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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第一章
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女子会

 ぴかぴかっと小さい稲妻が部屋のあちこちで鳴るので、和泉は内心びくびくしていた。

 稲妻から飛び火して火事になったらどうしよう、と思っていた。

「まあ、紅葉姐さんの気持ちも分かるけどさ、しょうがないよ。やっぱりあたしらは主様には意見なんか言えないし、主様の言う通りにしなくちゃならないんだしさ」

 と銀猫が前足をぺろぺろと舐めながら言った。

「いいじゃない。お兄ちゃんっ子だった陸ちゃんに彼女が出来たなんて、喜ばしいよ」

 と言ったのは赤蜘蛛のアッキーナだった。

 とはいえ、今日は蜘蛛の姿ではない。さすがに和泉の前では人型に変化するのだが、何を参考にしたのか、やけに太ってくるくるパーマのおばちゃん姿だった。

「陸君の彼女ってどんな娘?」

 と和泉が聞いた。

 三人掛けのソファを独り占めしてだらしなく寝そべっている鬼女紅葉は、和泉の言葉にぷいっとよそを向いた。 

「大学の時の後輩だってにょん」

 とミズキが和泉が作ったスフレチーズケーキをほおばりながら答えた。

「ケケケケケ」と白露が鳴いたが、何を言ってるのか和泉には分からなかった。

「へえ、見たいわ」

 と和泉が言うと、紅葉がすっと身体を起こして、

「いいのかい? 陸ちゃんの彼女は加奈子の妹だよ」

 と和泉に向かって言った。

「え? 加奈子さんの? そういえば妹がいたっけ」

「ああ、突出した姉とは違う平凡な娘だけどね。土御門の能力は何一つ受け継がれていない。全部、加奈子に持って行かれたって評判の娘さ」

「そうなんだ」

 加奈子の事を考えると胸が痛い。

 加奈子が一番の犠牲者だったとは思う。和泉を憎む加寿子にいいように利用されて、命を失った。加奈子の遺体はまだどこからも発見されず、加奈子に関わる人間はまだ彼女を待っていた。

「加奈子の能力で金儲けしてた継母はその後釜を妹にしようとして、妹が逃げたらしいのさ。その後釜に能力がなくても、加奈子の評判だけでしばらくはやっていけると思ったらしいよ。だけどどうも陸君が手を貸したらしくてね」

 と銀猫が言った。

「そう」

「まあ、悪い子じゃないじゃない。加奈子と比べられて、悲しい幼少期だったらしいけど。継母はもちろん父親も加奈子につきっきりで、寂しい思いをした可哀相な娘よ」

 アッキーナが紅茶のカップに手を伸ばしたのだが、片手はケーキ皿をもう片手はフォークを持っている。紅茶のカップを持つのが三本目の手だ。時折、テレビのリモコンを操る手と背中から這いだしてくる子蜘蛛を捕まえる手が増えるので和泉はぎょっとしてしまう。

「紅葉は相手が誰でも気に入らないにょん」

「当たり前だろ!」

 紅葉が怒鳴ったので、また火花が散った。

「今日は陸様、デートらしいから、和泉ちゃんがお茶会に呼んでくれて助かったにょん。紅葉が陸様についてって騒ぎを起こすのは目に見えてたにょん。そんな事をすると余計に嫌われるにょん」

