パッキー探偵団と助っ人赤狼
ジュウガの追う車は高速道路をかなりな距離走り、やがて寂しい高原に建つ建物の中に入っていった。別荘地らしく、ぽつぽつと豪華な屋敷が建ち並ぶ。だが季節外れのせいかどの建物にも人の気配がない。
美優を乗せた車は一軒の屋敷に入っていった。
車が入りきってしまうと、ガレージのシャッターが下り始めた。
ジュウガはそれを上空から見ていたが、困惑の表情を浮かべていた。
ここがどこだ、と陸に説明出来ないからだ。住所が分からない。南の方へ追って来たのは分かるが、実際、何県の何町でというのが分からない。
こうなれば自分で美優を救い出すしかない。
グルルルルと牙を剥いて、特攻をかけようかと思った瞬間に、
「おいおい、早まるな」
と声がした。
振り返り、ジュウガは思わず尻尾を振ってしまった。
「兄さん!」
「学習しねえな、お前も」
大きなジュウガの十分の一くらいの大きさしかない犬神がいた。
全身薄茶色で短毛、顔の先と耳の先だけが黒い、ちょこんとした耳は垂れている。
四肢は細く短い。顔はぶちゃっという感じでしわしわである。
「パッキー兄さんー」
とジュウガが嬉しそうに叫んだ。
その後から、全身の毛は一点の曇りもない真っ白な大型犬で目だけが真っ青なヒュウガと、赤茶色した短毛でこちらも大型犬、尻尾がくるんとなったオニマルがいた。
「お前はいつも考えが足りねえ」
パッキーはしばらく建物を見下ろしていたが、
「気配を消して下りるぞ。様子をうかがおう。下にいる人間が俺達の姿を視えるかどうかは分からないから、気をつけろ。一番の目的は土御門美優の救出だ。いいな」
「はいー」
とジュウガが言い、ヒュウガにオニマルもうなずいた。
犬神達はそっと下降し、建物の庭に降り立った。
美優はすでに男達によって建物内部に運ばれている。
犬神達は建物の外をしばらくうろついて様子をうかがった。
「人の気配は少ないが、なんだか嫌な気配がある。よくない霊がいるようだな」
とパッキーが言った。
「随分と強そうな霊だ」
とヒュウガも同意した。
「どうします-?」とジュウガ。
「陸様に知らせたとしても、ここまで来るのに時間がかかる」
「紅葉姐さんか赤蜘蛛は来ないんすかね」
とオニマルが耳の後ろをかきながら面倒くさそうに言った。
パッキーはオニマルに、
「それでもお前が今すぐとって返して陸様にこの場所をお知らせしろ」
と言った。
「ここどこっすか?」
「知るか」
「え~」
オニマルが鼻の上に皺を寄せた。
「だからここまで陸様を誘導するんだよ!」
パッキーがいらいらとした表情で唸った。
「あ、そーっすね。じゃ、行ってきます!」
オニマルの身体がふわっと空に浮かび、そして消えた。
「ジュウガ、お前、あの娘の気配が分かるな?」
「はいー」
「探しに行くぞ。ヒュウガは万が一に備えててくれ。娘の救出に邪魔が入ったら、俺とお前で陽動するんだ。ジュウガはその隙に娘を連れて逃げろ、いいな」
「了解」
「はいー」
ジュウガが鼻をくんくんとさせて、美優の気配を探った。
建物の周囲を移動しながら、なるべく美優に近い入り口を探す。
ぐるっと建物を一周してから、
「ここの下の階段のまだ下の方に感じる」
とジュウガが地面を掘った。
「地下室かな。とりあえずここから入るか。目一杯気配を消せよ」
とパッキーが言ったその時、
「待て」
と声がした。
ジュウガとパッキーが顔を上げて振り返ると、
「あ、赤狼さんじゃないですかー」
「何だ、赤狼のだんな。何しに来た」
赤狼は一口で喰ってしまえる大きさのパッキーを見下ろした。
「結界が張ってあるぞ。妖気丸出しで突っ込んで、ひっかかったら面倒くさい事になる」
「結界? まじか」
とパッキーが言って頭を振った。
「けど陸様が来るまでこのままにしておけないだろ? 早いとこ助けないと」
赤狼はそのパッキーの言葉を聞いているのかいないのか、聞き耳をたてている様子だったが、
「随分と強い奴がいるな」とつぶやいた。
「どうする?」
とパッキーが赤狼に言った。
赤狼とパッキーやジュウガでは式神としての格が違う。
赤狼が土御門現当主の奥方である和泉のお気に入りという点を除いても、元は土御門の十二神である赤狼にはとても犬神達はかなうはずもない。
つきあうのには面倒くさい相手なのでヒュウガなどは遠巻きに見ているだけだし、ジュウガは恐縮するばかりだ。ここにオニマルがいてもへこへこと頭を下げるだろう。
だがパッキーだけはあまり態度を変えない。
土御門の式神達の中で一番小さく非力なのにもかかわらず、一番我が道を行く。
相手が赤狼だろうが闘鬼だろうが、あまり構わない。
パッキーにとって大事なのは陸だけなのだ。
だがどの式神もパッキーの事をあまり無礼な奴だとも思わない。
あんまり小さくて怒る気にもならないのかもしれない。
いつでもぱくっと一口で喰ってしまえるし、妖である存在の式神を大事な友人扱いしてくれる陸を悲しませる事は出来ないのかもしれない。
「完璧に妖気を押さえろ。パッキーは犬の姿を現して、ジュウガは上手く人間に化けろ」
と赤狼が言った。
ピンポンとドアフォンが鳴ったので、男が室内のインターフォンで答えた。
画面には若い男が映っている。
「誰だ!」
「あー、すいませーん、近所の者ですけどー、うちの犬がお宅にもぐりこんじゃって-、ちょっと探させてもらいたいんすけどー」
「駄目だ、今は忙しいんだ!」
と男が答えた。
「えー、でも、うちの犬、ノロウイルスインフルエンザα型にかかってて、どこでも下痢便するんですけどー嘔吐も酷いし-、いいんですかー?」
「な! 病気持ちか!」
「ええ~早く病院につれて行きたいんすけど~~。人間にも移るから、やばいっすよ。下痢便見つけたら早めに処理しないと~」
と人間に化けたジュウガが言った。
黒髪の青年に化けているが少し陸に似ている。
「ちょっと待て!」
と言ってからインターフォンが切れた。
大きな正門の横のドアの鍵ががちゃっと開く音がした。
ジュウガがすかさずそこから入る。
豪華な庭を通って、屋敷の玄関まで行くと男が出て来て立っていた。
「どんな犬だ!」
「えーと、小さい犬で」
とジュウガが言いながら、男に近づく。
「あ、いた!」
とジュウガが言った時にはパッキーがちょろちょろと玄関から家の中に入って行くところだった。
「おい! 家の中に入れるな!」
「すみません~すぐに捕まえますから~~」
と言ってジュウガも追いかけて行く。
「中に入るな!」
と男が言ってから慌てて自分も家の中に駆け込む。
「ぐふ!」
いきなり殴られて、男は気を失い倒れた。
男の身体を階段の下の物置に隠してから赤狼は、
「いいか、美優を見つけるまでは絶対に妖気を悟られるな。こっそりと動け」
と言った。
パッキーとジュウガがうなずいて、こそこそっと家の中を探索し始めた。