新たなる敵
「大事な話がある」
と陸に言われて、美優は心臓ばくばくで待ち合わせの場所へやってきた。
心なしかおめかしもしてしまった。
いつもはジーパンにぼろぼろのスニーカーなのだが、今日はなんとスカートをはいている。そして足下はピンク色のパンプスである。
これは先日和泉がパソコンを買うと言うのでアドバイスしたらお礼にと買ってくれたのである。
「美優ちゃん、靴はいい物を履いた方がいいわ。足下と髪の毛だけはいつも綺麗にしておくの。例え破れたジーパンでもそれで三割増し美人よ」
と和泉に言われて、自分で切っていた髪も思い切って千円カットへ行ってきた。
(大事な話って何だろう……もしかして? 告白? まさかぁ。陸先輩、超もてるしな~)
緊張しすぎ、妄想しすぎだ。
(でもきっとそんな話じゃないわ。陸先輩、本家の人だもん。つきあう女の子も結婚相手も決まってるに違いない。和泉さんみたいな霊能力の高い人でないとね。加奈子姉さんほどじゃなくてもいいから、少しでもあたしにも霊能力があったらよかったのにな。そしたら……)
待ち合わせの喫茶店のガラスのドアに映る自分を確認してから、美優がドアを開けようとした時、
「美優さん」
と背後に男が二人立った。
さっと振り返る。それは母親の秘書のような事をしている男達だった。
秘書と名乗ってはいるが着崩れたような安物のスーツに、嫌な感じの笑いを浮かべているのはどうしても真っ当な人間とは思えない。
支払いの悪い客に下品な事を言って脅かしているのを見た事もある。
「グルルルルル」
とジュウガが唸った。
男達にはジュウガの姿は見えないようで、美優のすぐ側で牙を剥いてうなっているジュウガには目もくれない。
「何の用? 家には戻らないって言ったでしょ!」
と美優は気丈に言い放った。
「そうはいかない。加奈子がいない今、家にはお前が必要なの」
男達の後ろから声がして、母親が立っていた。
「お母さん!」
「美優、わがままを言わないでちょうだい。神の会の代表である加奈子がいない今、お前だけが頼りなの」
土御門燿子がそう言って笑った。
小豆色の着物を着て、たいそうな美人だった。
燿子は迫力のある眼光で美優を見つめていた。
昔からその目で見られると美優は何も逆らえない。
美優だけではない。
濃い化粧、派手な装い、社交的な性格、華やかな美しい顔ですぐに誰もが母親のいいなりになる。父親もいいなりだった。神の会と称して運営している宗教法人の人間も、そしてその信者達も。
神の会は加奈子を代表としているし、実際は加奈子の霊能力で商売をしているのだが、それを操る燿子の手腕も見事なのだ。
誰も逆らえない。誰も逆らわない。
「私には霊能力もないし、役に立たないわ」
「そんな事は分かっているわ。お前が役に立たないことなど百も承知。でも、お母さんは美優が必要なの。助けてちょうだい、ね、美優」
美優はかすかに首を振った。
「嫌。加奈子姉さんの代わりなんて!」
「わがまま言うなんて悪い子ね」
燿子は妖艶に微笑んだ。
「嫌だって言ってるでしょ! もうじき陸先輩が来るわよ! 本家の人と顔を合わせたくないんじゃないの?!」
「へえ、本家の三男とつきあってるの? やるじゃない。そう言えば、この間結婚した長男の嫁は優秀な再の見鬼だとかね。うらやましい事ねえ、さぞかし霊能力の高い子供が生まれるだろうね。可哀相な美優、本家のぼっちゃんにしちゃ才能のかけらもないお前なんか遊ばれて終わりだよ。知ってるでしょ? 本家にとって一番重要なのは霊能力の高さなんだから」
美優はきゅっと唇を噛んだ。
ジュウガがグルルルルと唸ってはいるが、普通の人間相手にどう出ていいかが分からない。人間は付き従うもので、敵ではないからだ。燿子の美優に対する悪意は分かるが、身体を痛めつけるほどではない。その差がジュウガには分からない。
「まあ、いいわ。そのうち自分から家に戻ってくるだろうしね。加奈子の失踪の原因を知ったら、お前もお母さんの気持ちが分かるわ、きっと」
「姉さんの失踪の原因?」
燿子はにやっと笑った。
それは悪意のある笑みだったが、美優には判断が出来なかった。
「そうよ。加奈子の日記が出て来たわ。これを読めば、本家が加奈子にした仕打ちが分かる。可哀相な加奈子。加奈子は本家の連中に殺されたの」
「嘘よ……」
「本当よ。これを読めば分かるわ」
燿子は差し出した大学ノートを美優の手に押しつけた。
「それを読んでみなさい。加奈子がどんな目に合わされたかよく分かる。加奈子の無念が分かるわ。可哀相な加奈子。そして可哀相な美優。姉を殺しておきながら、妹のお前まで弄ぶなんて本家の連中は本当に酷いわ」
ほほほほと高笑いで去って行く母親を美優はぼんやりと見送った。
ジュウガが、
「美優さん、美優さん」
と声をかけるが美優は返事もせずに歩き出した。
本家が加奈子を殺したという母親の言葉と、加奈子の日記を早く読まなければ、という事だけが頭の中をぐるぐると回っていた。
ジュウガがきゅうんと鳴いた。