
加奈子の事を美優に告げるには、加寿子と賢と和泉の確執から話さなければならない。美優は賢を恨むだろうか。直接手を下したのは加寿子だったが、原因は賢と和泉だ。
逆に賢も加奈子の妹である美優にはいい感情はないだろう。
加奈子は被害者だった。だが加寿子の生け贄に選ばれたのは加奈子自身の生き様に原因があったのだ。
そして加寿子は和泉を抹殺する事にもう少しで成功する所だった。
その事を賢は生涯忘れないだろう。
「大学を辞めるのはもう少し考えろ。休学したっていいだろう」
と陸が言った。
「はい……」
「それで親父さんはどう思ってるんだ? 加奈子がいなくて、お前まで家を出てもまだ母親の肩を持つのか?」
「それは……空気っていうか、父はあの人には逆らえないっていうか……」
「そうか」
「すみません、陸先輩。お忙しいのに、こんな事で……」
美優はすまなそうにうつむいた。
「俺はいいけど、お前、気をつけろよ。家に連れ戻す為に何か強硬な手段取ってくるかもしれないぞ」
「はい……」
陸は時計を見て、
「やべえ、仕事に行かないと。じゃあな、また電話する」
と言って立ち上がった。
「あ、はい、ありがとうございます」
店の前で別れて歩いて去って行く美優を見送りながら、
「ジュウガ、美優は視えないから気づきはしない。側で護ってやってくれ」
と陸が小声で言った。
「ガウ~~」
と小さく吼える声がして、シュッと黒い影が陸から美優へ飛んだ。
陸の式神は六神だ。
鬼女紅葉、赤蜘蛛のアッキーナ、そして陸が世話をして大事に育てた四匹の犬が恩返しに犬神となり、陸に仕えている。
ジュウガは最古の犬神だった。陸が三歳で初めて拾って来た犬だった。
毛皮は白と黒の毛がまだらになっていて、立派な体格と鋭い牙を持つ。ジュウガは自分を拾ってくれた陸にとても恩義を感じ、忠誠を誓っていた。
陰陽師である主人に仕える式神は多数いるが、その中でも無条件に主人を愛しているのは陸の犬神だけだろう。打算も欲得もない、ただ陸に感謝と愛情だけを注いでいる。どの犬も陸でなければ犬神になる事もなく終わった犬生だった。
ジュウガがこっそりと美優の側につくのを見届けてから陸もその場を立ち去った。
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