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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第二章
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先代の言葉

「和泉ちゃんは? 今日、来るように言ってなかった?」

 と仁が言って、美登里が首を振った。

「何でもお忙しいらしいですわ。和泉さん」

「忙しい?」

「ええ、賢様がそうおっしゃってました」

「ふーん」

 加奈子の部屋を出てまた仕事の部屋まで戻りながら仁と美登里が話している。

 陸は肩を落としたまま加奈子の部屋に残っているが加奈子を説得するのは無理そうだ、と仁も美登里も思っている。そして賢が加奈子を力尽くで追い出す、結果、美優も無事ではすまないだろう、という事も。

 このまま加奈子が美優の身体の中で生存する事を許しやればいいのかもしれない。

 だが身動き一つ出来ない美優も可哀相だ。

 二人が一つの体内で共存するのは可能か?

 加奈子がこれ以上の要求を出さなければ、それも可能かもしれない。

 加奈子が心に平静を取り戻し、妬みや苦しみ、悲しみ、自分だけが不幸だと思う悪感情さえなくなればの話だ。だがそれが出来るのならばもう共存など必要なく、美優の身体から自然に離れて行けるだろう。

「ですが……やはり無理だと思いますわ。お気の毒だとは思いますが、やはり加奈子さんの霊魂にはあちらへ行っていただかないと」

 と美登里が言った。

「ああ、いつまでも霊魂のままだと加奈子も悪霊に墜ちてしまう。悪しき感情に支配されて美優ちゃんまで取り込まれてしまうかもしれないしな」

「力尽くで、となると……悲しい結果になりますわね」

「しょうがない。どうやってもいい結末なんて無理な話だ。美登里ちゃん、加奈子の親の居所は掴んだ?」

「はい、お二人揃って近くにおいでますわ。加奈子さんからの声がかかるのを待ってたようですわね」

「計画通りってわけか。加奈子の親も随分と太い神経だよな。本家に乗り込んでくるなんてさ」

「さようですわね。少しでも恥という物を知っていれば、親としては娘の悪行を戒める場合でしょうに。その娘と一緒になって、本家へ恩を仇で返すようなこの振る舞いは許してはおけませんわ」

 美登里ははぁとため息をついた。 

「それもこれも……加寿子大伯母様から始まった事ですわね」

「それは言っちゃ駄目だ」

 と仁が言い、美登里は仁を見た。

「賢兄がまた自分を責めるからさ。もちろん、賢兄と和泉ちゃんの事とおばあさんが時逆の封印を破ったのは関係ない。一族の者を犠牲にしたおばあさんの罪は深い。処罰されてもしょうがなかった。でも賢兄はずっと自分を責めているんだ」 