「そうだよね。若を取られると思って和泉に喧嘩売って、嫌われたもんねえ、ミズキは」

 紅葉がミズキを睨みつけてそう言った。

「き、嫌われてないにょん! それにもう若様じゃないにょん! 御当主って呼ばないと駄目にょん!」

 女の子の姿だったミズキが蛇に戻ってシャーッと紅葉を威嚇した。

「そういえばアッキーナさんも紅葉さんもここに来てて、陸君には誰もついてないの?」

「犬神達がいるにょん」

「ああ、そうか。犬神さん達って昔、陸君が拾ってきてた犬よね?」

「そうにょん、陸様に感謝して、天寿を全うした後も犬神になって陸様のお側にいるにょん」

「へえ、そういう式神さんもいるのね」

「そういえば赤い乱暴者は?」

 と銀猫がリビングの中を見渡した。

「気配もないね」

 和泉は笑って、

「今日は女子会よって言ったらどこかへ行っちゃったわ」

 と言った。

「そうだにょん! 紅葉は赤狼を見習うべきだ!」

「何さ」

 紅葉がじろっとミズキを見た。

「赤狼は和泉ちゃん側にいる為に御当主と和泉ちゃんを祝福したにょん」

「ふん、甲斐性なしの腰抜けさ」

 といよいよ紅葉はへそを曲げる。

「みんなそうだよ。紅葉だけが荒れてもしょうがない事さ。あたしらは主様をお守りする存在なんだから。人間みたいに好きだ、なんだっていう感情がおかしいのさ」

 と銀猫が言った。

「もう紅葉の事はほっとくにょん、何を言っても気に入らなくて八つ当たりの鬼婆にょん」

「なんだって!?」

 ばちばちっと青白い火花が散って、紅葉がソファの上に仁王立ちする。

「やるにょんか?」

 天井までとどく大蛇がシャーッと牙を剥く。

 ああ……やめて……昨日、お掃除してもらったばかりなの。

 賢ちゃんが週に二回もお掃除の人を頼んでくれてるの、と思いながら和泉はずずっと紅茶をすすった。

「やーめーなーよ! あんた達! 御当主に言いつけるよ!」

 とアッキーナが本性を現した。

 リビングいっぱいに巨大化した赤蜘蛛が、八つの足で水蛇と鬼女紅葉を押さえる。

 よくよく見ると、赤蜘蛛の細長いスリムな足には細い短い毛がびっちりと生えている。

 先には爪のような鋭く尖った突起がついていて、和泉の目の前で赤蜘蛛はその足を振り回す。

 アッキーナさん、そのソファね、イタリア製で賢ちゃんがとっても気に入ってるの。

 できたら傷つけないでね。ああ見えて賢ちゃん、わりと神経質なの。少しでも傷がついたらすぐに買い替えちゃうの、と思いながら和泉は微笑んでいた。

 

「どうだい? だいぶん慣れたかい? 奥様業は」

 と喧々囂々の三神を放っておいて、銀猫が和泉に言った。

「うん、でも何もしてないのよ、私」

「御当主の身の周りのお世話があるだろう?」

「ううん、賢ちゃん、自分の事は自分で何でもやってくれるから。食事だって週二回は外食で、後はお義母様に呼ばれてあちらで晩ご飯食べさせてもらってるし。掃除だって業者が来てくれるし、私、洗濯くらいしかやってないわ。奥さんって感じじゃないわね」

 と和泉が少し寂しそうに言った。


 結婚して半年が過ぎた。

 誰もが和泉に気をつかっているのか、ただ単に和泉では用をなさないと思われているのか、土御門本家において和泉に任される重要な仕事は何一つなかった。  

 先代と朝子の元を訪ねても、お茶を出されて話相手になるだけだ。

 半年たった今でも和泉は本家ではお客様のような扱いだ。

 そしていつ行っても本家には美登里がいる。

 土御門本家の全てを把握しているように動ける美登里が。

 美登里はきびきびと動き、的確に指示し、先代や朝子にも頼りにされている。 

 賢の仕事の予定も全てが美登里の頭の中で、和泉にはいっさい知らされない。

 賢に祈祷用の衣装を着せるのも、着物や袴を着せるのも美登里の仕事だ。

 賢の身の周りの世話をする美登里は完璧だった。

 まるで美登里のほうが本妻のようだ。


 和泉が蔑ろにされているわけではない。先代の雄一も朝子も和泉を本当の娘のように可愛がっているし、弟達も、美登里や神道会の者達も、沢を始めとした屋敷に仕える者も和泉には親切で優しい。

 何より賢がとても優しく、和泉は大事にされている。

 賢は「和泉は何もしなくていい、毎日おやつを食べてたらいい」という八歳の誓いをそのまま実践している。綺麗に着飾らせた和泉を床の間へでも飾っておきたいくらいなのだ。


 贅沢なのは分かっている。この足では賢の世話どころか、和泉の世話をする者を雇うと賢が言い出す事すらあるのだから。


「和泉ちゃん、いつ赤ちゃん産まれるにょん」

 と紅葉との争いに飽きたミズキがそう言った。

「まだっていうか、赤ちゃんを生むには妊娠しなくちゃ」

「いつ妊娠するにょん」

「それは……分からないわ。賢ちゃんに聞いてよ」

 と和泉は唇を尖らせた。

 子供を生んだら自分にも出来る事がある。子育てだ。次の世代を生み育てていくという大事な使命がある。それは母親にしか出来ないから和泉だけの大事な仕事になる。

 そう思うのだが、賢がまだ子供は作らないと言う。

「考えてる事がある」と言うがその内容を和泉には言わない。 

「賢ちゃん、とっても忙しいから。子作りする暇がないんじゃない」

 と和泉は言った。

「そうだねぇ、どっちかって言うと、美登里の方が奥様みたいだもんねぇ」

 と紅葉がとげのある声で言った。

「紅葉!」

 と銀猫が背中を丸めて毛を立てる。

「お似合いっちゃ、お似合いだよ、美登里と御当主」

「……」

「子供も美登里に生んでもらえばいい。さぞかし健康ででっかい子供が生まれるだろうさ」

「紅葉!」

「ふん!」

 鬼女紅葉はつんと横を向いてから姿を消した。

「気にする事ないよ、和泉ちゃん」

 と気がかりそうに銀猫が言った。

「うん」

 和泉は銀猫に笑顔を見せてから、

「お茶、お代わり入れようか」

 と言って立ち上がった。

 ひょこひょこと杖をついて歩く和泉の背中に白露が「クエエエエエ」と鳴いた。


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