パッキー探偵団と助っ人赤狼2
別荘のようだ。調度品などが普段使いには向いていないような豪華な物ばかりである。
美優の匂いを追って、ジュウガが歩く後をパッキーと赤狼がついていく。
人間の気配はあまりない。これは妖気を使うまでもなく、元は犬や狼なのだから匂いや音で感じる事ができる。地下へ下りる階段の前に男が一人座っていた。
「俺に任せな」
とパッキーが言った。
ちょこちょこちょこちょこ。
「犬がいるぞ? おい、どこから入ってきたんだ?」
と言って、男が自分の足下のパッキーへかがみ込んだ。
犬好きなのかもしれない、男がパッキーの方へ手を差し出した。
パッキーは小さい舌でぺろぺろと男の手の平を舐めた。
男が両手でパッキーの身体を抱き上げようとしたが、パッキーはするっとその手の間をぬって逃げ出した。犬が逃げると男はつい追いかけてしまう。
つるつる滑る床をカッカッカと小さい爪の音がする。
パッキーが角を曲がったので男も不用心に角をひょいと曲がる。
「ガツッ!」
赤狼に頭を殴られ男は床に崩れ落ちた。
「パッキー兄さん、役者ですねー」
とジュウガが感心したように言った。
「感心してる場合じゃねえ、行くぞ」
とパッキーが言った。
地下への階段を下りて行く。
大きな防音の扉があり、中には複数の人の気配がある。
赤狼とパッキーとジュウガは神経を集中して耳を澄ました。
防音の扉だが人間の会話は何とか拾えそうだ。
(人間が一、二、……五人はいるな。倒れている人間は美優か……それと……動いているが人間じゃないのがいる。でかい妖気が蠢いている……悪霊のようだが、少し様子が違うな)と赤狼は思考をパッキーとジュウガに送った。
(どうする? 赤狼のだんなはそのでかい妖気とは闘えないのか? あんたが尻込みするほど強いのか?)
(尻込みしてるわけじゃない。闘えというなら突っ込んでもいいが、美優の安全は保証できない。様子からしてただの悪霊とは違うような気がする)
(それは駄目ですー。美優さんの安全が一番ですー)
(大体、俺があの娘を助ける義理はない。お前らの助っ人に行けと和泉が言うから来ただけだ。助けるのはお前らの役目だろう)
(そんなー)
とジュウガが上目遣いに赤狼を見る。
赤狼はジュウガを冷たい目で見下ろした。
(先年、雪山の別荘で先々代のばーさんと闘った時、お前達が何か役にたったのか? 一撃で落とされたと思ったのは、俺の気のせいだったのか)
(はあ……)とジュウガ。
(あれはしょうがない。紅葉でさえ歯が立たない相手だったんだ)とパッキー。
(俺は主との契約分はちゃんと働いた。お前らも自分の主を護るくらい自分でやれ)
と赤狼は冷たい。
(赤狼さんー)とジュウガはおろおろしている。
(……和泉様が悲しむだろうなぁ。誇り高いニホンオオカミ最後の長がこんなに薄情だったと知ったらなぁ)とパッキーがちらっと赤狼を見た。
(……)
(いやいや、いーんだ、赤狼のだんな、しょうがねえ。俺達は陸様の眷属で、その陸様の大事な人を護るのは俺達のお役目さ。分かってるとも。でもそれを助っ人に行けと言ってくださった和泉様の温情をまさか、和泉様の式神が裏切るだなんてなぁ。しかも一度は土御門最高神に名乗りを上げていた赤狼のだんながなぁ。世の中はいつだって厳しいぜ)
(……)
(俺が悪霊に喰い殺されたら、せめて線香の一本でもあげてやってくれ。あんたの友情は忘れねえ……俺達が死んだら和泉様はきっと泣いてくださるに違いねえなぁ。俺も和泉様の悲しい顔はもう見たくねえよ。でもしょうがねえよ……なぁ、だん……な)
ちらっとパッキーが赤狼を見上げ……
(うわっ。ちょ、待て! 待て待て、はやまるな!)
こめかみに怒りマークを表した赤狼が大きな口をあーんと開けて、パッキーを一口に喰おうとしていた。
(赤狼さんー)
(お前を喰った後に、美優は助けてやる。安心して逝け)
(ちょ、ちょっと待て。短気は損気だぜ!)
(パッキーは立派に闘ったと陸にも和泉にも伝えてやろう)
非常に冷たい瞳で見下ろされ、さすがにパッキーも少しうろたえている。
(分かった、分かった、冗談の通じねえ奴だなっ。しょうがねえ、ジュウガ、俺とお前で行くぞ)
とパッキーがジュウガの方へ振り返り、部屋へ突入しようとした時、
(待て)と赤狼がパッキーの頭をぐいっと押さえた。
押さえたというか前足でふんづけた。
(わたたたた。な、何しやがんで!)
(来る)
(何が?)
赤狼はふっと笑って、
(妖気を隠すつもりは少しもなさそうだな。紅葉が来る)
と言った。
(紅葉が?)
(あの勢いなら様子見で止まりもせずにこの建物につっこむだろう)
(さすがー紅葉さんですねー)
とジュウガが言った時には、すでにもの凄い妖気が充満していた。
大きな妖気の塊が空か落ちてくるのがジュウガとパッキーにも分かった。
(来るぞ)
と赤狼が言った瞬間に、どかん!と音がして、屋敷の天井を突き抜けて紅葉がつっこんできていた。
防音扉の向こうで騒ぎが起こったので、赤狼、パッキー、ジュウガの三神もすっと扉を通り抜けた。
「美優さんー」
美優はソファベッドに横たわっていた。ソファベッドの周囲には母親と柄の悪い秘書が二人と男が一人。そして美優をのぞき込むような体勢で大きな身体の男が立っていた。
鬼女紅葉は天井を突き破り、二階の床も一階も床をもぶち壊し、地下に到達していた。
美優の母親を初め、その場にいた者は酷く驚いたような顔で紅葉を見た。
だが美優の側にいた大男だけはゆっくりとぎこちない動作で振り返った。その顔には何の表情もなく、青白い顔だが目の縁だけがどす黒く生気がない。
「美優を返してもらおうか」
と言いながら紅葉がにっと笑った。。
ばちばちっと紅葉の頭の上の角から火花が散る。
母親は慌てて秘書の後ろへ下がった。
青白い顔の大男は瞬き一つせずにじっと紅葉を見た。
「おや?」
と紅葉が言った。
「死人かえ。中に何が入ってるのか楽しみだねぇ」
大男と紅葉は向かい合っている。
「何なの! いきなり、人の家へ!」
と叫んだのは母親だった。
紅葉はちらっと母親で視線を移して、
「どーせ身ぐるみ剥がれて追い出されるんだから、人んちも何もないじゃんねぇ」
と言った。
「な、何者?」
「何者でもいいわ。美優を返してもらいに来ただけ」
と紅葉が言い、大男に向かって衝撃波を発した。それは小さい波だったし、大きな男を牽制するだけの間に合わせのものだったが大男の身体がゆらっと揺れて、膝をついた。
「あら、随分と弱っちい。ジュウガ、ヒュウガ! 早く美優を連れて行きな!」
紅葉がそう言い、母親と床に跪いたままの大男、秘書二人、そしてもう一人の男を睨みつけた。
ジュウガとヒュウガが人型に変化する。美優の寝かせられているソファへ近寄り、二神でその身体を抱き起こそうとしたその時、
「離れろ!」
と赤狼が吼えた。