イケメン男子会
「ん?」
と和泉は顔を上げた。
自室で時巡についての文献を調べていた途中だった。
本家へ出向いた時に、先代の雄一に土御門の呪術についての本を何冊か借りてきて、それと照らし合わせながら読み進めている。
本を借りる理由は特には言ってない。ただ興味があるので、と言う言葉であっさりと借りる事が出来た。雄一も朝子も和泉を実の娘のように信用している。門外不出とまではいかないが、それなりに高価で価値のある書物を無条件に貸し出してくれるのがそれを示している。
賢の耳にも入っているだろうが、それに関しては特に賢から言葉はなかった。
加奈子と美優の事も気になるが、何が出来るでもない。
美登里に雑用を任せて、ケーキを焼いて本を読んでいるだけなのは加奈子の罵倒の通りだった。
「え? どうしたの? みんな」
和泉のパソコンデスクの周りに、赤狼が寝そべっているのはいつもの事だ。だが、その後ろに橙狐が座っている。そしてさらに緑鼬までが入り口近くにいた。
「警護だ」
と赤狼が答えた。
「警護?」
「そうだ、当主に言い付かって橙狐と緑鼬が来た。マンションの周囲は黒凱と白露が見回っている」
「え~、どうして?」
「当主は加奈子の目的が土御門乗っ取りだけではないかもしれない、と用心している」
「え? 他に何の目的が?」
「和泉への復讐だ」
「復讐……」
「妬み、欲の強い人間は自分の理論しか頭にない。まさかと思うような事でも、凶人には道理になる。和泉を恨むのはお門違いだが、それが通じないから仕方がない。こちらで自衛するしかない」
「そう……みんな、ご苦労様ね」
と和泉が言うと、橙狐がケーンと鳴いて、緑鼬は少し頭を下げた。
「加奈子の式は天狐と言う名の狐だ。そいつが来れば橙狐が感知できるし、同族でこちらが位は上だから戦いは有利だ。それは加奈子も承知のはずだからそんな正攻法で来るかどうかは分からないがな」
「橙狐君ってさ……」
と和泉が言った。橙狐は、ん?というような表情で和泉を見た。
「あたし、謝らなくちゃ……包丁であなたを切ったの、あれ、本当にあった事だよね?」
和泉は橙狐の胸元を見た。
オレンジ色の毛皮がつやつやとしているが、首筋に少しラインが走っている。
自分が切り裂いた傷の跡だろうと和泉は思った。
「ごめんなさい」
橙狐はいやいやという風に数本ある尾を振ってからケーンと鳴いた。
「橙狐君、あの時、賢ちゃんに化けてたよね? すごい似てたんだけど」
橙狐は自慢げにまた胸を反らした。
「変化は誰でもできる。だが人間を真似て化けるのは難しい。橙狐の変化は十二神で一番上手くて完璧だ。橙狐は当主の霊能力の波動まで完璧に再現するからな。土御門の人間でも見分けがつかないだろう」
と赤狼が言った。
「しゃべらなかったらな……」
とぼそっとつぶやいたのは緑鼬だった。
「わ! しゃべった! 緑鼬君、しゃべった!!!」
と和泉が言ったので、緑鼬はまた少し頭を下げた。
「確かに、変化はうまいが芝居が下手だ」
と赤狼に言われ、橙狐は長くふさふさした尾で顔をくるんで丸くなって寝てしまった。
「そっか、じゃ、今日は橙狐君にちなんで、オレンジピールたっぷりのフルーツケーキ焼こうか」
と和泉が言うと寝そべった橙狐の尾がふるんふるんと嬉しそうに揺れた。
「買い物行ってこよっと」
と和泉が立ち上がると、赤狼が、
「外出は禁止だ」
と言った。
「えー、それも賢ちゃんの言いつけ?」
「そうだ」
「まじかよ!」
と和泉は頬を膨らませた。
「雑用は緑鼬が行くだろう」
と赤狼が言ったので和泉は緑鼬を見た。そして、
「わ! シドがいる!」と叫んだ。
黒い細身の革パンツ、同じく黒革ジャケットは鋲がついたショート丈。中はTシャツと思われるが、びりびりに破れている。黒っぽい緑色の髪はつやつやとジェルで固められ立っている。両耳にはずらりとピアス、唇にもピアス、鼻にもピアス。化粧までが変化なのだろうか、目の周りは黒く、唇も黒いが、瞳の色は綺麗な緑色だった。
顔は恐ろしいほど綺麗に整っていて、中性的な美しさがある。
「え、緑鼬君って……女の子だったの!!」
「いや、自分はオスっす」
と緑鼬が小さい声で答えた。
「そ、そう。へえ、パンク少年だったんだ~式神にもいろいろ好みがあるのねぇ」
パンク少年の緑鼬は立ち上がり、和泉の側まで来て、
「買い物に行ってきましょうか」
と言った。
「いや~~~~~~むしろ、一緒に行くわ!」
と和泉が答えた。
「へ」
「だって、パンク君と一緒に歩きたいわ!!」
「え、ちょ」
と緑鼬が嫌そうな顔になった。
「何よ、その嫌そうな顔」
「い、嫌じゃないっすけど、外に出すなと御当主の言いつけが……」
「大丈夫よ、みんなで行けば。すぐそこのスーパーまでだもん。ね?」
「……」
「え~~、じゃ、じゃあ、緑色のシフォンケーキ焼いてあげるから!」
緑鼬のパンクファッションは好みだったらしく、和泉のテンションが上がってしまっている。困った緑鼬が助けを求めるように赤狼を見た。
「駄目だ」
と赤狼が言った。
「え~」
結局は赤狼の「否」で、外出は実現しなかった。
その後、緑鼬と並んで写メをたくさん撮るという事で暇を潰した和泉だった。
そして午後はケーキ焼き、式神達とお茶会をしたのだが。
「橙狐君、賢ちゃんに化けてよ。もう一回見たいわ」
和泉に言われて、橙狐がケン!と鳴いてひょいと空中で一回転した。
「わ!!!!!!!!」
和泉の目の前に賢(狐)が立っている。
前から見ても、横から見ても、後ろから見ても、賢だった。
いつものグレーのスーツ姿で立っている。
「しゃべるなよ」
と言って赤狼が笑った。
後ろ頭の髪の毛のハネも銀縁メガネも、苦しそうにネクタイを緩める仕草もそっくりだ。
「へえ、本当に上手ねえ」
和泉は手をたたいて喜んでいる。
「ここに座って、お茶飲んで」
賢(狐)は言われた通りに和泉の横に座って、紅茶のカップに手を伸ばす。
そんな仕草もそっくりで和泉は嬉しそうに橙狐を眺めている。
隣にはしゃべらないが賢(狐)、そして前には人に変化した派手なホスト系赤いイケメンと緑のパンク美少年が座っている。
これはなかなか楽しいお茶会ではないか!
和泉は隣に座っている賢(狐)の腕に自分の腕を組んでみた。
「うわ、本当に触り具合も、ぷよぷよ感も賢ちゃんだ!」
賢(狐)の大きな手の平を触ってみる。
サービスのつもりか、賢(狐)が和泉の方へにこっと微笑んだ。
優しそうな笑顔も全く同じだ。
和泉はそれからぎゅっと賢(狐)と手を繋いでみた。
「えへへ。本当に賢ちゃんみたいね」
次の瞬間、カチャッと音がしてリビングの扉が開いた。