「そうですか。そんなにお気になさらずともよろしいのに」

「和泉ちゃんの足の事故にも責任を感じてるみたいだからね」

「……和泉さんの足ですか。それなら……」

「何?」

「いいえ、何でもありませんわ」

 美登里は頭を少しだけ振ってから、にこっと微笑んだ。



意気揚々と加奈子の両親、正三郎と燿子が本家へやってきたのは、年の瀬も押し迫った寒い日だった。出迎えたのは先代の雄一と朝子。

 そして賢がいた。

 本家の人間の視線は決して歓迎するような暖かい物ではなかったが、そんな事に気遣いを見せるような人間ならば最初から娘を戒めるだろう。

 燿子はまるで自分がこの屋敷の主人のような堂々とした態度で入ってきた。夫の正三郎は燿子に追従する使用人のようにも見えた。

「まあ、この度は加奈子共々、行くあてのない私達までお屋敷に置いていただけるなんて、御当主はお若いのに情けの分かる方だこと」

 と燿子が言った。

「そうともさ、賢坊ちゃんは優しい方だ。なあ、雄ちゃん」

 と言ったのは正三郎だった。

 雄一とは幼い頃からの知った仲で、雄ちゃん、正ちゃんと呼んで遊んだ仲だ。だが、霊能力の格差が雄一を当主へと、正三郎を雄一の前で萎縮するような人間へと変えていった。

 娘の加奈子が希にみる能力者だと分かった時には小躍りして喜んだが、雄一の息子は三人揃ってずば抜けていて息子の代でも太刀打ち出来なかった。

 小さな妬みが少しずつふくれあがり、加奈子の霊能力で金儲けをする燿子を諫めることもしなかった。土御門に必要とされないならばよそで生きていくまでだ、と思ったからだ。

「正三郎さん。これ以上、あなた方に土御門の名前を辱められてはかなわないですからね。意気揚々と乗り込んできたようですが、土御門二十六神がいつもあなた方の一挙一足を見ている事を覚えておいた方がいいですよ。最も修行も嫌い、勉強も嫌いで逃げ回ったあげく、せっかくの能力も枯れ果ててしまったあなたには式神の気配も感じられないでしょうけど」

 賢は刺すような冷たい目で燿子を見た。

「燿子さん、あなたもだ。俺の式神は土御門の霊能力だけを滋養としてるわけじゃないんです。気に入らない人間は喰ってしまうような式神もいるんですよ」

 燿子はきっと賢を見た。

「御当主ともあろう方が脅しですの?」

「脅しですめばいいですね。忠告はしましたよ」

 そう言うと賢はさっさとその場を退席してしまった。


 先代の雄一は困ったような顔で幼なじみを見た。

「正三郎、加奈子の霊魂が美優の身体を乗っ取るなどと、よくもそんな非道な事を許したな。一体、どういうつもりだ」

「そうはおっしゃいますけど、先代様」

 と言ったのは燿子だった。

「加奈子があんまり不憫じゃありませんか。二十三の若さで先々代の犠牲になって殺されたんですのよ。どういうつもりだとはこちらがお聞きしたいわ」

「先々代の罪は死によって贖われた。それで許すつもりはないし、許されるつもりもない。だが、美優を、妹を犠牲にするなどとよくもそんな恐ろしい事を。美優とてお前達の娘であろう?」

 燿子はふんっと横を向き、正三郎はうまい言い訳も考えつかずに頭をかいただけだった。

「正三郎さん、燿子さん、今の状況を分かってらっしゃるの?」

 と言ったのは朝子だった。

「加奈子さんが非常に危険な状態にいるという事をあなた方は分かっていないのではなくて?」

「朝ちゃん、それはどういう意味です?」

 と正三郎が言った。

 燿子も一瞬は不思議そうな顔をした。

 だが弱みを見せるのが嫌なのか、つんとした態度は崩さない。

「今の加奈子さんは霊魂の状態。これはとても危険なの。人間は肉体を持って初めて精神とのバランスが取れるの。あなた方も土御門の人間であるのだから、もっと勉強するべきだった。加奈子さんの霊能力でお金儲けの事ばかり考えているから、事の重大さが理解できていないのよ」

 朝子の声は厳しかった。

 燿子はふてくされたような顔になり、正三郎はまた頭をかいた。

「金儲けもいいだろう。加奈子の能力は本物だから、神の会でそれなりに人様の役に立ってはきただろう。加奈子にすがってきた本当に困っている人を助けていたのも事実だ。神の会に感謝して、心穏やかになった者もいるだろう。だが、そこまでだ。加奈子があの若さで死んだのは可哀相だ。だが、美優の、妹の身体を乗っ取ってまで生きながらえようとしている、あの執着がもう人としての限界を超えていることにお前達は気がつかないのか?」

 雄一が静かにそう言い、朝子もうなずいた。

「お前達が加奈子を成仏させて、美優の身体は美優に返してあげなさい。美優の身体を乗っ取ったとしても、加奈子はそう長らえないぞ。加奈子の執着は止まらないだろう。美優の身体の次は? 金か? 土御門の権力か? その次は? それに追従するお前達も同じように邪悪な精神に蝕まれていくだろう。金が欲しいのは結構だ。だが手段は選ばなければならない。娘を二人も失った後に後悔しても遅いんだぞ!」

 正三郎はびくっと身体を縮こませて、怯えたように雄一を見た。

 賢に代替わりし老いたとはいえ土御門の一代を担ってきた貫禄はまだまだ十分である。そのまっすぐな力強い瞳に、正三郎はかつては憧れ、尊敬していたのだ。

「雄ちゃん……」

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