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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第一章
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亀裂

「……何をやってるんだ」

 と本物の賢が入って来た。

 賢の視線は橙狐と繋いだ和泉の手を見てから橙狐に視線を移した。

 きゃうん!と声がした瞬間にオレンジ色の狐が部屋の隅まで吹っ飛び、床に蹲った。

「賢ちゃん!」

「随分と楽しそうだな」 

 和泉が立ち上がろうとするよりも早く、赤狼と緑鼬が姿を戻し橙狐の側に駆け寄った。

「身辺の警護を言いつけただけで、茶を飲んで遊んでろとは言ってない。消えろ!」

 腹立たしそうに言ってから賢はソファにどさっと座った。

 赤狼がぐうと低い声で唸り声をあげた。

 賢が赤狼の威嚇を見て、

「何か文句でもあるのか」

 と言って睨みつけた。

「土御門の危機に手のうちようもなく、式神に八つ当たりか」

「何だと」

「何に対しても手をこまねいているだけなら、当主になる器ではなかったと先代に泣きをいれたらどうだ。何の覚悟もなく代替わりするから加奈子なんぞにしてやられるんだ」

「……」

「和泉の事もだ。いつまで閉じ込めて寂しい思いをさせるつもりだ。飾って愛でるだけで満足なら人形でも置いとけ」

 賢がぎゅっと唇を噛んだ。

「赤狼君! やめなさい!」

 と和泉が厳しい声で赤狼を止めた。

 赤狼は和泉をちらっと見てからすっと姿を消した。

 緑鼬と橙狐もそれに続く。

 しんとなったリビングで賢は怒りに震えているように見えた。

 握りしめた拳が震えている。

「賢ちゃん……」

 賢は普段、怒りや感情を表に出さない。

 だが赤狼の言葉は賢の痛い所をついた。

 賢は憎々しそうに赤狼のいた場所を睨んでいる。

 土御門の最高責任者である賢が式神に意見されるなど屈辱だろう。

 今の赤狼は土御門十二神でさえなく、和泉の式神という位置では野良の狼にすぎない。

「ごめんなさい。あたしが橙狐君に頼んだの……あの……こんな時にふざけてごめんなさい」

 賢はしばらく言葉も出ないようだったが、やがて大きく息をしてから、

「赤狼の言う通りにただの八つ当たりだ」

 と言った。

「賢ちゃん……」

 しばらく二人は黙っていたが、

「もう一度、美優に会った。精一杯押さえているつもりだろうが、確かに霊波動が確かめられた。間違いなく加奈子だろう。気をつければ天狐の気配も感じる」

 と賢が言った。

「陸君は?」

「夕べ、話した……ショックで泣きそうな顔していた」

「……こちらが知ってるって事を加奈子さんは知ってるの?」

「多分な。こっちの態度で察知するだろう。お互いに知らないふりをしても進展しない。明日、加奈子に要求を聞こうと思う」

「そう……」

「来るか?」

「いいの?」

 と和泉は賢の方へ振り返りながら言った。、 

「むしろ加奈子に押さえつけられている美優に話かける必要もある。美優が自身で身体を取り戻そうという意志が必要だ。和泉の話は聞くかもしれない」

 と言った。

「あたしを恨んでいるっていう気持ちは加奈子さんと同じかもしれないけど……行くわ。加奈子さんの要求も知りたいし。賢ちゃんは土御門の乗っ取りって言ったけど、加奈子さんがどうやって乗っ取るっていうの?」

 賢はその和泉の問いにしばらくの間、黙っていた。

「……美優を人質にしてるんだ。何だって可能だろう。俺と仁を追放する。陸に代替わりさせる。中身が加奈子の美優と陸が結婚する。それだけで土御門は加奈子の物だ。陸は美優を殺せないだろうし、加奈子のいいなりになるしかない。後は母親が乗りこんでくるだろう。賀茂を伴ってくるかもしれないな」

「そんな……」

「俺は土御門の為に美優を殺せる。実の祖母まで手にかけたんだからな。だが、陸は美優を守る為に俺達とも敵対するだろう。俺は今度は大事な弟と戦わなきゃならないんだ」

 賢が辛そうに言った。

「賢ちゃん! 陸君と……なんて」

「実際の話、もし乗っ取られたのが和泉だったら? 土御門の為に何でもすると言っておきながら俺は和泉を殺せない。仁と陸が和泉を殺そうとしても阻止する。だから陸が美優を殺せない気持ちは責められない」

「賢ちゃん……」

「だから美優に意識と強い意志をはっきりと持って欲しい。加奈子のいいなりにならないように」

「美優ちゃんがもしあたしを恨む気持ちを持っていても、加奈子さんのやってる事が間違いだって分かってくれたらいいのね」

「そうだ、そこが俺達の勝機だ。美優と加奈子が身体の中で争って、加奈子の霊魂が少しでも離れそうになれば手はある」

「手って?」

「邪悪な魂に身体を乗っ取られた時にそれを祓う呪術はある」

「すぐにはそれを使えないの?」

「難しいな。そこらを浮遊している悪霊が人間にとりついたのとはわけが違う。特に賀茂の呪術が作用しているからな。それに美優の魂をがっちり掴まれている場合、美優まで犠牲にしてしまう。加奈子に美優を殺されてしまうかもしれない。だからこそ、美優に抵抗して欲しいんだ。中から追い出す力が必要なんだ」

 和泉は賢から視線を外して、ふうとため息をついた。両手をこすり合わせたり、手を組んでみたり、落ち着かない動作をする。

 賢はそんな和泉を見ていたが、

「寂しいのか?」

 と聞いた。

「え? ううん、そんな事……」

「俺だって考えてる事がある。加奈子があんな馬鹿な事をしなかったら、もう少し時間があって和泉の側にもいられた。だが今は緊急事態だ。陸も美優も生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ!」

「分かってるわ……あたしが何か邪魔でもしてるって言うの?」

「赤狼には寂しいと言うんだろ? 俺には何も言わないのに」

 と賢が言った。

「赤狼君にだってそんな事言ってないわ! あたしが赤狼君に愚痴をこぼしてるって思ってるの? あたしだって美優ちゃんと陸君の事を心配してるわ! でもこんな身体じゃここでじっとしてるしかないじゃないの!」

 最後の方は涙声だった。

 和泉はふらふらと立ち上がり、杖を手にとった。

 よろよろとソファから離れて自分の部屋の方へ歩いて行く。

「和泉!」

 賢の声に和泉は振り返ったが、

「寂しいって言ったって無駄じゃない。側にいてくれる時間なんてないんでしょ! 全く、加奈子さんの言う通りね。雑用は美登里さんにさせて何の役にもたたない、座ってお茶飲んでるだけの奥さんなんていっそいらないわよね」

 と言って部屋に入ってバタンとドアを閉めた。

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