和泉VS加奈子1
コンコンとドアがノックされてから、カチャッと開いた。
「まあ、和泉ちゃんじゃないの!」
加奈子が大袈裟に驚いたような顔をした。
燿子はふんと横を向き、正三郎はおどおどとした態度でうつむいた。
「こんにちは」
和泉の車椅子を押して賢が部屋へ入って来た。
仁と美登里、陸もいる。
「美優ちゃんの好きなケーキを焼いたから」
蓋付きのケーキボックスに丸いチーズケーキがワンホール入っていた。
和泉が蓋を開けると、ふわっといい匂いが漂った。
その背後から美登里がワゴンを押して来て、
「お茶でもいかがです?」
と言った。ワゴンにポットとカップのセット、そしてケーキ皿が乗っている。
「わあ、美味しそう。本当、和泉ちゃんてケーキ焼くの上手ねえ。まあ、それくらいしかする事がないんだもん。上手にもなるわよね」
と加奈子が言った。
美登里がケーキを切り分けて、皿にのせる。
「そうね、レパートリーもだいぶん増えたわ。式神さん達も楽しみにしてくれてるしね」
ふふっと和泉が笑った。
「加奈子、美優から離れて来世に備えて成仏してくれ。このままだと、成仏も出来なくなる。二度と人間に生まれ変われなくなるぞ」
と陸が言った。
加奈子はふふんと笑った。
「来世の事なんか知らないわ。魂が存続するとしても記憶もなくなって、あたしじゃない誰かが困っても関係ない」
「虫になるわよ?」
と和泉が言った。
「え?」
加奈子が眉をひそめて、和泉を見た。
「虫になるわよ、来世。げじげじかゴキブリになって踏みつぶされて終わりね。でも次もまた虫ね。そういうの嫌じゃないの? 嫌じゃないならその精神力を尊敬するわ」
具体的な例をあげられて、加奈子の顔は引きつっている。
「あたしなんか、賢ちゃんとの結婚を悩んでた時に虫になるって言われたのよ? 虫よ? 虫。賢ちゃんのプロポーズを断っただけで来世は虫よ?」
賢がこほんと咳払いをし、美登里がよそを向いた。
「妹の身体を乗っ取ったなんて、どうなるのかしらね?」
「大きなお世話よ!」
和泉はワゴンの上のポットからカップへ紅茶を注いだ。
加奈子の方へ差し出しながら、
「加奈子さん、少し休んだら?」
と言った。
「何よ」
「あなた、ほとんど寝てないんじゃない? 霊能力で押さえつけてるとはいえ、美優ちゃんの存在をじっと感じているんでしょ? 外からは賢ちゃんの監視が厳しい。内から外から監視されて隙を見せられないんでしょ? 少し美優ちゃんを外へ出してあげて欲しいの。美優ちゃんと話がしたいから。その間くらい、少し休めばいいわ。美優ちゃんの安全を考えたら強引にあなたを引っ張り出すのは賢ちゃんでも無理だもの。あなたに対しては何もしないわ」
和泉はにこっと笑顔を見せて加奈子へそう言った。
「ここにはあなたのご両親もいるし、今なら敵味方は五分五分よ」
「……」
加奈子は迷っているふうに視線をきょろきょろとさせた。
疲れているのは事実だった。
時折暴れる美優を押さえつけるのも疲労する。
毎日、陸がやっては懇願され、仁や美登里が来ては加奈子を責める。特に美登里の視線は厳しい。まるでそれこそ虫けらを見ているような目で加奈子を見る。美登里の土御門に一生を捧げる、という決意は確かな物らしい。土御門には加奈子は邪魔で今すぐにでも排除すべき存在だとその目が語っている。
「ねえ、加奈子さん。美優ちゃんがどうしてるか知りたいの。少しでいいわ。美優ちゃんと話をさせてちょうだい」
だが人を欺いてきた人間は人を信用しない。
加奈子は勝ち気にふふんと笑って見せた。
「お断りよ。美優と話なんかさせないわ」
「どうして? みんなが美優ちゃんだけを心配しているから? みんなが美優ちゃんを好きだから? あなた、嫌われてる自覚はあるのね? でも、あなたにはご両親がいるじゃない。小さい頃から美優ちゃんはほったらかしで、あなただけを大事にしてきた……あら、それも少し違うわね。あなたの霊能力だけを大事にしてくれたご両親が。美優ちゃんに霊能力があれば立場は逆だったかもしれない、優しいご両親が」
「ちょっと失礼じゃないんですか。和泉さん! 御本家の奥様ともあろう人が!」
といきり立ったのは燿子である。
和泉はふふふっと笑った。
和泉には引け目がある。幼い頃から土御門の名を名乗っていながら、修行もしていない、勉強もしていない。土御門では何の役も立たない自分。霊能力が開花したとはいえ、出番もなく、ただ賢に守られるだけ。さらには足が不自由で、本家の奥様としての立場もない。
それらはすべて和泉の引け目になっていた。
賢に対して、仁や陸に対して、美登里に対して、義父母に対して。
土御門の全てに対して。
だから意見も言えず、言われる事だけやっているしかない。
和泉こそが土御門を恐れていた。
土御門が和泉を押し潰すように思っていた。
加奈子に対しても、美登里に対しても。
みんな立派で、自分だけが役立たず。
自分が土御門でご立派な意見なんて言えるはずがない。
だが。
闘鬼に渡された文献を読み進めて、加奈子の狙いは解明した。
そして、自分がすべき事も理解した。
後は、加奈子と自分の喧嘩だ。
スイッチは自分。
それなら、負けない。
OL生活八年で培った実績がある。
金儲けと霊能力しか知らず、社会に出て働く厳しさも知らず、礼儀もコミュニケーションも知らず、土御門の中だけで培養されたこの人達に。
女同士の口喧嘩なら絶対に負けない。




