賢と和泉
賢はガチャと鍵を開けてドアを開いた。
和泉が立ち上がらなくてもいいように最近はドアフォンを鳴らさないようにしている。
リビングまで入ったが、和泉の姿が見えない。
キッチンも寝室も覗いたが姿が見えず、しんとしている。
カチャカチャとかすかに音が聞こえたので、和泉が自分の部屋にしている部屋のドアを開けた。
はっという顔で和泉が賢を見た。
いつの間に購入したのか、和泉は机でパソコンに向かっていた。
「ま、賢ちゃん」
と言って、ノートタイプの小さいパソコンをパタンと閉めた。
「お帰りなさい。今日は早いのね」
と言って、椅子から立ち上がろうとした。
「そのパソコンどうしたんだ?」
と賢がネクタイを緩めながら言った。
「買ったの」
「パソコンなら一台あるだろ」
と賢がリビングを振り返った。
窓際に最新型の大きなパソコンが置いてある。
「自分のが欲しかったんだもの。外へ持っていけるのよ。携帯経由でネットも繋がるし」
と和泉が嬉しそうに言ったが、賢は釈然としない。
「どうして相談しないんだ」
「え……」
と和泉が賢の顔を見た。急に不安そうな表情になり、
「ごめんなさい」
と小声で言った。
「そうじゃなくて」
相談してくれれば一緒に買いに行くのにと賢は思ったのだが、和泉は無駄な買い物をしたので怒られたと感じた。
「でも自分の貯金で買ったし」
という和泉の言葉に、
「金の話なんかしてねえだろ!」
かっとなった賢が強い口調で返したが、すぐに息をついた。
「一人で買いに行ったのか?」
「ううん、美優ちゃんがついて行ってくれたから。彼女、パソコンとか強いらしくて」
「加奈子の妹か」
「うん」
和泉はこくんとうなずいた。
「加奈子の妹はよく来るのか?」
と賢は和泉の部屋を出ながら聞いた。和泉も部屋の電気を消し、後からついて出てくる。
「うん。多分……陸君が気を使ってくれてるんじゃない」
「陸が?」
「あたしがあんまり外に出ないから話相手にって、多分ね。陸君と美優ちゃんていい感じみたいよ」
賢が振り返って、
「つきあってるという意味か?」
と真顔で言った。
「さあ、そこまでは知らないけど、美優ちゃんもおうちでいろいろあるみたいで、それを陸君が相談に乗ってあげてるそうなの」
賢はリビングのソファのどさっと座った。
「つきあってても問題ないでしょ?」
と和泉が向かいのソファにそろっと腰を下ろした。
「妹が加奈子の失踪の原因を知って、それでも陸とつきあうというなら問題はないさ」
「……美優ちゃんに話すの? 加奈子さんの事を伝えるなら、大伯母様達の事も話さなきゃならないわ」
「黙ってるのはフェアじゃない。それに……」
「それに?」
「そのうちに加奈子の家は潰す」
と賢が言った。
「潰すって……どういう……意味?」
「言葉通りだ。土御門の名前で好き勝手やってきた責任を追求する。先代は甘かったが、俺はそういうのは許さない。継母が連れてきた怪しげな団体が混じりこんで、方々で土御門の名前を使い、政治家とも通じている。それも加奈子の存在があってこそだったが、失踪で弱体化してるらしい。この機会に一気に叩き潰す」
賢の真顔に和泉は少し困ったような顔をした。
「それで美優ちゃんを連れ戻そうとしてるのね」
「妹を?」
「うん、加奈子さんの代わりにされそうになって、美優ちゃんは逃げ出したの。それを陸君が助けてあげたみたいよ」
「関わりになりたくなければ家には戻るなと言っとけ」
「うん……でも、加奈子さんの事を打ち明けたら美優ちゃん、悲しむわね」
「加奈子は自業自得だ」
と賢は冷たく言った。
「あたし達の事を恨むかしら?」
「妹に恨まれたところで、俺はどうとも思わない。もしまた同じ事があっても同じ対応をする。だがそんな事情があったのに全員が黙っていては、表面上だけのつきあいだったんだと妹は思うだろうな」
「……」
和泉はうつむいた。
「そうね」
「妹に加奈子の事を説明するのは陸の務めだ。その結果、距離を置かれるのはしょうがないし、それでも二人がつきあいたいというのならそうすればいい。加奈子は性根が悪かったが、妹はそうでもなさそうだしな。それぞれに母親に似て両極端な姉妹になった」
「え? 加奈子さんと美優ちゃんて母親が違うの?」
びっくり仰天な和泉に賢はうなずいた。
「加奈子の母親は二人の父親である土御門正三郎氏の愛人だ。妹の母親が正妻だが身体が弱く、子供に恵まれなかった。長い間愛人関係だった女に子供が出来て正妻に育てさせた。その後、妹を生んだが身体が回復せずに寝付いたまま亡くなった。娘二人を育てるには母親が必要だとなったところで加奈子の母親が乗り込んできた。ただ加奈子も妹もその事は知らないだろうと思われる、というのが今の調べで分かっている事だ」
「そうなんだ」
「妹には同情できる。加奈子には類い希な霊能力が授かったが、妹にはそれがなかった。そして加奈子の才能だけを賞賛する女は他人で、父親は女のいいなり。さぞかし差別されて育てられただろう」
「もし、陸君と美優ちゃんがそういう事情を踏まえてもつきあいたいとなったら、賢ちゃん、反対はしないでしょう? 美優ちゃん、とってもいい子なのよ」
だが賢はそれには明確な返事をせず、
「腹が減ったな」と話題を変えた。
「賢ちゃん!」
賢は和泉をじっと見てから、
「こっちの態度よりも、妹が俺を恨んで陸は振られるかもな」
と言った。
「そんな事ないと思う。美優ちゃん、本当にいい子なの。賢ちゃんも一度会えば分かるわ」
「嫁さんの顔を見る時間もないのに、どうして弟の彼女の為に時間をとらなきゃならないんだ」
少しばかりすねたように言う賢に和泉はうふふと笑った。
「そう言えば賢ちゃん、今日はもう仕事は終わったの?」
「ああ」
「じゃ、急いで晩ご飯作らなきゃ。賢ちゃん、戻る前に電話してくれたら作っておくのに」
和泉が壁の時計を見ると夕方の六時を回っていた。賢にしては珍しく早い帰宅である。
「外に食べに行こう」
「うん。じゃ、ちょっと着替える」
和泉がそう言って、クローゼットに使っている部屋へ入って行った。
賢はすぐに立ち上がり和泉の部屋のドアを開けた。
電灯をつけて、部屋の様子を見る。
車椅子の上にある木の箱に目をとめると、さっと近寄り蓋を開けた。
中身を確認するとすぐに木の箱を蓋を閉めて、賢は部屋を出て行った。




