笑う女
赤狼が吼えた瞬間にジュウガとヒュウガは身を引いたが、周囲の空間が爆発して二神の身体に爆風が当たった。ジュウガは美優をかばうように床に伏せたが、ごとんと音がして、美優の身体は床にすべって落ちた。
「生意気な!」
と紅葉が大男に対して雷を喰らわすと、大男の身体がびりびりと光って痺れた。
大男の身体は唸り声を発しながら、倒れ込んで動かなくなった。
母親と男は後ずさり、秘書二人も顔を引きつらせて事の成り行きを眺めている。
紅葉はそんな人間達を睨んでいる。
「ジュウガ、ヒュウガ、大丈夫かえ?」
「はいー、紅葉さん」
とジュウガが返事をした時に、天井から細い糸がつーと垂れてきた。
「遅いじゃない! 赤蜘蛛!」
「あたしは今日は陸様つきなんだからさ」
と赤蜘蛛が降りて来た。
「で? 終わったのかい?」
赤蜘蛛が八つの目で人間達をぎろっと見た。
人間型の紅葉、犬神はともかく、部屋いっぱいに広がる巨大蜘蛛を見て平静でいられる人間はそういない。赤蜘蛛を見て母親と男達は悲鳴を上げて逃げ出した。
玄関先で鍵のかかったシャッターに阻まれている陸に、
「我々にお任せを! 総員一斉射撃開始!」
と仁の八神が現れてシャッターをぼこぼこに破壊した。
「サンキュ!」
と飛び込んだ陸と、地下から逃げ出してきた一行が玄関先で鉢合わせする。
「お前ら、美優をどうした!」
と怒鳴る陸に後から走り込んで来た仁が、
「ここは俺に任せろ」
と肩を叩いた。
「うん、仁兄」
と陸は案内のオニマルとともに先へ進んで行った。
一行は八神に囲まれて固まって動けない。仁を睨んでいる。
燿子は顔を酷く引きつらせていた。その後ろの男に仁は見覚えがある。
うさんくさい民間の陰陽師だ。
燿子よりもかなり年上と見え、白髪を綺麗になでつけてある。
神経質そうな面立ちでこちらを見ているが、少しの霊波動は感じるので、全くの素人でもなさそうだ。
賀茂の末裔を名乗り、卜いや悪霊払いをしているのは知っていた。
インターネットでも予約可らしい。
「燿子さん、土御門の一門でありながら、賀茂の末裔と通じるとは世が世ならば不敬罪で処罰ですよ。まあ、賀茂の末裔かどうかも怪しいですけね」
と仁が言った。
「失礼な!」
と賀茂の末裔が言いかけたが、仁に睨まれて口ごもった。
八神が銃を構えてずらりと取り囲んでいる事に怯えているようだ。
「何ならそちらも式を出したらどうです? 相手になりますよ」
と仁が言い、賀茂の末裔は真っ赤になった。
末裔には所有する式がいないのか、いても土御門の攻撃部隊に恐れをなしているのか気配すら感じられない。この屋敷を護ることすらさせていないのだから、式神使いではないのだろう、と仁は思った。
「失礼する!」
と末裔が憤慨した様子で言った。
「柳園様!」
と燿子が腕にすがったが、末裔はそれを不愉快そうに振り払う。
「私の役目は終わったようですのでこれで」
「でも、あの……」
「大丈夫ですよ。大願成就はすぐ目の前」
と燿子に言って聞かせてから、仁を少しだけ睨み返した。
カチャッと八神が銃を構え直す音がしたのでびくっとそちらを見てから、末裔は慌てて走り去って行った。
「正三郎氏とあなたは土御門を破門になるでしょう。これまでの所行も許されるものではない」
と仁が燿子に言った。
燿子は濃い化粧をしていたが、整った顔立ちをしていた。だが強欲が知性を勝り、それが顔に出ている。いかにも金に執着しそうな雰囲気が、立ち振る舞いからにじみ出ているるような女だ。
燿子はきっと仁を見て、
「お前達が加奈子を殺したくせに!!」
と叫んだ。
「お前達のやった事のほうがよほどに許されないわ! 本家だなんだと偉そうに言っても自分達の都合の悪い人間は闇に葬るなんて!」
ここに来たのが賢ならば表面には出さないが、かなり傷ついただろう、と仁は思った。
だが仁は怯むことがなかった。
「加奈子の事は自業自得と言うんですよ。あなた方も含めてね。私利私欲の為に土御門を利用し、金に困れば賢兄にすり寄って、あげくの果てに悪霊に成り下がる。土御門におけるあなた方の評価は最低で汚らわしい人間なんですよ。特にあなたはよそから嫁いできただけの人間で、土御門出身ですらない。正三郎氏が生まれたばかりの加奈子を連れて来て先妻に育てさせた。DNA鑑定はしたんですか? もしかして正三郎氏も今は亡き先妻の方も騙されていたんじゃないですか?」
「失礼な! 加奈子は霊能力を持って生まれたじゃないの! 先妻から生まれた美優はこれっぽっちも持ってなかったのに!」
と吼える燿子の言葉を仁は力強く遮った。
「それが土御門の霊能力だとどこに証拠が? 例えば、今帰られた賀茂の末裔にも多少の霊能力は感じられましたけど? 何となく加奈子の波動に似たような。俺は霊能力においては賢兄にはかないませんが、波動を見分けるのは割と得意なんですよ」
と仁はやけに冷たく言い返した。
真っ青の顔の燿子の様子がおかしくなった。汗をかいて視線をきょろきょろと動かしている。仁の言葉は的を射たようだった。
仁がボディガードをちらっと見た。
柄の悪い脂ぎった顔の二人は、恐ろしい兵隊を配下にしている仁の横顔を見た。
恐ろしいほど美しく整った顔が余計に怖い。
「これ以上土御門に逆らわない方がいいですよ」
と仁が言い、燿子は、
「脅すつもり? 加奈子のように殺すつもりなの?」
と気丈に答えた。
「殺す? そんなやばんな事はしませんよ。でも生きたままの霊界巡りはつらい旅になるかもしれませんね。一族の者なら自力で戻れるでしょうけどね。あなたにそれが出来るかどうか」
そして仁はボディガードを見て、
「君たちもね。霊魂が地獄の悪霊どもに喰われる前に逃げて戻ったほうがいいよ。生きた人間の霊魂は極上なんだ。さぞかし歓迎されるだろう」
と言った。
「後悔するわよ……」
と燿子は仁に言い返した。
「後悔? 何を」
「ほほほほほ」
と燿子が笑った。
何故だか勝ち誇ったような顔だった。




