美登里最強説
「和泉が来てる?」
「ええ、美優さんのお見舞いにと」
美登里の言葉に賢は手に持っていた書類を乱暴に机の上に放り出した。
それから慌てて執務室から出て行く。
「賢様?」
巨体を急がせながら、「来るなと言ったのに」と賢がつぶやく。
職場となる神道会館と本家の屋敷は広大な敷地内に同居している。素晴らしく広い庭園の中には池や花壇などがあり、敷地内にいれば外の喧噪はまるで聞こえない。
広大な敷地ゆえに移動は遠く、執務室から本家の客間まではたどり着くまで十分や十五分はかかる。
賢は急ぎながら携帯で陸を呼び出し、
「陸! 和泉が美優の所に来ているぞ! 会わせるなと言っただろ!」
と怒鳴った。
賢が美優の滞在する客室前についた時に同時に陸も走ってきた。
「誰もついていなかったのか!」
「ごめん……俺もちょっと離れてた。でも、見舞いに来てくれたくらい……」
「俺だったら大事な兄弟が殺されたと聞いた後で、それに関する人物に優しい気持ちで会う自信はないな」
と賢が真剣な面持ちで言い、陸ははっとしたような顔になった。
「で、でも美優はそんな事何も和泉ちゃんのせいになんてしない、そんな子じゃな……」
陸がそう言いながらドアを開けたのは美優が和泉に言葉を発した後だった。
「和泉さんて、事件の後、事故にあってそんな身体になったんでしょ? きっと罰が当たったのね。ざまぁだわ。あははははは!」
ドアが開いた後、美優は視線の端に陸と賢を確認したが口を閉ざすつもりはない様子だった。和泉の瞳からはらはらと涙がこぼれてもまだ美優は和泉をののしった。
「足が不自由になるなんて。一生、土御門のお荷物ね」
「美優!」
と陸が怒鳴った。
美優は賢と陸に視線を移したが、挑戦的な目つきで二人を見た。
「何です? 陸先輩。あたしの言う事は間違ってます? 姉さんを見殺しにしてまで本家の奥様になりたかったんでしょ? でも、事故でそんな身体になっちゃって、飾りにもなりゃしないじゃないですか」
「よくそんな事が言えたもんだな」
と賢が言った。怒りの為に声が震えている。
「そうですか? 姉は殺されて、両親はこの先、路頭に迷う。そんな状況であたしに感謝しろとでも言うんですか?」
「美優! 加奈子を犠牲にしたのは祖母の仕業だ。和泉ちゃんには関係ないんだ。兄さんと和泉ちゃんの事を恨むのは間違ってる」
と陸が言った。
「それはそちらの言い分でしょ。美登里さんだって、本当の事を知れば嫌になるわよ。ねえ、美登里さん」
と美優が言ってからドアの外へ視線を向けた。
賢と陸が振り返る。ドアの影に隠れるように美登里が立っていた。
「美登里さん! 靜香大伯母様が亡くなったの和泉さんのせいだって知ってました? それなのに、和泉さんは奥様としての務めも美登里さんに丸投げじゃないですか。いいように利用されてるって早く気がついたほうがいいですよ!」
「どういう事ですの?」
と美登里がおずおずと中へ部屋の中へ入ってきた。
「どうもこうも、姉が死んだのも、靜香おばさまが死んだのもみんな和泉さんのせいって事ですよ」
和泉はベッドの横の椅子に座ってただうつむいている。
美登里は和泉の震える肩を見てから賢を見上げた。
「和泉に罪はない。加奈子が能力を乗っ取られて死んだのは気の毒だが、和泉のせいじゃない。先々代が時逆の封印を破る為には能力が必要だった。莫大なエネルギーが。その為に加奈子や靜香ばあさん、その他にも一族の古い者達の霊能力を根こそぎ奪ったんだ。身体が耐えきれずに皆死んだ。それを和泉のせいだと美優が逆恨みしているだけだ」
「逆恨みじゃないわ。本当の事よ!」
ケーーーーーーーーン。
どこかで狐の鳴く声がした。
「美優……本気でそう言ってるのか?」
と陸が言った。悲しそうな声だった。
「では、昨年、一族で亡くなる方が多かったのは、加寿子大伯母様の仕業だと?」
と美登里が言った。
「そうだ。ばーさんが皆を犠牲にして」
「何故ですの? 何故、大伯母様は時逆を?」
美登里の問いに賢がつまると、美優が勝ち誇った声で言った。
「大伯母様は賢さんと和泉さんの結婚に反対してたからよ! 結婚を反対されたから賢さんは大伯母様を殺したのよ! 大伯母様は賢さんに対抗する為に時逆の封印を破ったのよ。でも、それでも賢さんにはかなわなかった。みんな、みんな、邪魔者は死んでしまって残ったのは賢さんと和泉さん。面倒くさい本家の奥様業も美登里さんにやらせて、和泉さんは優雅に座っているだけ。めでたしめでたしってわけよ! 本当だったら、美登里さんが花嫁候補から辞退した後、姉さんが花嫁候補だったのに。賢さんが大伯母様の言う通りに姉さんと結婚すれば誰も死なずにすんだのに!!!」
美登里は賢を見てから美優を見た。
それから和泉に、
「和泉さん」
と声をかけた。肩がぴくっと動いたが、和泉は顔を上げなかった。ただ、
「ごめんなさい……」
と小さい声でつぶやいた。
美登里は美優に視線を移した。
美優は勝ち誇ったような顔をしている。
「美優さん……あなたの言いたい事は理解しましたわ」
と美登里が言い、美優が、
「そうでしょ? 美登里さんもいいように利用されてるだけでしょ? 奥様でもないのに雑用ばかりさせられて、いい加減腹が立つでしょ?!」
と叫んだ。
「いいえ。私は私の考えの元で土御門の為に働いておりますから腹など立ちませんわ」
美優の顔がさっとこわばり、賢と陸が美登里を見た。
「確かに大伯母様がお二人のご結婚に反対されていたのは私も知ってます。でも結婚を反対されたからといって、賢様が加寿子大伯母様を殺そうとした、というのは信じられません。賢様や和泉さんがどんな方か知っている者ならばきっと信じません。どちらかというと、大伯母様の方が霊能力の保持や当主としての地位に固執していたように思いますわ。大伯母様が時逆を大事にしていたのは私も知っています。ずっと熱心に研究して、時逆は土御門加寿子なくしては語られないとまで言われていましたもの。私の祖母はそれを心配していましたわ。加寿子大伯母様の時逆へのあまりの執着を。あれは先祖代々、絶対に封印を解いてはならぬと固く戒められている術。大伯母様がその封印を解いた、そして時逆を発動するために一族の者の霊能力を奪ったとなると、そこへ至るまでの理由は何であれ決して許されない事ですのよ、美優さん。そして賢様が大伯母様を罰したというのならば、それは土御門を継承する者として当然の事ですわ。よって、私は賢様にも和泉さんにも非はないと判断します。加奈子さんの事はお気の毒ですけど、あの方の生き様を見ていれば遅かれ早かれ、そういう窮地に立たされたと思いますわ。あなたも頭を冷やしてよくお考えなさい。それに私が御本家で働いているのは、和泉さんの代わりをしているつもりなんてありませんわ。私は土御門に生涯を捧げる所存ですから、全ての事を自分の手でやっておきたいだけですの。私は土御門の全てが知りたいだけですわ」
きっぱりと美登里はそう言いきり、その毅然とした姿に美優でさえ、しばらくの間ぽかんとしてしまっていた。




