和泉と美優
美優を取り戻したと賢からの電話で聞いて、和泉はほっとした。
病院にいったん入ったという事で、和泉は駆けつけるのを躊躇した。心配する気持ちと詳細を知りたい気持ちはあるが、この足では美優の世話をするにも邪魔になるだけかもしれない。土御門では沢を筆頭にプロの家政婦をたくさん雇っているので手は足りているはずだ。
賢から美優をさらったのは母親だったという事も聞いたので、美優にその話を聞くのも酷だ。一族の女の子に目をかけるのも、当主の妻としては当然だと思うが、のこのこと後から駆けつけてわけ知り顔をするのも何だかなぁ、と思う。
だがそれでも美優の事が心配なので、
「よかったわ。美優ちゃんが退院したら私もそっちへ行って何かお手伝いを……」
と言ったのだが。
「和泉」
と一呼吸おいて賢が言った。
「何?」
「こっちには来なくてもいい。手はたくさんある」
「そ、そう。でも……」
「お前が来ても皆の気をつかわせるだけだ」
「うん……分かった……」
確かにそうだ。車椅子では邪魔になるだけだなぁ、とは分かっている。
分かっているのだけど。
結局、和泉はぼーっとソファに座っているしかないのだ。
二、三日して、和泉は美登里に電話をかけて様子を聞いてみた。
「お身体の方は大丈夫ですわ。一応、病院で検査もしましたけど、怪我もないようです。今後は本家の方で預かりになります。美優さんのご両親については賢様の名で破門状が全国の土御門に回る手配になっております。二度と美優さんには近づけないでしょう」
「そうなの……美優ちゃんはどう? 何か手伝える事があれば……」
「それが……」
と美登里が言いよどむ。
「どうしたの?」
「美優さんは……本家が加奈子さんを殺した、とそればかりおっしゃるんです」
「……」
「それに関しては賢様も仁さんも陸さんも何もおっしゃらないので、私には何の事だか。和泉さん、何かご存じですか?」
「それは……私もそちらへ行って、美優ちゃんと話をしてみるわ」
「そうですか、美優さんも和泉さんとお会いになれば少しは落ち着くかもしれませんわね。おばさまもおじさまも心配なさってますの」
「そうね……」
美優は知ってしまったのだろう。
加寿子と賢の戦いに加奈子を巻き込んでしまった事とそれらの原因が和泉である事を。
「赤狼君、戻ってる?」
「くわ~~~」
と赤狼がひょいと顔を出した。
「ねえ、美優ちゃんがさらわれた時の状態はどうだったの?」
「知らん」
赤狼はぷいっと横を向いて、絨毯の上に寝そべった。
「知らんって、その場で見てたんでしょう?」
「怪しげな陰陽師を雇って何やら画策していたようだがな」
「何を? 加奈子さんの代わりに神の会とやらの代表にするつもりで美優ちゃんをさらったんでしょう?」
「どうだかな、本家が本格的に動いてる今、もう神の会は捨てるしかないとやつらも分かっているんじゃないか?」
「じゃあ、他に何か目当てがあって、美優ちゃんをさらったの?」
「さあな」
「美優ちゃんには陸君がついてるって分かってるのに、どうしてそんな危険な事をしたのかしら。陸君には仁君も賢ちゃんもいるし、霊能力だけで比べてもそこらへんの陰陽師がかなうはずがない上に、式神だけでも十分恐ろしいのに」
赤狼は和泉の独り言を聞いていたが、
「あたし、美優ちゃんのお見舞いに行くわ」
と立ち上がった和泉を見て、
「加奈子の事を知ってしまったようだぞ。母親が美優にそう告げて、加奈子の日記とやらを美優に見せたようだ。会えば先々代との戦いの事をつかれるぞ」
と言った。
和泉は寂しそうな顔をした。
「うん、でもしょうがないよ。ずっと黙ってるわけにはいかないし」
「だが、気になる事がある」
と赤狼が言った。
「気になる事?」
「和泉さん……」
と美優が笑顔を見せたので、和泉は少しだけほっとした。
「美優ちゃん、大変だったわね」
和泉は美優のベッドの横に座った。
美優は土御門家の客室にいた。外国からの要人を接待することもあるので、広くて豪華な部屋だった。ベッドルームは和室、洋室があり、バスルームは檜造りの浴槽、リビングから庭に出れば素晴らしく手入れされた日本庭園が広がっている。そんな一室に美優は匿われていた。
「ええ、でも大丈夫です。陸先輩がきっと助けてくれるって信じてました」
と美優は気丈に笑った。
「そうね」
「和泉さん……」
「何?」
美優はベッドから起き上がった。
「まだ横になってた方が……」
と和泉が言いかけるのを遮って美優は、
「賢さんと結婚する為に姉さんを犠牲にしたって本当ですか」
と言った。
「美優ちゃん」
「姉さんの日記を読みました。和泉さんと賢さんとの事を加寿子大伯母様に反対されて、それで、伯母様と賢さんとの戦いの為に姉さんは伯母様に能力を乗っ取られて死んだんですよね。能力だけ使い捨てられたんですよね。賢さんが姉さんを殺したんですよね」
和泉の身体はがくがくと震えた。
ぎゅっと手を握りしめて、そして、
「……大伯母様が加奈子さんの能力を乗っ取ったのは事実よ。そして賢ちゃんと戦ったのも事実。大伯母様は私を殺そうとしてて、賢ちゃんは私を助けてくれた。その結果、大伯母様は命を落とした。でも加奈子さんを殺したのは賢ちゃんじゃないわ。誰がって問うのならば加寿子大伯母様だわ」
と震える声で言った。
「そんなの自分の都合のいいように言ってるだけじゃないですか。加寿子大伯母様に反対された時に、賢さんが和泉さんと別れたらよかった話でしょ? 姉さんは賢さんの花嫁候補になってたんだから、賢さんは姉さんと結婚するべきだった。それで丸く収まったはずだった。和泉さん、あなたさえ分別があればね。そうでしょう?」
「それは……」
「美登里さんだって怒ってるわ。靜香大伯母様も犠牲になったんだから、美登里さんもあなたみたいな人を本家の奥様に押してさぞかし後悔してるでしょうね」
「……」
「それにそんな不自由な足で本家の奥様だなんてありえないでしょ。美登里さんが代わりを務めてて、まるで美登里さんが奥さんみたいってみんな言ってるらしいですよ? いっそ身を引いた方がいいんじゃないですか? 姉さんを見殺しにしてまでなった本家の奥様の椅子は座り心地がいいですか? でも和泉さんって一体本家で何の役にたってるんです? 毎日、ケーキを焼いてお茶飲んでるだけでしょう?」
「……」
和泉はぎゅっと唇を噛んで、涙をこらえるのが精一杯だった。
言い返せる事は何もない。全てが事実だった。




