最重要事項
「乗っ取り!!」
仁と美登里が同時に叫んだ。
「賀茂を唆し、妹まで犠牲にして。そこまで加奈子は俺達を恨んでいるという事だろうな」
と言う賢に、
「阻止できるの?」
不安そうに和泉が聞いた。賢は頭を振って、
「出来る、出来ないじゃない。やらなければならない」
と言った。
「賀茂か……どうも、怪しいんだよな。あの陰陽師」
「何がだ」
「あの陰陽師が加奈子の父親じゃないかな」
「嘘……仁君、本当?」
仁は肩をすくめて少しだけ頭を振った。
「俺がそう思うだけで、別に証拠はないけどさ、加奈子の母親にカマをかけたらかなり動揺してたからね」
「賀茂の子供が土御門に紛れこんでいたという事か? 二十年も!」
と賢が吐き出すように言った。
「加奈子さんの父親が賀茂だとすると、美優さんとは血のつながりはないという事になりませんか?」
「そうか……」
「だったら、美優の身体から加奈子を追い出すのは出来るかもな」
と賢が言った。
「本当? 賢ちゃん」
「二人が他人なら加奈子が美優の身体を乗っ取るのはなかなか難しい。魂と人間の身体は深く結びついているからな。兄弟姉妹のようなもっとも近い血族ならわりと馴染むが全くの他人では身体が拒否するだろう。だが、美優がそれを知らずに、自分から加奈子に身体を譲った場合は手の出しようも変わる。美優が加奈子を姉と信じ、加奈子に同情してしまったら簡単に乗っ取られるだろう」
それから賢はしばらくじっと自分の手元を見ていた。
「賢ちゃん?」
賢ははっと顔を上げて、
「大丈夫だ。始末は俺がつける。どうせすでに……」
「賢ちゃん……」
「最悪の場合、美優も諦めてくれ。何があっても俺は……土御門を守らなければならない」
と賢が言った。
「美優ちゃんも……諦めるって……」
和泉が悲痛な声でつぶやいた。
「陸には?」
と仁が言った。
賢は首を振って、
「まだ言うな。今の推測が本当かどうかを確認してからだ」
と言った。
「確認ってどうやって?」
と問う和泉に、
「美優は霊能力がゼロだ。だが中身が加奈子で、美優の身体を乗っ取る為に少しでも霊能力を取り戻しているなら、美優の身体から霊波動が出ているはず。それが感知できれば本物だ」
と言った。
「賀茂の末裔は俺があたってみるよ」
と仁が言い、賢はうなずいた。
「任せる。よりによってこの忙しい時に、面倒を起こしてくれるな」
賢は腕組みをし、眉間に皺をよせている。
「でも加奈子の身体は失われてどこにもない。賀茂との関係を立証するのは難しいな。DNA検査が出来ない。賀茂が父親かどうかを知っているのは燿子だけだ」
「どっちみち加奈子は追い出すし、賀茂との血縁関係はどうでもいい。あいつらがぐるになって土御門に敵対するなら全員潰すだけだ」
賢は冷たくそう言った。
「賀茂ねぇ……今の賀茂にそれだけの人材がいるかな? 正面切って土御門に喧嘩を売るような真似はしないと思うけど。末裔を名乗る柳園という男もテレビやネットで少々当たる占い師として評判になってるぐらいだし」
「その男の背後に組織的な団体がいないかどうか調べてくれ」
「分かった」
「では、私は加奈子さんのご両親の動向を調べますわ。破門の通達が全国の土御門に出ましたけれど、中には手をさしのべる者もいるかもしれませんわね。事情を知らない者達の間では破門はやり過ぎでは、との声もあるそうですわ」
と美登里が言った。
「破門がやりすぎ?」
賢の視線に美登里が苦笑して、
「やはり年配の方のご意見としては先代様はのんびりしたお方でしたので、諍いも少ない時代でしたけれど、賢様に代替わりされてからは……少々、強引ではないかとのお言葉も」
と言った。
「のんびりしたお方が問題を先送りにするから、次の世代が苦労してるんだろうが。何言ってやがる」
「四老院の存続会議の時も、若い当主は力で老いた者達をねじ伏せてと随分と泣き言があったもんな」
と仁が言った。
「よくもそんな事言えるな。自分達の時代にはさんざん権力を振り回してて」
「そうですわね。あまり親交のなかった従兄弟達があんなに一致団結して、親世代と喧嘩になったのはどこの家でも前代未聞の出来事でしたわね」
美登里が思い出してくすくすと笑った。
「まあ、どこの家も親の言う事には逆らわない、のが家訓だからなぁ。まあ、うちはおばあさんがあれだったから、親はそうでもなかったけどね」
仁の言葉にうんうんと賢と美登里がうなずいた。
「とにかく今から美優の問題が最重要事項になる。美優の身体から加奈子の霊魂を追い出して土御門の乗っ取りを防ぐんだ。いいな。仁は賀茂を、美登里は加奈子の親を調べろ」
仁と美登里が力強くうなずいたので和泉は慌てて、
「じゃ、じゃあ、あたしは?」
と言ったが賢が和泉を見て、
「和泉は家にいろ」
と言った。
「えー」
(あたしが謎を解明したのに……)とは思ったが、実際、本家へは出入りもしていない現在では何が出来るかと考えれば、何も出来そうにない。
加奈子とも両親とも親しくもなく、土御門の中での力関係の情報もない。結局また自分は何の役にも立たないのだ、という事を思い知らされる。
「和泉さん、そろそろ御本家へ入られたらいかがですの?」
と美登里が言った。
「え?」
「先代様と朝子おばさまが奧へお入りになるそうですわ。ですから主の屋敷は賢様と和泉さんがお使いになればいいと、先代様から言い付かっておりますの」
「奧って加寿子大伯母様がお使いになってた離れでしょ?」
「ええ、先代様は引退されたのだから、奧様とお二人で奧へ引っ込むからと」
美登里がまじまじと和泉を見たので、
「それは……賢ちゃんに聞いて……下さい。賢ちゃんの良い方でいいです」
と和泉は小さい声で答えた。
美登里が見ると賢は頭を振って、
「美優の件が片付いてからだ。和泉を恨んでいる者の側には置きたくない」
と言った。
「確かにそうですわね。失礼しました」
美登里はあっさりと引き下がり、和泉はほっとしたような残念なような気がした。




